アサちゃんとお出かけ(1)

 彼女との打ち合わせは、大学の食堂で行われた。もう昼食の時間も過ぎて、人もまばらになった食堂で丸テーブルをひとつ陣取る。僕はルーズリーフを一枚持ち出して、どこか行きたい場所はある?と聞いた。待ってましたと言わんばかりに、彼女は目を輝かせて話し始めた。


 結局、その日のうちに予定は決まらなかった。

 彼女は行ってみたい場所がたくさんあったし、僕も写真を撮るならと考えていたシチュエーションがたくさんあった。結果として、お互いに話を持ち帰ることになってしまった。


「どうしましょうか、ひとつに絞ってくればいいですか?行きたい場所もたくさんありすぎても困っちゃいますね。」

「そもそも、どうして写真を撮ってほしいなんて言ったの?」


「それは」


 彼女はついうっかり口を滑らせそうになった、という顔をする。とぼけているのに、活きたいい表情をするなあ、と僕はぼんやりと思った。残念ながらカメラは鞄にしまっている。

「……それは、秘密です」

「困るな」

「乙女の秘密を暴くんですか?」

「そうじゃなくて、まあ、そうでもいいんだけど」

 彼女は全く意味がわからないという様子だ。

「もし、君を撮るのに意味があるんだとしたら、その事を見据えて選ばなければならないでしょ」

「どういうこと?」


「証明写真がほしいのに、友達と遊園地に行って自撮りはしないってこと」


「ん~どうして撮ってほしいかじゃなくて、目的でもいいですか?」

「うん」

 君、敬語取れてきたね。


「インスタに載せたい」

「マジか」

「大マジです」


 超有名SNSの名前が挙がってきてしまった。あれって自分で撮った写真をあげるのが目的じゃないのか、自分の写真を投稿したいという場合もあるのか。

「何、その、アイドル的なものになりたいの?」

「あ、ううん、別にインスタじゃなくてもよくて、自分のいい感じの写真が欲しいんです」

「お願いだからやめて欲しいんだけど、近々に死ぬ予定でもある?」

「きれいな話の最後であなたの撮った写真を遺影にするの、みたいなやつね。全然違います」


 親戚の結婚式に行ったのだ、と言う。新郎と新婦の成長と、二人の築いてきた思い出の写真を音楽に載せたものを見たのだ。帰ってから自分のアルバムを開いてみたところ、この数年は友人と撮った変顔の写真ばかりで、こんなんじゃいけない…という思いが頭の片隅にずっとあった。

 そこでちょうど顔を知っていた僕が写真を撮っているのを見て、誰かに写真を撮ってもらったら、それを基準にしてこれからの日々も、そして今後出会うであろうまだ見ぬ彼との思い出の写真も残していけるのではないかと考えた。


 そんなことを語ってくれた。授業の時間が近づいてきたのに気づかないくらい、彼女の乙女チックな、夢見がちな、ロマンチックな話に聞き入ってしまっていた。


「馬鹿みたいだと思いますか?」

「いや、そんなことはない」

 口からでまかせでしょう、みたいな目でこちらを見ないで欲しい。


「それなら、話は早いじゃないか」

 それだけ明確な目的があるなら、いちいち話し合いなんて必要がない。

 彼女は話が見えないようで、やっぱり首を傾げた。


***


 休日になると、僕は彼女と待ち合わせをした。

 ちなみに、この休日に彼女と二人で会うことになりましたと周囲の人間に話すと、なぜなぜどうしてと質問攻めにあった。飲み会のときに羨ましそうに遠巻きに見ていた彼とも目が合った。なんかごめんな。下心はないし、デートでもないんだけどね、とネタばらしをしてみたが、嘘だ釣りだとわめかれた。

「顔、気合はいってんね」

「先輩、おんなのこの気合の入ったナチュラルメイクを見抜くのはマナー違反です」

普段のメイクでも十分かわいいのに、それ以上に自然でかわいいって『おんなのこ』は流石だな。恐れ入りました。

 ソフトクリームで手を打ちましょう、という彼女の視線の先に売店がある。



 彼女の撮りたい写真は『思い出』とでも言うのだろうか。

 アルバムに収まる、そういった類のものだった。


 それなら、どこに行くか、どんな写真を撮るか決めてしまうより、実際に出かけてしまうほうがいいだろう。

 そんなわけで、僕らは遊園地へ遊びに来ていた。彼女は人懐っこい性格なのであまり心配はしていないが、そんなに親しくない相手にカメラを向けられると言うのは緊張するものだ。遊びに行くにしても周囲の雰囲気にまぎれたほうが、相手も気を張らないでいいだろうと考えての選択だった。


 今後の基準になるスナップショットなんて言っていたが、つまり一枚くらいいい写真があったらいいんだろう。彼女がこれ一回で満足すればそれでいいし、気に入って他にも行きたい場所があるのだというならついていくことにした。


 僕がこんなにも彼女に協力するのは、ひとつ条件を出しているからだ。

「撮ってあげるのはいいよ、もちろん。お金も取らないし、そういう目的なら特に僕から文句もつけない。ただ、撮った写真をコンクールに出させてもらってもいいかな」

 最初に話を聞いたときは、かわいいモデルが自分から使っていいといっているのだし、せっかくだからという程度の気持ちだった。しかし、彼女の目的という名の演説を聞きながら、僕もひとつ悩みを思い出しただ。コンクール用の写真だ。

 写真に関しては学内でサークルには所属しておらず、時々学生から社会人までいるアマチュアの集まりに参加していた。そこで知り合った人たちに、 コンクール に出してみたらいいのにと言われていたのだ。


 どんな写真を出したらいいのかわからなかったが、僕は作品を撮れるし、彼女は自分の写真を撮ってもらえる。理にかなっている。

「ちゃんと、素敵なのを選んでくれるならいいよ」

「おい、誰が撮ると思ってるんだ」

「だって先輩との写真ブレブレだったじゃないですか」

「酔っ払いの写真を真に受けるなよ」

今に見とけよ、と僕は密かに誓った。



 僕がお金を払い、彼女がソフトクリームを受け取る。いただきます。めしあがれ。

 冗談だろうと思ったが、鼻の頭にクリームをつけてソフトクリームを食べる姿は愛らしかった。写真に撮った。


 間抜け面だった。


 彼女は自然体だった。


 レンズ越しのほうが彼女を身近に感じられる程だ。

「子役とかやってた?」

「先輩って絶妙にジャンプした発言しますね」

 ホップ、ステップ、ジャンプのジャンプなんだろうか。彼女の語彙ほどではないと思うが、おそらくここは戦い始めたら泥沼と化すのでやめておこう。



「春のうちにお花見行きたかったですね」

「あるよ、うちのサークル行事に。来年のお楽しみに」

来年か~と、彼女はうなった。確かに今年の桜はきれいだったもんな。今度撮った写真を見せてあげよう。

「それまで先輩付き合ってくれます?」

「それまでにアサちゃんが飽きないかな」

「腕試しですね~」


 誰の腕が試されているのだろう。

 僕の写真の腕だろうか。よく考えたら、彼女は僕の撮った写真を見てはいないはずなのだ。僕からしたらおかしなことでも、彼女からしたらカメラの技術など関係ないのかもしれない。そんな風に考え込んでいると、僕は腕を引っ張られて目の前に意識を戻した。


 何かあるのかと思って視線を向けた先には、彼女が正面に立っていた。お辞儀したら頭突きしてしまいそうな位置に彼女の顔がある。思わず一歩退いてしまう。

「いや、近い」

「先輩、ぼんやりしてるんですもん。この勝負、私の勝ちですね。」

「いきなり腕試しされたわけね」


「ちゃんとついてきてくださいね、先輩」

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