第6話 僕らは急遽呼び出される。

「おはようございまーす!!」


 挨拶とともに3人は、軽やかに店舗の扉を開いた。ドアベルが心地よい音を響かせて、訪れた者を出迎える。


 「Speed Pizza」はスパイクヒルに店を構えるピザ専門店である。お気軽に電話一本でお好きなピザをお届けする、街の愛されデリバリー店である。

 チェーン展開をしているわけでもなく、特に大きな資本で支えているわけでもない平凡なピザ屋ではあるが、具材の豊富さとオーソドックスなメニューの中にも、美味いなら少し斬新な組み合わせのものも載せてみる寛容さ、味の良さ、そして何よりきちんと火の通っているものを提供してくれるポイントで支持を集めている店だ。

 まだ開店まで先だというのに、厨房と事務室とがメインの設備である店内は、生地のイーストが発酵する甘い香りに瑞々しさの残るトマトソース、オリーブオイルやチーズ、そしてサラミの肉と脂と塩気の香りが溶け合い、また具材の仕込みやオーブンの余熱の為に湿度と熱気とにそれらを増幅され、いっぱいになっており、扉を開けた瞬間から、ここに来るまでですっかり腹が減ってしまった子供らの胃袋を刺激した。


「おう、おはようさん。悪いな、朝早くから呼びだして」


 奥の厨房エリアから野太い声を張り上げて、むさくるしいまでにガタイのいい男が声をかけてきた。


 髭面、サングラス、高身長、筋骨隆々マッチョマン。トレードマークのつもりで頭に巻いたバンダナは、ファンキーかつロックロールに本人はキメているつもりなのだろうが、こちらからすれば持ち前のコワモテ要素をブーストするという意味でよく似合っている。

 彼がこの「Speed Pizza」の店長だ。こんなナリの彼ではあるが、ピザ焼きに関しては一家言ある男ではある。ただ様々な場面においてその外見で損をしていることがあったりもするが…。

 外見はアレだがとても面倒見のよい男であり、この3人も今までに何度も日雇いバイトで世話になっている。更には、労働の後に美味いまかないまで食べさせてくれたという、いつでも腹ペコな3人組にとっては、まさに天の助け、天使のような人である。多少ごついが、腹の虫よりは怖くない。


「ほんとっすよ! 朝っぱっから!?」


 タクヒが雇われた立場も良く考えず文句を言い始め、ルフはそれを止めるためとっさに、タクヒに向かって裏拳を放った。見事、それはタクヒが全て言い終わるより前に彼の顔面に決まった。


「何すんだよ!ルフ!!」

「こんっの、いらんこと言い!!」

「だからって殴らなくてもいいだろが!」

「言ってわかる頭じゃないでしょ!!」


 少しばかり過激なしつけへの抗議から始まった二人の喧嘩を尻目に、嘉一は店長と話をし始める。


「店長さんもお元気そうで~」

「お前らほどじゃないよ、まじで」

「でも……確かに今日は急な呼び出しでしたね、何かあったんですか?」

「実はな……」


 店長の顔には、以前の様な溌剌とした輝きが見られない。その意味深な言葉の溜めに、嘉一の後ろで取っ組み合いに発展しかかった喧嘩をしていた二人も、その動作を止めざるを得なかった。




「はぁ? バイトがほとんど事情聴取!?」

「悪人面の店長を差し置いて!!!?」

「驚くのはそっちか」


 話を聞かせてもらった子供たち三人は揃って驚きの声を上げた。驚く方向が多少曲がっているような気もするのだが、近隣でもこの店長の見た目の怖さだけは悪い意味での折り紙つきである。そんな店長を飛び越えた捜査員の目の付けどころに、子供たちの頭は疑問符だらけになった。


「大学の連続殺人でまた犠牲者だとさ、警察もピリピリしてんだろうよ。」


 店長は呆れたような響きの言葉とともに今朝の朝刊を3人に渡してみせた。その新聞の一面にはでかでかとした見出し文で“大学の殺人鬼!!”と書いてあるのを始め、この事件がいかにも異常性のあるものと言わんばかりの、煽りたてるような文章が羅列されていた。


 実はここ最近、スパイクヒル周辺は警察の警戒が強まっている。新聞にもあったように、ある州立大学で連続殺人が起こったからであった。この街からはそう離れていない場所で起こった事件であったのと、犯人の手掛かりらしきものが見当たらなかったのとで、とうとう捜査官たちの聞き込み捜査絨毯作戦はここ周辺にも範囲を広げてきたのだという。

 この広い世の中、物騒な話も少なくない中、殺人事件など日常茶飯事のことなのだが、“最高学府”である大学の構内で、そのような物騒な事件がそう何度も発生しているとなると、話は別物だ。しかもそれが立て続けに3人目、ともなれば良くあることなどではない。それはある種の恐怖すら伴って人の口の端に上るものとなっていた。


「おっと、もうこんな時間か……」


 店長は慌てて、部屋の隅に設置されたテレビを点けた。ちょうど朝のニュース番組の最中で、画面の上部、朝の支度で忙しい視聴者でも確認しやすいようにその位置に表示された時計では、現在午前8時を過ぎたところと示されていた。

 残念ながら店長にも、これから営業開始時刻までにやらねばならないことはまだ残っており、長話としゃれこむ時間は無い。


「ルフとタクヒはユニフォーム着て、予約分の配達に出発な。」

「了解!」

「へ~い。」


 タクヒとルフは各々に返事をしながら、ユニフォームやその他の装備品を受け取るべくスタッフルームのドアをくぐり中に入っていく。当然のように彼らの後ろについていこうとした嘉一の襟首を、突如何者かの手がむんずと掴み引き戻して阻止する。

 店長の手だった。


「……で、嘉一は~……待機で。」

「ユニフォームのサイズが無かったらLでも大丈夫ですよ~。」


 待機の理由を自分の分のユニフォームが足りなかったため、と思ったらしい嘉一はとんちんかんな返答をし、なおも彼らと同じ部屋に入ろうとした。

 だが結局、店長に何が何でも絶対駄目だ、やめてくれ、お願いだ、と最後のあたりは懇願に近い形で止められてしまった。自分も彼らと同じ内容の仕事をするもの、と嘉一は思って疑っていなかった。そのためか、自分がスタッフルームに入れさせてもらえなかったことに彼は驚きを隠せなかった。


 だが、タクヒとルフには、その原因に思い当たる節があった。


「LとかMとかサイズの問題じゃなくて、配達時の危険度がAAAなんだろ……。」

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