第10話 編集社
七月十九日月曜日。某編集社ライトノベル部署。
藤井桃: 昨日はお休みの中、原稿確認して
いただきありがとうございます。
四条 : いえいえ、半分趣味みたいなもの
ですから。今回も面白い展開で読
み進めいていて楽しかったです。
藤井桃: そう言っていただけると嬉しいで
す。今回も誤字は多かったみたいで
すが(笑)
四条 : まあ、それを直すのが私の役目な
ので・・・
藤井桃: いつもありがとうございます。
話は少し変わるのですが、今シェ
ルゲームズで超が付くほどリアルな
人生ゲームがプレイ出来るのをご存
知ですか?
いきなりものすごくタイムリーな話題を出してきた。確かにあのゲームが開始したのは三日前とかで、今朝のニュースでは特集が組まれていたし、SNSでも昨日の晩くらいからかなり話題になっている。俺たちがプレイできたのは隆二に紹介してもらって話題になる前に行ったからで、今から行くとなると予約いっぱいで何ヶ月も待たされることになるだろう。
四条 : もしかして、行ってきたんです
か?
藤井桃: いいえ。今日の朝テレビで見て知
って、これは異世界転生モノの小説
を書く身としては一度経験しておく
べきだとも思ったんですがどうも十
二月くらいまで予約でいっぱいみた
いで・・・
まさかそこまでの人気を博しているとは。逆に言えば例の件でマスコミに取り上げられたら時の損害も多大なるものだということだ。まったく、俺はとんでもないものの命運を背負わされたみたいだ。
正午になり、約一時間の昼休憩が始まった。
さて、ここらで編集者らしく助言の一つでもしてこのチャットを終わらせることにしよう。
四条 : 実は私、昨日あのゲームやってき
たんですよ。
藤井桃: ええっ、本当ですか?!
どうでした?
四条 : 正直、リアル過ぎて異世界転生の
勉強にはなりそうにありませんで
した。
担当編集者的には藤井さんのファ
ンタジックな発想を大事にした い
ので、藤井さんがあのゲームをプレ
イして発想が現実的になってしまう
ことは避けたい。そう思ってしまう
くらいものでした。
藤井桃: そうですか・・・じゃあ辞めてお
きます。
四条 : 助かります。
それではまた次の原稿をお待ちし
ております。
お疲れ様です。
藤井桃: はい、よろしくおねがいします。
お疲れ様です。
チャットアプリを右上のバツ印で閉じて、画面左下にカーソルを持っていく。シャットダウン。
午前の仕事は一応片付いた。午後はイラストレーターに原稿を送って挿絵の発注だな。
「やっと終わったか。」
回転椅子の背もたれに仰け反ると、それを覗き込む男と目が合った。高校の運動部生にも見える爽やかで、どっかの現場監督プログラマーとは違い含みのないスマイルフェイスがそこにあった。
「笹田か。」
「慎二、飯行くで。」
笹田遼太。この部署では唯一の同期で、普段、仕事中は一切私語を言わないし常に真剣な表情をしているのだが、昼休憩のチャイムがなるといかなる躊躇もなく仕事を中断し、俺のもとへ昼食の誘いをしに来る、一言で言うなら、オンオフがしっかりしているタイプの男だ。
「今日はどこ行くんや?」
「うーん・・・カツ丼とかどうや。」
「ありやな。」
その上かなりの親切人間だ。今も俺が立ちやすいように椅子を引いてくれた。礼を言って立ち上がる。
心から尊敬できる友達だ。それに、俺はこの男に対してかなり感謝している。なぜならこの男、笹田遼太は・・・
「はいっ、カツ丼大盛りおまちっ。」
ウエイトレスのおばちゃんがお盆に乗せたカツ丼と漬物を運んできて笹田の前に置いた。その後直ぐに俺が頼んだ『カツ丼並』も運ばれて来る。
「ほらっ、箸。」
「ありがとうっ。それで、樋口さんとは進展あんの?」
「そんなに気になるか?」
「そりゃ、くっつけたのは俺やし、もし上手くいってないとかだったら俺にも多少なりとも責任はあるし・・・」
「んな責任ねえよ。」
そう、この男、笹田遼太は、俺にとって恋のキューピッドでもあるのだ。
編集社のライトノベル部署で作家の編集担当を務める俺と、経理部に務める彼女。ほとんど接点のなかった二人が突然付き合うことになった。その裏にいた存在。それが笹田であり、笹田の彼女であった。
俺たちは直ぐにお互いを好きになった。それから週末になるたびデートをするようになり、週明けの昼休憩には決まって笹田から今のような質問を受ける、よって今日でこの質問は三回目になる。過去二回は大した進歩もなかったのでなんの報告もしなかったが、今回に関しては実際変化があった。正直酒で酔った勢いで事に及んだことを進歩とは言い難いが、そういう状態になるまで飲むこと自体が進歩かはどうかは抜きにして変化ではあると思うので一応報告しておく。
「樋口さん積極的やなあ。」
「やっぱりそういうことやんな。」
「そうゆうことやろ。知らんけど・・・」
知らんけど・・・関西圏御用達、会話における最強の保険である。正直決めつけるようなこと言ってから保険をかけるとか無責任すぎると俺は思う。
「ともかく、上手くいってるみたいでよかった。」
「・・・ああ。」
「どうした?」
「いや、なんでもない。」
大盛りを空にした笹田を五分くらい待たせて並盛りを間食した俺は手つかずの水を飲み干し席を立った。
会計のあと、財布に溜まったレシートを捨てながら俺は尋ねた。
「なあ笹田、有給の申請って一日前でもいけるん?」
「なんや、明日休むんか? ・・・作者さんに迷惑かけへんなら大丈夫やと思うで。」
「そうか、良かった。ちょとな、訳あって明日から二日くらい東京行くことになってん。」
もちろん、その訳は言わない。この男のことだ、言ったらきっといらぬ心配をして頭を抱え込むはずた。
「東京やと!?また急な話やな。」
意表を突かれたという反応こそとった笹田だったが、その後それ以上の詮索をしてくることはなかった。
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