第十二章 羽

第43話 第十二章 羽 (1/1)

【岩壁から落ちた鷹大たかひろは、自身の精子が変化へんげした巨乳のパイ、貧乳のナイと一緒に、弓音ゆみねのお腹の中で宝である卵子を探し出す。しかし、現実では病院で生死の境にあり、神様の計らいで精子たちの『生きたい』思いを体験していたのだ。だが、それだけでは生還できない。『生きたい』に共鳴しなければならなかった。未来からやってきた娘にうながされ、鷹大は「生きたい」と、心から叫んだのだった】




   第十二章 羽


 目が開いた。鷹大は目を覚ました。


 ……今日は、3度目のような気がした。


 ボヤッとした白い天井が見えた。どうやら病室のベッドの上にいるようだ。他に人の気配がないので個室かも知れなかった。


 体が重い。重力を感じる。

 痛い箇所は無い。リアルの重さが心地よかった。


 知らない女の人が、病室に入るなり慌てている。

 白い服、看護師さんのようだ。

 鷹大と軽く受け答えをして出て行った。


「あー、ここは病院なんだ。どうやら、生きてるみたいだ。娘の言ったことは本トだったんだ。俺はまだ死んでないようだ」

 そんな風に言ったと思うが、口はれぼったく、ちゃんと発音できていなかった。きっと、看護師さんの時もそうだったのだろう。


 鷹大は、ホッとするでもなく、特に嬉しいってわけでもない、高い所から街を見下ろしているような漠然とした現実を、ただ受け入れていた。


 すぐに医師が来た。思ったより若い。

 その医師から、色々な質問を受けた。話しているうちに発音も戻っていった。


 首は動くのだが、手足はほとんど動かなかった。

 それについては心配ないと、医師が笑顔で言った。


 そして、転落事故から半月以上が経っていると知る。思っていたよりも長く眠っていたようだ。



 しばらくして、父親が来た。

 白い髪の先まで喜んでいた。


 父親が帰った後、弓音が来た。


 泣いていた。

 ショートカットの小さい顔が、もうぐしょぐしょだ。顔を洗ったまま、タオルを忘れてきたみたいだ。


 そんな弓音を見ていると、鷹大がリアルの空気に浸かっていると実感してくる。

「心配かけて、ごめん」


「ゴメンね。あたしのせいだよね」

 帽子が飛んだことが、転落の原因と思っているようだ。


「俺が勝手に落ちたんだよ。弓音のせいじゃない」

「でも、……」

 涙ぐんだ顔が許しを求めていた。


「俺が気持ちよく走っている気になって、我を忘れたんだ。弓音が責任を感じる必要はないよ。いつもと同じになってくれよ」


 弓音は許されて嬉しいのか、泣き顔で笑い、涙をキラキラさせている。

 メッチャかわいい。


 その弓音が答える。

「うん、分かった、いつものようにする。……でも、よかったわ。鷹大の力を信じていてよかったわ」


 俺の力? それは違うと鷹大は思った。

「俺1人の力で助かったんじゃないんだ。目が覚める直前まで夢を見てたんだよ。俺は夢の中で、励まされて助かったんだ」

 地獄の体験や、娘とのことを夢と思った。


 今になって思えば、地獄の全てが頭から透明な薄いベールをかぶせせられたような、そんな薄い膜が肌に貼り付いていたような、鈍い感覚だった。だから、夢と思ったのかも知れない。


 励まされたと聞いた弓音は、他の人物も夢に出ていると気付いた。

 ベッドの脇にある簡素なイスの上に、その腰を移す。

「誰に励まされたの?」

 と、優しく聞いた。


 言った鷹大が慌てた。

「あ、その、……えーと、……あー、女の子に……」


「あたしじゃないの?」

 声のトーンが低くなている! 弓音は許しを求めた想いなんて、きれいに忘れ、マジでいつも通りである。


「えーとっ、弓音も関わっているけど、弓音本人じゃなかったよ」

 弓音の娘でもあるのだから、間違いではない。


 弓音のほおが膨らみかけている。

「あたしじゃないの? なんか、悔しいわ!」

 そうは言ったが、意地悪っぽい。

 病室にあるティッシュの箱から、数枚を連続して雑に引き抜いては、顔に残った涙を全てぬぐった。すっかりと、いつもの通りとなった。


 後が怖い鷹大は、正直に白状する。

「えーと、その女の子は弓音の娘なんだ」


「娘? あたしの子供ってこと?」

 突然のことに、キョトンとする。


「そうなんだけど、……夢なんだよ。夢で未来の娘に助けられたんだよ」

 鷹大には罪悪感があった。子供を産ませた罪を、夢にかぶせようとした。


 弓音は足場を固めるように確かめる。

「あたしの娘って、鷹大の娘でもあるの?」


「そ、……そうだよ」


「嬉しいーーーーーーっ! それが鷹大の本音なのねっ!」

 戸惑う鷹大をよそに、喜びの花を咲かせた!


 ちょっと待った!

「本音って! 夢だよ! 夢!」

 ブレーキ、ブレーキ! 子供は早過ぎる!


「夢でもいいわ! 鷹大は夢に見るほど、あたしとの間に子供が欲しかったのね」

 弓音は突っ走っている!


 押さえる鷹大。

「だから、夢だって! 男子高校生が見た夢だよ! 妄想の延長だよ!」


 弓音の方こそ、夢見るような面持ちだ。

「それでも、嬉しいの! 将来、女の子が生まれる夢か……。


 夢っ!


 そうだわ!

 夢を見たって言うんなら、その夢に鳥が出てこなかった?


 大きな白い鳥よ!」



 ピカッ! /|/|/|/|/|/|/|/|/|/|/☆

 ゴロゴロッ! ドッカーーンッ!


 鷹大は雷に撃たれた!


 白い鳥なんて、白血球の大鷲しか思い浮かばない! でも、言ってないぞ!


「な、な、なんで弓音が鳥を知ってるの?」

 あなどれない! 弓音って侮れない子だ!


「やっぱり、鳥も夢に出たんだ。その鳥は白くて大きかったのね」

 嬉しそうに確かめている?


「そ、そうだよ。どうして、白いって色や、大きいってことまで知ってるの?

 お、俺の夢なのに……何か特別な能力?」

 超能力者のように思えてきた。


 弓音はプッと吹き出す。

「ち、違うわよ! 夢を見たって言ったから、そこで鳥も見たのかなって、……」


 ゴソゴソ


 鷹大が寝ているベッドの脇には、小さなTV台がある。

 弓音は、そのTV台の引き出しを開けると、何かを取り出した。


「ほら、これよ」

「羽ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 弓音の手には、透明なビニール袋に入っている1枚の羽だ!

 輝くように白くて、掌よりも長い、大きな鳥の羽だ!


 羽は長いので、ビニール袋はA4サイズくらいもあり、しかもチャックがついていた。


 ちなみに、羽は消毒された上に密封されている。

 病院には動物を持ち込めない。菌やウィルスの侵入を防ぐためである。抜けた鳥の羽も同様の扱いとなるので密封なのだ。


 そんなことは、いいとして、

 パイが拾った羽と、全く同じなのである!


 鷹大には、その時の羽、その物だった。


「な、何で! その羽がここに? 今も夢の中なの? もしかして、まだ夢の続き?」

 ボケてしまうくらいに、現実逃避である。


「違うわよ! どうやら、鷹大にくっついて病院まで運ばれたみたいなの。救急車に乗せられた時も落ちなかったようね。鷹大のお父さんが捨てないでおいてくれたのよ」

 羽がある理由は現実的であるが、鷹大は1箇所だけ、想像ができなかった。


「くっついていた?」


「たぶん、崖の下に落ちていたか、鷹大が落ちた時に触った木の枝にあった羽が、Tシャツかズボンにくっついたんだろうって言われたわ。

 なんか白くてきれいだから、守り神のように見えて、ずっとそばに置いていたのよ」

 くっついていた原因は不明のようだ。

 おそらく、衣服のどこかに挟まっていたか、または、抜けたばかりの羽で根元が湿っていて、その粘着力によって衣服にくっついたと思われる。


 弓音は、まだ起き上がれない鷹大の目の前に、羽を持って来てくれた。

「リアルの羽か、でも偶然過ぎる! 夢と同じ羽なんて……」

 もしかしたら、山頂の神様も関わっているのかも……鷹大はそう思った。


 弓音は穏やかに聞く。

「夢でも、白い鳥が助けてくれたの?」

 まあ白い鳥なら、味方って思うだろう。

「鳥は敵だったよ。でも、その白い羽は俺を守ってくれたんだ」


「やっぱり、守り神だったのね。夢でも、この羽を持っていたの?」

「ああ、ズボンのポケットに入れて……」


 ズボン、ポケット、パイが入れた、と思い出す。


 パイ!

 パイの毛!

 あの毛!


 鷹大に助平が蘇る。


「何それ! 初めて見たわ!

 いやらしい目!

 何? いやよ!


 その目!」


 弓音は汚物でも見たように、鷹大から離れようと、イスの上で身をよじった!


 鷹大の目つきはメタモルフォーゼしていたのである。

 自覚があった。

「あっ! 俺の目って、変?」


「メチャクチャいやらしいわ!」

 弓音は立ち上がり、羽を入れたビニール袋を持ったまま、白い壁にへばりついていた。

 

「これは『ハズ目』って言うんだ……」

「名前なんて、どうでもいいから! 早くやめてよ!」

 どうやら、鷹大はハズ目をリアルに持ち帰ったようだ。





 でも、このあと、もっと、弓音を困らせることになるのである。


 パイとナイの、どちらかの死を思い出したのだ。

 鷹大は泣いた。

 2人のために泣いた。


 情けない声を上げて、子供のようにわんわんと泣いたのだった。





                      おしまい




     (エピローグの後に、後日談があるよ)




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