第42話 第十一章 娘の種(?)明かし(4/4)



【岩壁から落ちた鷹大たかひろは、自身の精子たちと一緒に弓音ゆみねのお腹の中を駆け回る体験をしたのだった。でも、火山、川、平地、横穴、洞窟が何かよく分からなかった。】

【申し訳ありません。一気に読んでいただきたく、この第42話は文字数が多いです。また、ところどころに解説もしくはお詫びが( )書きにより入りますが、ストーリー重視でしたら、読み飛ばしても差しつかえありません。

 この第42話から『後日談』+『■あとがき■』まで一挙公開しています。『■あとがき■』は除いて、この位置から『後日談』までを、時間がある時にことをお勧めします。どうぞ、ラストまでお楽しみください!】


 鷹大の質問は、行程を順にたどることになった。


 最初の場所は火山である。

 娘が答える。

「ハーフちゃんたち(精子のことである)が初めて母体に入る場所は、酸性が強いのじゃ。火山はその酸性を意味しておったのじゃ」


 聞いていた鷹大は『初めて母体に入る場所』に、即反応した。

 ハズ目となったのだ。


「そ、そ、その場所って、あ、あ、あそ……こっ!」

 男子高校生にとって興味が集中する女の子の部位である。


「父様、ハズ目をやめるのじゃ!」

 娘はゴキブリを見るような目だ。それもそうなのだが、どうやらハズ目を知っているようだ。


 なので、娘に聞いてみると、

「実はワシは守護霊のように、見えない姿で、ずっと父様にくっついておったのじゃ。じゃから、ハズ目も見ておったのじゃぞ! 父様が母様に、そんな目を向けておるところを、ワシは見たことがないのじゃ! 父様、しっかりするのじゃ!」

 と、叱られてしまった。


 さすがに、小学3年生の女子を前にしてハズ目はまずい、このままでは変態の末席に名を連ねてしまう。

 鷹大は、火山弾や流れる溶岩に追われた恐怖を思い出して自重した。


 娘によると、それら火山弾や溶岩が、酸性の象徴だったようだ。そして、酸性によってハーフちゃんは死ぬらしい。


 死ぬと水になるのは、ハーフちゃんの細胞膜が破れれば中身がドロッと出るからだそうで、細胞レベルの現象が現実化したためであった。

 神様のはからいで、他の原因による死も、分かりやすいように合わせていたらしい。


「次の人柵じんさくがあった川の入口は、……」

 鷹大が言い出したが、娘が許さない。

 両腕をクロス、×マークである。

 やはり、弓音の『子宮口』だったようだ。鷹大はハズ目をこらえる。


 娘によると、ハーフちゃんと言っても、その能力は一律ではなく不完全な者もいるようで、彼らが上流へさかのぼれず、入口(子宮口)にとどまってガードしていたらしい。


 そういえば、泳げないから深みに入りたくないとか、聞いたような気がした。


 でも、鷹大にはガードの意味が分からない。

「ガード? 何からガードしていたの?」

「母様に限って絶対にそんなことはないのじゃが、生物としてじゃな、父様以外の男が放ったハーフちゃんが侵入して来た時のガードじゃ」


「俺以外の男が放つハーフちゃん? ……つまり、乱こ(交)……」

 バシッ! 娘が×マーク! 腕を大きくクロスした。


「Hな単語は禁止なのじゃ! 言っちゃダメなのじゃ!」

「まあ、弓音なら絶対ないよな。犯罪に巻き込まれない限りあり得ない!」


 鷹大の目に弓音の笑顔が浮かんだ。この笑顔が、犯罪につぶされる場面なんて、絶対に見たくない!

「そんな犯罪からは、俺が守る。いや、守ってみせる!」


 鷹大の心意気に娘は喜んだ。


 だが、人柵のガードはパイとナイ、そして鷹大をもはばんだのだった。


「遅く来たハーフちゃんたちには悪いのじゃが、上流へは行かせんのじゃ。遅いと淘汰されるのじゃ」

 人間の肉体も自然の一部である。早くたどり着けなかったハーフちゃんは、自然淘汰されるのだ。


 ただ、鷹大と仲良くなって(?)時間を食ってしまったことが、パイとナイが遅れた原因である。

 なので、投げ飛ばすという禁じ手を使える余地を神様が残したようだ。


 その他の遅れたハーフちゃんたちは、本来の通り人柵を越えられなかったのである。


 人柵に続く川は、複雑な迷路のように分かれ道だらけだった。

 神様は迷路的な要素を高めようと、川を人工水路みたいに単純化させたようだ。しかし、パイとナイが本能的に匂いを追ったために、迷うことはなかった。思ったほどの効果はなかったようである。


 現実にも、この川には流れがあり、ハーフちゃんは遡るように進むのであるが、泳ぐ力が弱いハーフちゃんは自然淘汰される。

 途中に見た、疲れて川に浮いていた人たちが、そうなのだと思った。


 鷹大が水の抵抗を強く感じることなく、余裕で川を歩けたのは、神様にパイとナイの遅れを取り戻させる意図があったためだった。


(解説:娘は名称を明かさなかったが、この川は『子宮頚しきゅうけい』である。時にがんになるので、その名称を聞く機会があるかも知れない)




 鷹大は次の場所を予測する。

「そして、次の広い平地って、やっぱり、……」


 シャッ!

 ×マークだ!


 鷹大の言葉が出るより早く、娘から使用禁止のサインが出た!

「Hな単語は禁止なのじゃ! ワシがはぐくまれた場所なのじゃ! 生まれるまで育った場所なのじゃ!」

 ×マークに込める力以上に、顔が赤い。広かった平地とは、言わずと知れた『子宮』なのである。


 ここまで来ると、助平の領域と言うよりも、中1の授業でやった保健体育や、生物学の領域であった。また、鷹大は自らが体験した地獄がいかなるものだったのか、ということに興味が向いていた。

 なので、ハズ目をこらえる必要が無くなっていた。(鷹大の助平が、体内の奥深くまで及んでいなかったことも、その要因にあったようだ)


 その鷹大には疑問があった。

「なんで、そこに怖い動物たちがいたの?」

 平地は大鷲やライオンや白狼など、猛獣の宝庫だった。


「やつらは、白血球じゃ。侵入者から母様の肉体を守っておるのだ」

 本物の白血球は白くなくて透明であると、娘は付け加えた。


 白血球と言えば血液のイメージがあるが、血管以外の場所にも存在するのだ。


 鷹大には、新たな疑問が湧いていた。


 侵入者だって?

「ハーフちゃんも侵入者なの? (宮)、いや、あの場所でしょ! 侵入と言うより、普通に想定されるんじゃないの?」

 平地にハーフちゃんが入ることは、自然な流れに思えた。


「これも淘汰じゃ。弱いハーフちゃんは進めんのじゃ! 強くて運のいいハーフちゃんしか生き延びられんのじゃ」

 白血球も、自然淘汰の一環だった。


 鷲の羽を得た後、猛獣から襲われなくなった理由は、鷹大の推測どおりで、白血球は自分の細胞を攻撃しないという性質を利用していたのだ。


 傷がすぐに治った件は、川の抵抗と同様に、行動が遅れ気味なので、神様が早く治るよう手助けしたようだった。



 その次は大ミミズの横穴であるのだが、その前に看板があった。

 わざわざ看板を設けた理由は、ハーフちゃんたちをふるいにかけ、生き延びたいのに生きられない運命があると、神様が鷹大に教えるためであった。

 鷹大はブーメランパンツの男を思った。

 その悔しそうな顔をいまだに憶えている。男なのがしゃくだったが、切なく感じたのだった。


 その看板には資格と書いてあった。その資格について聞くと、パイとナイが言ったように、娘も『能力がつく資格』であると言った。


 鷹大は金髪になって赤と青の紐が生える資格と解釈していたが、その時から、はっきりとしたイメージがなかった。

「その能力って、具体的には、何?」


 娘は何か恥ずかしそうに目をらす。

「母様の遺伝子と一緒になれる能力じゃ」


「一緒になれる能力? 分かりずらいな」

「その単語も禁止なのじゃ」

 娘は×マークを軽く作って見せては、目を逸らした。


「また、Hな単語なの?」

「そうじゃ! じゃが、ここは分かりにくいから、特別に教えるのじゃ、よく聞くのじゃぞ、…………のうじゃ」

 肝心な部分の声が、やけに小さい。


「えっ、聞こえなかったよ。『能』しか分からなかったよ」


 娘は、メチャクチャ言いずらそうに、顔を赤くする。

「もう一度言うのじゃ、あと一度だけじゃぞ、よく聞くのじゃ!




 ……受精能じゃ」




 鷹大は、これまで聞いたことが無かったし、違和感を感じた。

「受精能? ……」


 バシッ!

 言いかけたところで、娘が、腕の×マークを高く掲げた。


「言ってはならんと言ったのじゃ! Hな単語は禁止なのじゃ。フーーーーッ!」

 息も荒い。『受精』と言う言葉は極度に恥ずかしいようだ。


 でも、鷹大は真面目に違和感を解消したい。

「その能力が、大ミミズの横穴を抜けた時につくと言うなら、火山の場所では、その能力がハーフちゃんにはないの?(訳:射精した時点の精子には、受精させる能力はないの?)」

 もしそうなら、思いもよらないことだ。


「そうじゃ。母体内においては、あの細い所で刺激を受けながら通過せんと、あの能力はつかんのじゃ。大ミミズのヌルヌルには、あの能力をつける効果があったのじゃ。父様のサービスタイムではなかったのじゃ!」


 パイとナイのヌルヌルシーンは必須だったらしい。

 つまり、精子は女性の体に入らないと、受精させる能力がないのである。


「女の子側に子供を授ける主導権があるみたいだな」

 勉強になった鷹大であった。


(解説:娘は言わなかったが、横穴は『卵管の峡部』である。卵管でも子宮側の細い部分が峡部と呼ばれている)

(お詫び:大ミミズは、卵管峡部の上皮細胞の一部で『線毛(繊毛?)細胞』といいます。後で気付いたのですが、この線毛細胞がハーフちゃんに栄養を与えているというのは、作者の思い違いでして、別の上皮細胞(『分泌細胞』といいます)が、その役目を負っているようなのです。作者のミスです。申し訳ありません。しかし、ストーリー上変更できないので、本文はそのままにすることにいたしました。ちなみに、線毛細胞の役割は、ハーフちゃんに刺激を与える他に、受精卵を子宮へ運ぶ役目もあるようです)


 鷹大が横穴を通った時に、大ミミズがつぶれた件は、鷹大には受精能が不要なためであり、大ミミズが無用に汚れないためだったそうだ。


『俺って、汚いの?』

 そう言えなかった鷹大だった。


 大ミミズの後は休憩であった。

「母様のたまごが、ハーフちゃんと一緒になれるタイミングは、時間的に短いのじゃ。じゃから、そのタイミングまでハーフちゃんに栄養を与えて、休息と称して待機させておったのじゃ」

 パイやナイから聞いたのと、だいたい合っていた。


(解説:本来は『らん』と呼ぶのが正しいのであるが、本作では分かり易く『卵子らんし』または『たまご』と呼ぶことにしている)


 鷹大は次の展開を思い出した。

「そして、宝が来たって言って、眠っていた俺を、パイとナイが起こしたんだよ。……つい、さっきのことだった……パイ……ナイ……」

 2人のどっちかは死んでしまったのだ。鷹大は涙ぐんでしまう。


「しんみりするでないのじゃ!」

 娘が心配している。もう、いっぱい泣いた鷹大である。Tシャツで涙をぬぐった。


 そして、広い洞窟で調理前の大きな肉団子のような入れ物を見つけたのだ。


(解説:娘は言わなかったが、広い洞窟は『卵管の膨大部』である)


 肉団子は卵子を取り囲む『顆粒細胞』と呼ばれるものであり、後に登場する西洋甲冑が『透明帯』と呼ばれるものらしい。


 鷹大はパイとナイを抱えながら見た光景を思い出す。

「紐を引いて頭を爆発させて、肉団子の肉片を吹き飛ばしていたよ。何人も水になったんだ。かわいそうだったよ」


「淘汰するために、卵の入れ物は強固なのじゃ。ハーフちゃんは1人では決して生き延びることはできんのじゃ。大勢が協力せんと、1番も生まれんのじゃ」


 放つハーフちゃんが元々少ない男は、子供ができにくいらしい。


 でも、爆発は現実とは違う、と鷹大は思った。爆発とは何だったのだろうか?

 娘が答える。

「ハーフちゃんはたまごの入れ物を溶かす酵素を2種類持っておるのじゃ。その酵素を段階に応じて頭から出すのじゃ。その表現として、神様は爆発を選んだのじゃ」


 爆発とは2種類の酵素による入れ物の除去であった。


(解説:本作では、卵子を守っている『顆粒細胞』(肉団子)を除く青紐の酵素を『ヒアルロニダーゼ』、『透明帯』(西洋甲冑)を除く赤紐の酵素を『アクロシン』と解釈している。しかし、詳細には未解明な部分もあるらしく、文献によっては、異なる書き方をしているので留意されたい。このため、酵素の名称は本文ではなく、この( )内に入れている)


 爆発音と黒煙が、鷹大の頭をよぎる。

「どうして、あんな過激なことを?」


「ハーフちゃんは1人しか生き残れんのじゃ、1人以外は、みんな死ぬのじゃ。

 あっと、……ワ、ワシも、……ひ、1人しか受け継いでおらんのじゃ。


 1人以外は全員死ぬのじゃ。神様は、そう父様に印象付けたかったのじゃ!」

 娘は、少し、口ごもったが、神様の意図を告げた。


「1人しか生き残れない。だから、パイかナイのどっちかはたまごと一緒になれなくて死んだんだね」


 悲しそうな鷹大に、娘は1つ付け加えた。

「ある意味、パイとナイ、両方とも、もうおらんのじゃ」


 分からないことを言ってる。

「どっちかが1番になって、生きてるハズじゃないの?」


 娘が答える。

「誰1人として、ハーフちゃんのままでは、生きられんのじゃ」


 パイかナイのどっちかは、西洋甲冑に入っていた弓音の卵子と一緒になって、1つの命になったのである。


「生まれた命は、もうワシであって、パイでもナイでもないじゃ」


 1番になったパイかナイは、我が身を捨ててまで生き延びたのである。

 鷹大は生命力を感じた。


「その命を懸けて、あんな地獄を抜けて子供ができていたなんて、中学の保健体育じゃ習わなかったよ」

 知ってたら、性を見る目が少し変わってたかも知れなかった。


「まあ、ワシが説明したような知識は専門家以外は、ベビ待ち夫婦の知識じゃろうな」

「ベビ待ち?」


 聞くと、ベビーを待っている夫婦のことらしい。特に不妊治療中の夫婦を言うようだ。

「それって、専門知識じゃん。小学生が知ってていいの?」

 よく考えれば、子供には過ぎた知識ばかりであった。


「ワシは神様から教えられた通りにしゃべっておるだけなのじゃ。でも、ワシが元の時代に戻ると、ここでの記憶は全部無くなるのじゃ。今、父様と話している記憶も無くして普通の娘に戻るのじゃ。悲しいけど、仕方ないことなのじゃ」

 寂しく微笑んで見せた。


「そっか。でも、こんな知識を持った小学生がいたら、親は心配するだろうな……って、俺か!」

 と、ふざけたように、鷹大が下らないことを言っていると……。


 娘が真面目な瞳を向けていた。

「そうじゃ! ワシの親は父様なのじゃ。じゃから、父様は生きて現実へ戻るのじゃ!

 ハーフちゃんたちは、生きたくて、生きたくて、子供という別の個体になってまで、生きたかったのじゃ!

 じゃから、父様も生きるのじゃ!」

 口調が強くなっていく!


 逆に鷹大は安心していた。

「娘がいるんだから、俺は助かるんでしょ。楽にしてていいんじゃないの?」

 未来があるのなら、焦る必要ない。鷹大は、そう思っていた。


「違うのじゃ! 母様と結ばれない未来もあるように、父様が死んでしまう未来も、まだ残っておるのじゃ! 自分から生きようとせんと、父様は死んでしまうのじゃ!」

 娘は悲壮感を背負っている。


 鷹大も不安になってきた。

「このままじゃ、俺は助からないの?」


「そうじゃ!

 じゃから神様は、パイやナイや、他のハーフちゃんたちの『生きたい』を父様に体験させたのじゃ!


 ここの神様は、子宝の神様じゃ。大きい子供の命は救えんのじゃ。生きたい本能を思い出させるのが、せいぜいなのじゃ。


 助かるには、父様の心を、ハーフちゃんたちの想いに合わせるのじゃ!

 『生きたい』想いに、共鳴するのじゃ!


 そのためには、父様が『生きたい』と、心から叫ぶのじゃ!」


 パイとナイの声が鷹大の心に響く。鷹大が爆発にひるんでいた時の2人である。


『生きたい! オリは生きたい!』

『私も生きたい! 生きたいのですわ』


 痛みが鷹大の腕によみがえる。

 噛み付いてまで、生きようとしていたのだ!


 2人の『生きたい』は、もう俺の『生きたい』なんだ! 同じ気持ちなんだ!

「生きたい! 俺は生きたい!」

 鷹大が叫んだ。


「もっとじゃ! もっとなのじゃ! そうじゃ、感覚からじゃ! 将来、ワシの、いえ、娘の頭を『いい子いい子』するのじゃ!」


「いい子いい子! パイもナイも好きだった!」

 鷹大は自分のてのひらを見る。


 蘇る感触!

 髪の毛のツルンとした感触! 石鹸水の感触!


 娘はもう、泣きじゃくるよう。

「父様!

 生きて! 生きて!


 そして、子供に、いい子いい子して!!」


 語尾に『じゃ』がない! に戻って、鷹大を求めている!


 本気なんだ!

 娘の涙に、鷹大の心も、むき出しになる!


 いい子いい子の感触が、心をく!

 心臓を刺す!


「俺だって! 俺だって!」


 言葉がはじけた!


「俺だって、いい子いい子したい! ツルンとでたい! さ、触りたいよ!


 もっと、もっと、触りたい!


 あぁ、もっと……『生きたい』よぅ……」






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