第六章 バタフライ
第15話 第六章 バタフライ(1/3)
【地獄(?)に落ちた
第六章 バタフライ
その後も、3人は迷路になっている川を遡った。
パイは歩く鷹大の肩につかまって、浮きながら引かれ、ナイは相変わらず平泳ぎである。
「あっ、川が浅くなってきたよ!」
鷹大が水面の低下に気付いた。
知らないうちに、肩くらいあった水面が、胸よりも低い。
それを聞いたナイは、足で川底を確かめる。パイやナイなど、ここの人たちは鷹大の胸くらいの身長なのだ。
「私でも足がつく深さになりましたわ。でも立てる流れでは、ございませんわね」
立とうとしても、つま先が底に触るくらい。踏ん張りきれずに水に流された。
ナイは、これまでどおり泳ぐことにする。
さらに進んだ。
川はだんだんと浅くなったが、反面、流れが速くなった。
どうやら、疲れて浮いていた人たちは、この流れに負けたようだ。
鷹大は流れの抵抗感を感じるものの、不思議と苦にならない。死んで地獄に落ちたからと思っていた。
川の左右を見ると、浅くなった代わりに川幅が広くなっている。
パイは鷹大の肩につかまっていたが、今は腹につかまっている。でも、流れが速く、鷹大の背後にできた渦に翻弄されていた。
パイはたまらず、鷹大の背中にしがみつく。負んぶのようになった。
ムニュ~~ッ
「む、胸が、パイの胸が、や、柔らかい……」
鷹大には巨乳のプレゼントだ。
パイは鷹大の助平になった目を思い出した。
「助平なことを考えるではないぞ! バカ者!」
「で、でも、む、胸が……、なんと、心地よい感触! ホワッ ホワッ!」
興奮に似た声に聞こえる。
「う、うるさい! 分かった!」
パイは鷹大の肩につかまりながら、自分の胸と鷹大の背中の間に、
「パイ! 背中が痛いよ。これこそ天国から地獄!」
「我慢しろ! 助平め!」
一方、ナイは川の流れに苦戦していた。泳いでは流され、流されては懸命に泳いだ。
パイが鷹大につかまるように促したが、ナイは、
「私は泳ぎが得意ですのよ! 得意だから逃げたくないのですわ!」
と、突っぱねた。
困った鷹大が周りを見た。
他の人たちは両岸に分かれ、岩壁に体をピッタリとつけて、川底を歩いていた。
流れの抵抗を減らして、浅くなった川を歩いていたのだ。
それが本来の進み方のように思えた。
「ナイ! 端を歩いた方が楽そうだよ!」
「私は、泳ぎたいのですわ!」
聞き入れなかった。
そして、ナイはもがく! もがいて、もがいて、また、もがく!
目が血走るほどに必死な形相!
平泳ぎも形が崩れて、
でも、もがくにしても、手足は左右対称だった。
そのうちに、足が流れに対して、素直に動くようになる。
左右の足先を揃えて、水面から水底へ、水底から水面へと、上下運動動を始めたのだ。
つられて手の動きも豪快なものへと変わっていく。
もう平泳ぎではない!
ザップン! ザップン!
ナイは飛び跳ねるように川を遡り始めた。
「バタフライだ!」
ナイはバタフライ泳法で泳いでいた!
――バタフライ泳法は、リアルでは平泳ぎを意識して改良された泳ぎ方である。
その昔、水泳競技には、左右対称に手足を動かして泳げばいい、というルールの種目があった。
平泳ぎを意識した種目なのだが、より速く泳ぐために、競技者たちは泳ぎ方を改良する。
その中で、このバタフライ泳法が考案されたのだ。
左右対称に手足を動かしているので違反ではない。
ただ、あまりに違いすぎるので、足の動きは平泳ぎのままと定められた。
そして、バタフライ泳法者ばかりが優勝した。
このままでは平泳ぎが
ナイには手足を左右対称に動かして泳ぐ習慣があった。
もがくのも左右対称だった。もがくうちに、バタフライ泳法に洗練されていったのである。
にしても、ナイは速い!
「鷹大! ナイが1人で行ってしまうぞ! 追うのだ!」
負ぶさっているパイが前を指差す。
「ああ、いきなりバタフライなんて、大丈夫かな?」
鷹大は心配した。バタフライは平泳ぎよりも体力を消耗するのだ。ゴールが見えない川を遡れるのだろうか?
だが思い出す。
ナイは見た目よりも軽かった。もちろん、パイもだ。
火山では2人を抱えて走っても、それほど苦にならなかったし、人柵の時には楽に投げ飛ばせた。この川でも、思ったよりも水に浮いてた。
鷹大が心配するほどには、疲れないのかも知れない。
でも、川の端を歩くよりは、ずっと消耗するはずだ。
鷹大はパイを
追い着かない!
遠くなると、ナイの背中は瀬と交じり合って見分けがつかなくなり、とうとう鷹大は見失ってしまった。
幸い、浅くなってからは分かれ道はなかった。
川は曲がることもなく、真っ直ぐだったので、鷹大はナイの残像を見た川の真ん中を、パイを負んぶしながら歩いて遡った。
川はどんどん浅くなり、見た目にも傾斜ついてくる。
凹凸の少ない1枚岩の斜面を、
川幅はずっと拡がり、100メートル以上はありそうだ。
他の人たちは岩壁に体をつけて歩いていたので、左右の両岸に沿うようにして、それぞれに列を作って登っていた。
さらに登ると、斜面は急な階段くらいの勾配となり、水の流れは斜面にへばりつく水の膜になった。
もはや川とは言えず、水の膜が横縞のさざ波模様を作って、凹凸の少ない岩の斜面を流れているだけである。
ミズゴケなど滑る要素もなかったので、パイにも歩いてもらった。
両岸の岩壁は、いったい何100メートル離れたのか、分からないくらいに遠い。
他の人たちは相変わらず、両岸の岩壁に沿って1列に歩いている。鷹大たちはちょうど中央付近にいるようだった。
その岩壁から岩壁までの斜面が、均質な1枚岩のように見えた。鷹大には人工的に思えたが、パイにはよく分からず、関心が無いようだった。
さらに10分ほど登ると、傾斜が緩くなってきた。
鷹大とパイは、ナイを探しながら川の中央を登る。
上流と言うか斜面の上部が、地平線のように途切れたように見えてきた。
「ナイ!」
鷹大は、その線上に立っているナイのツインテールな後姿を見つけた。
ナイは陸上の長距離を走り切ったばかりのように、
ダッ ダッ ダッ!
鷹大は急いで登る。
「ふー、やっとナイに追い着いたよ!」
ナイの傍らに立った鷹大は、すぐに、かがんでナイの顔を覗き込んだ。
疲れきっていた。
足らない酸素を補うように大きく口を開き、目からは輝きを失っていた。
そこへ遅れてきたパイが、興奮気味な声を上げる!
「鷹大! 前を見ろ!」
「え、何?」
鷹大は前を見ていなかった。ナイしか見ていなかったのだ。
覗き込んでいた顔を上げて正面を見た。
「ここは? ……」
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