第二章 走馬灯

第4話 第二章 走馬灯(1/1)

【地獄(?)に落ちてしまった鷹大たかひろは、ビキニを着た巨乳と貧乳の2人の女の子を抱えて火山弾や溶岩の滝から走って逃げる。地獄では他人を助けたりしないと2人は言うが、鷹大はこの2人を助けたいと思っていた】


   第二章 走馬灯


 鷹大は火山の音が聞こえないくらい遠くへ逃げようと思っていた。


 噴火音が聞こえるのは時々だったが、地鳴りはずっと聞こえていた。まだまだ走らなきゃいけない。

 それに、巨乳の子も貧乳の子も大人しく鷹大に運ばれている。鷹大には考える時間ができた。


 鷹大は、ここへ来る直前に見た走馬灯を思い出していた。

 岩壁から落ちながら見た走馬灯だ。


 鷹大は地元の低山を登っていた。

 落ちた岩壁は、その山の中腹にあって、頂上の神社に参拝する一般の登山道からは外れていた。


 その岩壁はほぼ垂直であるが、上部はオーバーハング状となっており、50メートル以上の高さがあった。


 しかし、岩壁のてっぺんはほぼ平らな草原となっており、近くを通る一般の登山道からは踏み跡を歩いて、誰でも容易に岩壁のてっぺんに立つことができた。


 そんなオープンな状態なのに、岩壁のてっぺんには柵も危険を知らせる看板も無かったのである。ただ、鷹大は地元なので、その危険性は知っていた。


 鷹大が浮遊感に気付いた時にはもう遅かった。


 岩壁のてっぺんとおぼしき大岩が、どんどんと澄んだ青空へ呑まれていった。

 着ているTシャツが、速い空気に激しくバタついている。


 落ちてるんだ!


 青空には麦藁帽子むぎわらぼうしが1つ、涼しい顔をして浮かんでいる。これから夏を迎えようとする休日のことだった。


「あの大岩へ戻らなきゃ!」


 オーバーハングのように突き出た大岩が、加速度的に小さくなっていく。

 落ちてる! 死にたくない! あの岩へ戻るんだ!

 しかし、大岩は青空の飾りになったかのように、小さくなるばかり。


 もう、届かない!


 途切れた! 心が途切れた! ここで死ぬんだ、と鷹大は『生』を諦めた。

 諦めると、時間がゆっくりになった。落ちている自分が、まるで他人ひとごとのように思えた。

 すると、自らの記憶が目の前に、光景となって現れた。


 走馬灯である。


 走馬灯の始めは、つばの広い女物の麦藁帽子が、空中を滑る光景だった。

 それは、落ちるほんの少し前の出来事。

 鷹大は風で飛んだ麦藁帽子をつかもうとジャンプした。でも、そこは岩壁だったのだ。


 そして、走馬灯はさらに数分前の光景に切り替わった。


 この時、鷹大は初めて知る。走馬灯とは、過去にさかのぼるものであると。


 鷹大はこの山で彼女とデートをしていた。(うらやましい!)

 走馬灯には、石やコンクリートで整えられた登山道が映っている。

 草地の斜面に続く一般の登山道であり、2人が並んで歩けるくらいの広さがあった。鷹大の隣を彼女が歩いている。


「この優しい笑顔を、俺はもう見れない。人生の初デートが、人生最後のデートとなってしまった……」


 彼女の名前は、小梨平弓音こなしだいらゆみね、鷹大と同じ高校で同じ1年生だが、隣のクラスだ。

 ショートカットの背が低い女の子であり、控え目で奥ゆかしい、大人しい子だと、会った当初は思っていた。


 すると、走馬灯の光景は高校の裏門へと切り替わった。


 弓音が鷹大と向かい合って立っている。

 ほんの数日前の出来事だった。


 鷹大の歴史が動いた、あの放課後である。


 告白は弓音からだった。

「弥陀ヶ原君、好きです! あたしと付き合ってください!」


 大胆かつ急峻! 鷹大は隙をつかれた。

 裏門には木々が茂っており見通しが悪かった。後から思うと、プライベート空間を確保しやすい場所だったのだ。


 鷹大は徒歩通学である。この裏門を毎日使っていた。その日の放課後も、陸上部の練習を終えて裏門から帰ろうとしていた。

 他の部員たちは駅へ向かう正門を使う。


 弓音は1人になった鷹大を狙って待ち伏せていたのだ。


 告白を言い終え、弓音は真一文字に口を結んでいる。

 その唇が小刻みに震え、少し垂れた目からは決意が溢れていた。弓音の本気が鷹大の心をグイグイと揺さぶっている。


 鷹大だって、弓音が気になっていた。断る理由なんて1つもない!

「うん、いいよ」

 鷹大の人生に新しい歯車が加わった瞬間だった。走馬灯の中に鮮明に蘇っていた。


 弓音は運動が苦手な女の子だ。

 そんな彼女にとって鷹大への告白は、サイズが合わない革靴で、フルマラソンを走るくらい思い切った行動だった。そう、デートの途中で聞いたばかりだった。

 鷹大が感じたよりも、弓音は思い切りのいい女の子だったのだ。


 走馬灯は切り替わり時間を遡る。


 その光景は学校の廊下、歴史が動く前のことだ。

 1時限目が終わり最初の休み時間。

 弓音が教室の花瓶を持って、廊下を水道へ向かって歩いている。


 隣のクラスに置いてある花瓶は、丸くてバスケットボールよりも大きかった。

 そんな花瓶を小さな体で、赤ちゃんをかかえるかのように、慎重に持って歩く弓音が走馬灯に映っていた。


 花瓶の水替えが弓音の日課だった。何かの係りとかではなく自主的にやっていたらしい。

 告白を受ける前、鷹大はそんな弓音に何度か話し掛けて、彼女の代わりに、その花瓶を持った。


 弓音はいつもニコニコして、どんな花を花瓶に生けるかとか、鷹大の知らない花の話とかを教えてくれた。


「花が好きなんだね」

「はい、大好きです」

 弓音の口元から笑みがこぼれた。


 ふっくらとしたほっぺたが、キュッと軽く持ち上がって、こぼれた笑みを受け止める。


 か、かわいい……。

 つられて鷹大の心もキュッと持ち上がった。


 走馬灯は、さらに過去の光景へ。


 高校に入学した日。

 入学式が行なわれる体育館へ向かう渡り廊下で、鷹大は同中おなちゅうの友人とふざけていた。度が過ぎて、制服の袖に付いたボタンが、渡り廊下の柵に挟まり歩けなくなってしまう。クラスの列からは置いてけ堀になった。

 すぐに外せると思ったのか、一緒にふざけていた友人も先に行ってしまった。


 1人、ポツンと残された鷹大。


 躍起やっきになってボタンを柵から外そうとするが、焦れば焦るほど外れない。

 そこへ、次に入場する隣のクラスが差しかかったのである。


 さらに焦る!


 そんなずい場面が走馬灯に現れた。

 結局、そのクラスの先生に手伝ってもらうはめに……。


 弓音はこの事件を覚えていた。それどころか、好感を持ったと言ったのだ。

「だって、慌てた顔が泣き出しそうで、かわいかったのよ」

 とんだ出会いの場面であった。


 走馬灯の光景が切り替わった。


 愛美あいみちゃんが体操着で小学校の校庭を走っている。

「どうやら、走馬灯とは女の子が出てくるらしい」


 小学校6年の時に、転校してしまった愛美ちゃん、足が速くて、ツインテールで笑顔がかわいかった。


「そうか、……そうだ! この娘が俺の初恋だったんだ。子供の頃、俺は足の速い子が好きだったんだ」

 鷹大は淡い思い出に浸った。


 走馬灯の光景は小学3年くらいに切り替わる。


 近所の公園や野山が映る。

 茂みを抜ける細い道、きれいな水が流れる浅い小川、枝をたくさん広げている大木。


 鷹大と同じように、携帯ゲーム機やカードゲームを持っていない幼馴染がいた。

 女だった。


 彼女と、道でも川でも走ったり、木の枝に登ったりした。だが、子供である。特に恋愛感情は無かった。ただの遊び仲間だった。


 鷹大は、そんな懐かしい時間を思い出す。

「俺は自然の中で、女友達を追いかけて育ったんだ。それで足腰が強くなったのかも知れない」


 走馬灯の光景が切り替わる。


 海の波が岩を叩く音が聞こえる。黒い岩場の磯が続く海岸。鷹大にとっては思い出の場所だ。

 小学校へ入った頃、両親に連れて行ってもらった海岸である。


 黒くゴツゴツした岩の上、ベージュのワンピースに白い麦藁帽子の女性……。


「死んだ母さんだ!」


 突然の風にギュッと目をつぶり、帽子のつばを両手でつかんで押さえる母親。

「この仕草! この仕草だ!」


 母親の仕草は、さっきのデートで弓音が見せた仕草と同じだった。それを見て、鷹大の心臓はドキドキと鳴り始めたのだ。


 花の香りを見つけた蝶のように、鷹大の心は高く舞い上がった。岩壁が近いって知ってたのに、すっかり忘れてしまっていた。


 そして、母親の時とは違い、さらに強い風が吹いた。

 押さえきれなくなって、弓音の帽子は高く飛ばされる。グライダーのように空中を滑空した。


 帽子は風に乗り、登山道からも外れ、踏み跡に沿うようにして、鷹大を誘うように宙を滑っていく。


 鷹大は夢中になって、その踏み跡を走って追いかけた。


 踏み跡は少々下っており、スイッ、スイッと流れるように足が前に出る。鷹大はいつもよりも軽い足取りにも酔っていた。


「そうだった。

 舞い上がった気持ちと一緒に、俺はジャンプして、空を行く帽子に手を伸ばしたんだ」

 直後、浮遊感を全身に浴びることになる。


 走馬灯に母親が現れて、鷹大は気付いた。


「俺は弓音を、母さんと同じくらい大切に思っていたんだ。

 でも母さん、俺は失敗したみたいだよ。もう助からない。俺の人生はもう終わる。

 今、母さんのところへ行く途中、……みたいだ……」


 ドサッ!


 鷹大は地面に落ちた、いや激突したと、思った。

 なのに、尻餅をついただけだった。


 そんな走馬灯を見たから、鷹大は死んで地獄に落ちたと思っていた。

 死んだとはいえ、鷹大は痛い思いも悲しい思いも嫌だった。


 だから、今は走る!


 火山から逃げるために走る。2人の女の子を抱えながら……。




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