4・スカウト

「まじかよ。まじでやるのかよお」


 有川朝矢ありかわともやは、いま先日訪れたばかりだった山有高校の校門前で愚痴をこぼしているところだった。


  そして、なぜ自分が再びここを訪れることになったのかを思い浮かべる


 ほんの少し前まで大学を講義を終えて、友人たちと話ながら帰っていたはずだ。


 しかし、そこにいま隣でニコニコと笑っているナツキが現れたのだ。



 手を大きく振りながら満面の笑みを浮かべているナツキ。


 無視しようかとも思ったのだが、最終的に大声で自分の名を呼ぶものだから無視できなかった。友人たちは「この子だれだ」と怪訝な顔をしたのはいうまでもない。


 朝矢は世話になっている店長の子だと説明し、「また明日な」と言って友人たちと別れた。


 その後はナツキによって強引に昨日訪れたばかりの山有高校へやってきたというわけだ。

 

 それから、校門の前で三十分ほどたたされている状態である。


 その間に部活を終えた生徒たちが次々と帰っていっているが、朝矢たち

 にはまったく気づいた様子はない。


 どうやら、朝矢たちは彼らから認識されていないようだ。そのことに気づいた朝矢はナツキのほうをジト目で見る。


 ナツキはニコニコ笑いながら、一枚の札を見せた。それは『隠形の札』


 ようするに人々から自分たちの存在を隠すためのものだった。


 なぜそんなことをしたのだろうか。


 その必要性がどこにあるのか。


 無邪気に笑うナツキの顔からはその意図が読み取れない。なにせナツキは普通の小学生にしか見えないのだ。


 確かに小学生と大学生のコンビが高校の校門の前に佇んでいることを不思議に思う生徒がいるかもしれないが、そんなに興味を持たれるとは思えない。


 ここに愛美がいれば注目されるかもしれないが、いまここにいる二人はどうみてもごく普通の小学生と大学生だ。



 現在の時刻は四時半。




「つうか、来るのかよ」


「大丈夫だよ。昨日。お手紙書いたから絶対にくるよ」


 朝矢の隣では、ナツキがニコニコと笑いながらアイスを食べている。



「つうかさあ。なぜ、俺? 俺が誘わないといけないんだよ」


「うーんとね。だって、あの子と面識あるのって君だけじゃん」


「確かにそうだけどよお」


 朝矢は面倒だなあとぼやきながら空を仰ぐ。


「乗り気じゃないね」


「乗り気になれるかよ。ボケ」


 朝矢はナツキの頭を軽く叩く。


「痛ーい。いきなり叩かないでよお」


「知るか」


 朝矢がそっぽを向いた。


「そろそろ、『隠形』が切れるよ」


 ナツキが持っていた札から文字が消えていく。


 それとほぼ同時に電話がなった。


 朝矢がとる。


『ハロハロー♥️ しつかりスカウトしといてねえ』

 


 それは店長からの電話だった。声を聞いた瞬間に、朝矢はプチっと電話を切る。



「有川さん」


 同時に校門の向こう側から声が聞こえてきた。


 振り返ると、校舎のほうから急いでかけてくる杉原弦音すぎはらつるねの姿が見える。


 

「きたか」


「うん! やっぱりきたね💛」


 ナツキは目を輝かせた。


「どうなっているんですか?」


 杉原弦音は、朝矢のほうへ駆け寄るなり、怒鳴りつける。朝矢は思わず仰け反るが、となりにいるナツキは、悪戯が成功したような笑顔を浮かべている。


「俺、確かにみたんですよ。渋谷にいったら、巨大な花が現れて、それが動いていて、人を襲って……。その中に江川がいたんですよ。そしたら、みんなパニックになって警察がきて、有川さんたちもきて……」


 弦音の怒涛のような支離滅裂なトークだが、内容はわかる。


「それで気づいたら、江川が文化祭の買い出しにきたといってさ。おれがそのこと話したら、すげえ、変な目でみられた。夢かなあと思ったら、なんか変なもの見えるようになっててさ」


 へんなもの。


 朝矢は周囲を見回す。確かに変なものがいたるところにいる。この世に存在しない想像上のものとされている“妖怪”とよばれる類の生き物たちが、人の影に隠れるようにして、いたるところに存在している。


 普通の人が見えることのない生き物たちだが、ある程度の霊力を持てば見ることのできる者たちだ。


 だから、朝矢にははっきりと見えている。


 ずいぶん、慣れたものだと我ながら思う。


 初めて見えるようになったときは、いまの彼と同じ状態だった。どうして、こんなものが見えるのかと不安と疎外感に包まれたのは、ずいぶんと前のことだ。


 慣れてしまえば、見えなくする方法も心得るようになるものだ。


「そしたら、こいつが……」


 弦音はナツキを指さした。見ると、ナツキは楽し気にニコニコと笑っている。


「俺の家に現れて、こんなメモ残して消えたんです」


 弦音はメモを見せる。そこには山有高校校門としか書かれていなかった。その文字体からいって、店長が書いたものだろう。


 これだけ書いていたら、なんのことなのか分からない。


「メモ必要ねえだろう? それに俺も必要ない。てめえが直接行ったなら、そこで話せばいいことだろう?」



「だめだよお。僕と彼は一度しかあってないもん」


「俺も変わらないだろうが」



「トモ兄は二回だよ。二回あった」


 ナツキは朝矢の身体をポンとたたく。


「おいおい。俺にいわせるのかよ」


「そのためにつれてきたんだよ。僕は子供だから、うまく説明できなーい」


「だれが子供だ。ボケ」


 朝矢はブイサインをするナツキの頭を拳で殴る。


 ナツキは嬉しそうにきゃっきゃと笑った。


「だから、トモ兄お願いしまーす。絶対に必要だよ。一人でも多く店員が必要だって、とうさんもいっていたじゃないか」


 面倒くさいなあと、朝矢は頭を掻く。


「とも兄~」


「あああ。わかったよ。本当は巻き込みたくないんだけどな」


 朝矢がぼそりとつぶやく。


 その声は弦音には聞こえない。


 朝矢は、弦音を見る。


「おい。お前、うちでバイトしないか?」


「はい?」


「いや、うちにこい」


「はっ?」


「かぐら骨董店祓い屋へ」







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