14・視える

「いつも思うんです。もしも、僕が手を差しのべていたら、彼女は死なずにすんだんじゃないかって……」


 秋月は喉をつまらせながらも葉山麗という少女のことを尚孝たちに話した。


「芦屋刑事確認とれました」


 尚孝が秋月に話を聞いている間に、柿原が“葉山麗”について、このあたりを管轄している警察庁に確認を取っていた。


「彼のいうように葉山麗は自殺しています」


「そうか」


 秋月は尚孝に一度視線をむけたが、すぐに俯いた。


「 そしたら、もしかしたら今頃、笑顔でいたのかもしれないのだと……」


 秋月は体を震わせながら、自分を守るかのように抱きしめている。


「わかっていたんです。彼女の視線がいつも僕に注がれていたこと。どれほどに想われていたかということを知っていたはずなのに……。結局は彼女を裏切り、死へ追い詰めたんです」


 体を震わせ、いつのまにか彼の息があらくなる。


 彼がそのような状態になっているのは、彼女への懺悔と後悔なのか。


 それとも……。



「麗は死んだ。死んで……」


 唾をつまらせたかのような声は、ただ怯えているだけなのかもしれないと尚孝は思った。


 怯えている。


 彼女が自分に復讐をしにきたのだと心から思っているのだろう。


「ああ、確認は取れている。君が第一発見者だったのだろう?」


 遺体を見つけたのは秋月本人だ。昨晩から帰ってこないという彼女の親から連絡を受けた秋月が探して見つけたときには彼女は学校の塀の外に息絶えていた。


 それなら警察がきて、学校の屋上から飛び降りて自殺したのだと断言された。もちろん、そのあと秋月をはじめとする彼女と関わりのあったものへの事情徴収が行われ、学校ではいじめがあったかの確認もなされた。


 しかし、彼女の遺言もなかったこともあり、いじめの実態がうやむやなままで時間だけが経過したのだ。


「でも、あれは麗だった」



「俺は葉山麗の顔をしれないが、あの少女は江川樹里だということはわかる」


「違う。あれは麗だ。僕にはわかる! 麗なんだ」


 秋月は尚孝をみる。その目も恐怖に怯えて、必死に助けをもとめているようだった。


「園田さんへの復讐?」

 

 尚孝が尋ねる。


「違う! 僕への復讐だ! 僕が裏切ったから……。だから……」


「君への復讐? でも、君は襲われてはいない。襲われたのは園田さんだ。君じゃない」


「そうじゃない。園田先輩はとばっちりを受けただけだ! 僕への当て付けで園田先輩を襲っているんだ!」


「それはどういうことだ?」


「おれ、園田先輩と関係をもったんだ」


 尚孝は目を見開いた。


「園田先輩に誘われて、つい……。だから、麗が勘違いして……」



「ちょっと、まて。それはいつのことだ? それが自殺の原因か?」


「いいえ、ほんの最近です。最近、園田先輩と関係をもって、それを彼女がみていたんです」


「ちょっとまて! お前、見えているのか?」


 尚孝の言葉に秋月は怪訝な顔をする。



「見えてる?」


「葉山麗が見えていたのか?」



「はい。でも、園田先輩と関係をもってからは見えなくなりました」


 この秋月という少年は当然のようにいっているということは、霊能力者のいうことになる。だとすれば、この状況になるまえにどうにかできたのではないか。


 尚孝は思考をめぐらせる。


「君は霊感があるのか?」


 尚孝が尋ねるとなぜかきょとんとした。


 なぜそんなことを聞くのかといわんばかりだ。


 彼にとっては霊が見えることが当然のことなのか。それともほかに理由があるのか。


「いつから、彼女がみえるようになった?」


「さあ? 気づけばそこにいました。あっ、でも、あの人に会ったときからかな?」


「あの人?」



「男の人です。年は刑事さんぐらいの男の一目惚れが僕の目の前に現れたんです」


「男? 名前はわかるか?」


 秋月は首を振る。


「じゃあ、その男になにか言われたのか?」


「いいえ、ただあの場所にいけば会えるとだけ告げました。最初はなんのことなのかわからなかったんですが、自然と足があの自殺現場に向いたんです。そしたら、彼女がいました。彼女がそこに立っていたんです。僕は話しかけました。でも、彼女は答えません。ただ僕をぼんやりと見ているだけです。

 なにかを訴えていることはわかりました。だけと、はっきりとはわかりません。彼女とはまったく声を発することはなかったからです。それでも、僕はやるべきことがわかりまました」


「やるべきこと?」



「麗が死んだ場所にお供えとして、一輪の真っ赤な花を手向けることです。そしたら麗が現れくれていたからです」


 それを聞いていた尚孝は、秋月がなにかにとりつかれているかのように思えてなからなかった。


 まるで宗教にでも盲信しているようだ。


 いや、ある意味盲信しているのかもしれない。


「けれど、園田先輩と関係をもった。その日から彼女は現れなくなりました。何度も花を手向けました。でも、彼女は姿を現さなかった。どうして出てきてくれないのだろうと思いました。どうして? そのわけなんて明白です。僕がまた裏切ったからです。だから、愛想をつかせてあの世へ行ってしまったのだと思いました。だけど……」


「違っていた」


 秋月の話はどうしても信じられるようの話ではなかった。尚孝でなければ、妄想に捕らわれているのではないかといったようの内容だ。


 話を聞いていると、彼は元々霊といったものを見える類いの人間ではない。なんらかの干渉により、葉山麗だけをみることのできるようになったのだ。


 ならば、だれがそんなことをしたのか。


 そんな能力をもっているものとはどんな人物なのか。


 霊力の乏しいものにも、霊体をみせることのできる能力をもつ人物。そんなものは、尚孝の知る限りではひとりしかいない。しかし、それはありえない。


尚孝は頭を振る。


 ならば、一体だれの仕業だというのか。



「芦屋刑事」


 そのとき、部下の叫び声が聞こえてきた。


「どうした。柿原」


「現れました。渋谷です」


「わかった。すぐ行く」


「あの……」


 尚孝は秋月をみる。秋月は不安そうな顔をしている。


 いま、彼がなにを考えているのかは尚孝にはわからない。


 なにかが現れたとはどういうことなのかを問いかけているわけではないようだ。


 秋月には渋谷で現れた何かがなんなのかを想像できているようだ。


 尚孝はそう判断して、それ以上はなにも言わなかった。



「君はここにいなさい。柿原。後は頼む。おれは渋谷に向かう」


「はい。わかりました」


 尚孝は病室を出ると、麻美と目があった。


「大丈夫だ。君の友達は戻ってくる。君もここで待っていなさい」


 尚孝は麻美の肩をぽんとたたく。


「いくぞ」


「はい」


 尚孝の合図に数人の刑事たちが彼に続いて歩き出した。


 

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