2・少女の願い

 雨は降り注いでいる。


 人々は傘を刺しながら足早に歩いていく。


 それゆえか、雨だというのに道端に立っている電信柱のすぐそばで寝そべっている少女に目を止める者はいなかった。逆に彼女もまた自分の存在をアピールするわけでなく、ただぼんやりと降り注ぎ続ける雨を眺めていた。


雨は少女に降りそそぐ。長い黒髪は広がるように伸ばされ、雨水が彼女のすべてを濡らしていた。



彼女の胸元には両手で握りしめられた一輪の黄色い花。


 ずっと握りしめたまま仰向けになって移り変わる空を眺めている。


いつからそこにいるのか。


いつまでいるのか。


彼女さえもよくわからない。


気づけばずっとそこにいた。


たった一人でだれにも気づかれることもなく、ずっとそこにいた。


 雨に濡れようとも風にさらされようとも、人々に存在を忘れられようともただそこにいたのだ。


 そんなつもりはなかった。


 彼女の視線の中に入ってくるのは壁の向こう側にある学校の屋上だった。



 自分が通っていた屋上を眺めていると、なにかが彼女へと向かって投下していくのが見える。だんだん近づいてくると、そのぼやけたものが明白に彼女の瞳に写し出されていく。そのたびになぜ彼女がここに寝そべっているのか実感させられるのだが、どうしても動くことができなかった。


「いつまでそうしているつもりなんだ?」


 すると、投下してくるなにかとの間に入る混む人影とともに幼い子供の声が聞こえてきた。


 それがだれなのか知っている。


 その場所から動けなくなって以来、時々話しかけてくる子供だ。


 フードをつけているために顔はよくわからないが、自分よりも年下であることは何となくわかる。


「そこにいても、君は救われないよ」


 何度目だろうか。


 この子供は何度も同じことを訪ねてくる。


「ここには来ないと思うよ」


 何度も事実を突きつけてくるのだ。



 ここには来ない。


 その言葉を聞いて、彼女は黄色い一輪の花を握りしめた。



「どうすればいい?」


 彼女は子供のほうへと視線を向けた。


「簡単なことだよ。君が彼の元へ行けばいいんだ」



「こんなになってしまった私になにができるというの?」


 彼女は自分の目元の上に腕をのせて表情を隠した。


「大丈夫。ぼくらが手をかしてあげる。その代わり……」


 彼女は少年の言葉に一瞬ポカンと口を開いたが、すぐに口元に笑みを浮かべる。


「なんでもするわ。だから、私に機会を頂戴」


 少女は手を伸ばした。


「いいとも」


 子供がその手を取り、少女の身体を起こした。


 異様に白い少女の腕。滴っていた雨の透明だった水がいつの間にか赤く染まっていく。少女の身体が崩れていき、跡形もなく消え去っていった。その様子を見ている少年はまったく動揺した様子もなく、どこか満足したような笑みを浮かべていた。


 やがて、子供の足元には一輪の花。


 赤い一輪の花が落ちているだけだった。


 その花を手に取る。


「いいものが収穫できるといいな」


 子供が花を見ながら、楽しそうに笑った。








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