武藤天伊の章
いつもらしくて、いつもらしくない
世界救済。
神様は、確かにそう言った。
でも僕なんかに、そんな大それた事が本当に出来るのだろうか。
いくら安奈ちゃんのサポートと神様の加護、そして魔法があろうとも、そんな世界規模の事が可能になるとはとても思えなかった。
「まあ、そんなに肩肘を張らずに、リラックスしてくれて大丈夫だよ。世界救済なんていっても、将来全人類を脅かす魔王を相手に戦いを仕掛けるとか、そういう伝説の大偉業とかじゃないからね。そういうの苦手でしょ、天伊くん」
「まあ、そうですね」
それはそうだ。
僕は師匠である大魔法使いクロードさんじゃないのだから、戦闘力に期待されても困る。
しょせん僕はただの一般人だ、どんな力を手に入れてもその本質は変わらない。
やれる事と言えば、いつもみたいに召喚主の依頼に応え、一人二人を相手に神様の加護を以て助けに行くのが精いっぱいというやつである。
すると僕の困惑した顔を見た神様は、我が意を得たとばかりにしたり顔になった。
「そう、それだよ天伊くん。今回は君に、とある人間の人生を救って欲しいのさ。召喚主の依頼に応え、一人二人を相手に助けに行く事ならば出来るのだろう? それこそが今回の仕事であり、君の世界を救う鍵となる」
「え、えぇぇ!? 今回の仕事って、この世界なんですか!?」
「ふっふっふ……」
僕が勢い余って質問するも、神様は意味ありげな笑みを浮かべるだけでそれ以上は答えてくれない。
なんだってそんな重大な事が起きてるんだ。
この平和な日本で、たった一人を救うだけで世界が変わるとでもいうのだろうか。
とても信じられない。
でも、神様が言うからには本当なのだろう。
彼はいままで僕をからかう事はあっても、嘘をついたり騙したりする事は無かった。
それにいつの時だって味方だったのだ。
ならば、今回だってそれに当てはまるのだろう。
「分かりました、その仕事受けます。それにこの日本がめちゃくちゃになったら、せっかく守れた妹の未来までめちゃくちゃになってしまいます。それだけは絶対にさせません」
「そうだね、それこそが武藤天伊だ。僕が見込んだ男だよ」
そういうと神様はにっこり笑い、頷いた。
「およ? およよよ? テンイさんには妹さんがいらっしゃったのですか? でもでも、妹さんだけじゃなくて、私も一緒に守ってくれてもいいんですよ? なんていったって、私の世界を救った伝説の男、最強のプレイヤー、英雄テンイなんですからね!」
「あ、あははは。も、もちろんさ」
安奈さんの純粋な好意に、思わずたじろいでしまう。
こんな何の取り柄も無かった僕が、いつの間にかずいぶんと買われたものだ。
でも悪くない気分だ。
「しかし今回の仕事はこれでもかなり難易度が高くてね、いまの天伊くんでは確実に失敗するであろう事が僕にはわかる。という訳で、前回の報酬に関しては僕が勝手に操作させてもらうよ」
「はい。そういう事であれば構いません」
ここは神様に丸投げしよう。
僕もどの報酬を選んでいいか悩んでいたところなんだ。
これで成功確率が少しでも上昇するなら、願ったり叶ったりである。
そしてお願いタブレットを操作した神様は僕に言う。
「悪いけど、操作した内容は秘密だ。これは君のためでもあるから納得して欲しい」
「え? それではどんな能力か分からないと思うのですが……」
いったいどんなスキルが身に着いたのだろうか。
もし身に着いたスキルに最後まで気づけなかったら、どうなってしまうのだろう。
なんだか恐ろしくなってきた。
「ごめんね、神様にも事情があるんだよ。でも、僕が天伊くんを裏切るような事は絶対にないから、そこだけは信頼して欲しい。この仕事で絶対に必要な加護なんだ」
「は、はぁ……。神様がそこまで言うのなら、わかりました」
なんだかいつもの神様らしくないな。
こんなことを言わずとも、なんだかんだで信頼させてしまうのが彼の手腕であるのに。
これではまるで、僕が疑いを持つことが前提であるかのように語っているように思える。
……ええい!
そもそも一度信じると決めたんだ、だったら最後まで信じてみるさ。
もし神様に裏切られたら、その時はその時だ。
もともと拾ってもらった命だし、僕を陥れるならもっと効率のいい手段がいくらでもあったはずだしね。
僕にだってそのくらいは分かる。
「それでは、そろそろ転移の準備に移るよ。今回は高瀬安奈ちゃんも一緒について行くから、このタブレットごと持っていくといい」
「安奈さん、宜しくお願いします」
「宜しくね~! テンイくん!」
パートナー同士の挨拶を終えると、タイミングを見計らった神様がいつもの魔法陣が浮かべた。
さて、今度は日本のどこに飛ばされるのやら。
願わくばこの仕事の依頼主と、僕の家族、そして仲間達に救いのある未来が待っていますように……。
────しかしこの時の僕は気づいていなかった。
軽口を叩き合い、明るい挨拶を交わしたばかりの安奈さんの声が、少しだけ震えていた事にも、世界を救うという事の本当の意味にも。
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