閑話の章

閑話 次の仕事


 とある異世界のとある日本国。

囲碁に似たボードゲームが発展したその世界では今、名実共に世界一の指し手である最強のプロ王者と、ネット界隈では最強と目されているアマチュアの指し手、プレイヤー名アンナが空前絶後の超常決戦を繰り広げていた。


 ネットを通じて激しくぶつかり合う二人の対局は全世界にテレビで放送され、対局の関係者のみならず二人を知る全ての人々を熱狂の渦に巻き込んだ。


 片や負ければプロ引退を宣言した最強の王者、片やネットにおいて百戦錬磨の無敵プレイヤー。


 両者どちらも一歩も引くことなく、お互いを最高の好敵手と見做しぶつかり合っているのだ。

しかしこれが対局である以上、時が過ぎれば必ず片方に敗北が訪れ、片方に勝利が訪れる。


 そしてついに、激しくも美しい二人の戦いはついに終局の時を迎えようとしていた。


「よもや……、これほどとはな。幼き頃より至高の一手を追い求め、気がつけば絶対の王者などと呼ばれていた儂に、もう敵など居ないと思うておったが……。いやはや、世界は広いのう」


 誰に聞こえる訳でもない、ほんの小さな呟きではあったが、その声は確かに王者から発せられた。

そして今までの人生を振り返るような深呼吸をすると、こう言ったのだ。


「──参りました」


 その宣言は全世界に衝撃を与え、まだ戦いは中盤であるのにも関わらず敗北を認めた事実に、彼という棋士を知る多くの者が驚いた。


 なにせ彼はどんな時でも逆転の手を残し、最後まで戦い抜いた末に必ず勝利をもぎ取って来た王者だったのだから。


 だが、彼自身はもう分かっていたのだ。

この対局の勝者はどうあがいても、対戦相手となった謎の人物、アンナである事に。


 確かに彼はまだまだ不確定な手を残してはいたし、対局を終えるには早すぎたかもしれない。

だけれども、最強とまで呼ばれ至高一手を極めた彼にだけは伝わるものがあった。


 それは、息づかい。


 彼だけに視えたその一手は、最強の一手でもなく、至高の一手でもなく、最高の一手でもない……、言うなれば魂の一手だったのだ。


 その計算し尽くされた一手一手の中に潜んだ魂の鼓動を、彼は感じたのだった。


「くくくっ……。しかし、まさか自分を遥かに超える棋士と対局したいなどと言う、棋士の王になってから諦めていた願いが現実になるとはのう。神などこの世には居ないと思っておったが、祈ってみるものじゃな」



──☆☆☆──



「……という事が以前にありましてね? そのお爺ちゃんがめちゃくちゃ強かったんですよ! まさか計算能力で私に匹敵する生身の人間がいるなんて、ちょっと今でも信じられないです。おしっこちびりそうでした」

「へ、へー。そうなんだ」

「そうですよ! もう、ちゃんと聞いてますかテンイさん!?」


 どうも、武藤天伊です。

現在、僕の部下という立場になった安奈さんに初仕事の体験談を聞かせてもらっています。


 いや、別にこちらから聞いた訳じゃないのだけれど、次の日に出社した僕を見かけるや否や、怒涛の勢いでどれだけ以前の休日が大変だったのかを語り始めたのだ。


 まあ文明レベルが近代くらいでしかない日本で、超高性能AIとしての能力を持つ彼女と張り合う人間が現れたのだから、その気持ちは分からなくもないけど。


「それは大変だったね」

「すっごく大変でした! この安奈ちゃんが頭脳勝負でビビるなんて、これはとんでもない事件だと思います。神様もそう思いますよね?」

「まあ、人は神から見ても信じられないくらいの力を発揮する時があるからね。そういった意味では、彼は真の棋士だったという事なんじゃないかな? とりあえず落ち着きなよ」


 お願いタブレットの画面越しにまくし立てる彼女に対し、自分の経験を語り諫める神様。

なるほど、確かにこれ以上ない程に人間という存在を見て来た神様がいうのなら、そうなのかもしれない。


 ちなみに、会社に来てから安奈さんが語り続けていた向こうでの対局内容とかは、全く頭に入っていない。

なにしろ思考が高度すぎるのだ、ただの大学生である僕には荷が重すぎる。


「まあその召喚者が凄い人だったっていうのは分かったよ。それで、前回の報酬は何を選んだの?」

「むふーん、やっぱりそこ気になっちゃいますか?」


 これから一緒に仕事をこなす部下の能力だ、気にならないはずがない。


「うんうん、かなり気になる」

「……ふふふ、実はですね」

「うんうん」

「……なんと!」

「うんうん」

「ああ、安奈ちゃんなら報酬で、自分の演算能力をさらに上げる加護を選択していたよ。確か高速演算だったかな」

「あぁぁぁあああーーーっ!! なんで言っちゃうんですか神様ぁ!」


 ……高速演算か、確かに悪くない。

取得した理由は、さきほど聞かされたお爺さんとの勝負に負けそうになったからだろうけどね。

霊体として活動していた時の仕事に向けてではなく、余裕の出来た今わざわざ演算系を取るなんて、よほど悔しかったに違いない。


 それに高速演算を習得したのであれば、安奈さんのAIとしての能力が底上げされる可能性がある。

これは一緒に仕事を行う上で、かなりのアドバンテージになるはずだ。


「僕は良い選択だと思うよ」

「むぅ、ありがとうございます。それで、テンイさんは何を選んだんですか?」

「それは次の仕事次第かな。どうなんです、神様?」


 確か報酬に色をつけてくれるっていう話だったから、今回もスキルを二つ程選べるはずだけど、はてさて……。


「そうだねぇ、そろそろ二人には大きな仕事を振ろうかと思っていたんだよ」

「というと?」

「その名もズバリ、世界救済~ってね。もちろんお願いタブレットを通した依頼になるんだけど、今回はその中でも僕が指定した依頼をこなしてもらう事にするよ」


 そう言った神様は良い笑顔を作り、仕事の詳細を語り始めたのだった。


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