真の英雄


 魔族との最終決戦から1年が経った。

僕たちはルーニアさんの呪いの再発と、他にもあるかもしれない魔族の襲撃に備えてしばらくは気を抜くことがなかったのだけど、それは杞憂に終わったようだ。


 あれからはいつも通り、いやいつも以上の平和な日々が続いている。


「テンイお兄ちゃーん! また私に魔法教えてー!」

「ああ、いいよリリーちゃん。また村の皆に魔法を見せてあげたいのかい?」

「うん! 私が魔法でお水を出したりすると、みんな喜ぶの!」


 あれからリリーちゃんは僕に魔法を習うようになり、メキメキと腕を上げていった。

グランくんの子孫だから運動の方が得意なのかとも思ったのだけど、彼女はそうではないらしい。


 むしろ運動の方はからっきしで、魔法の才能は超一流だ。

クロードさんという師匠が居ながら、僕がマッチ程度の火を出すのには1年以上かかったといえば、その凄さが分かるだろう。


 リリーちゃんはまだまだ威力が弱いながらも、既に様々な魔法を習得しているのだ。

師匠として僕も鼻が高いよ。


 そして魔法を教えた事で嬉しかった事がもう一つ。

彼女は習った魔法を友達作りのために利用しだしたのだ。


 村の子供が小さな怪我をしたときは魔法で癒してあげたりとか、色々である。

最初はその力に戸惑っていた子供達ではあったが、徐々に彼女の優しさを肌で感じていったらしい。


 今ではもう村の子供達のアイドルだ。

リリーちゃんと遊ぶための予約待ちみたいな制度まであるらしい。


「平和だなぁ」


 やっぱり平和が一番だ。


「はい、平和でございます。ですが、それもこれもテンイ様が成された事なのですよ? ご自覚なさっていないようですから申し上げますが、私はそんなあなたの事を────」

「あーーーーっ! またシスターさまがアンナお姉ちゃんのお婿さんを口説いてるー!」

「なにーーーー!? ちょっとテンイさん、どういう事ですか!? この安奈ちゃんという美少女がいながら、またこんな所で浮気ですか!? 浮気なんですね!?」


 リリーちゃんの誤解を生む発言により、安奈さんがすごい形相で急接近してきた。

どうやらとても短い平和だったようだ……。


「い、いや僕は何も……。それに婿じゃないし……」

「あらあら、うふふ。モテモテですねテンイ様。ですがやはり、貴方様にはアンナ様がよくお似合いのようです」

「当然です! テンイさんは私のものです!」


 いつのまにかルーニアさん公認になってしまったようだ。


 そうして勝手に話が進んでいく理不尽を噛みしめていると、突然ルーニアさんが真剣な表情をした。


「はい、当然です。ですから少しだけ、これは少しだけ私のわがままです。────感謝致します英霊テンイ、時を越えて現れた、真の英雄よ」

「…………ぁ」


 僕に口づけするかのように彼女は顔を近づけ、囁く。


 ────私はもう満足です、と。


「ほわぁああああああい!? テンイさん!? テンイさんちょっとお仕置きです! 何やってるんですかぁ!?」

「ふふふ、誤解ですよアンナ様。私はあなたの英雄を取り上げたりしません」

「そういう問題ではありません!」


 そうか、そういう事だったのか。

僕たちを召喚した本当の依頼主は呪いを受けたリリーちゃんではなくて、そんな彼女を救いたくてどうしようもなくて、それでもどうにもならなくて、諦めきれなかった想いの主。


 ルーニア・エンジェリィだったのだ。


「満足なら、良かった」

「ええ。ですからもう大丈夫なのです。貴方様が世界の理を覆してまで留まる必要は、もうないのです。これでリリーも私も、前に進めます」


 そう言って彼女は深くお辞儀をする。


「ならば、もう僕たちの役目は終わりだね」

「はい」


 ────さようなら、そしてありがとう。


 彼女がそう言った瞬間、僕の視界はボヤけていった。

恐らく、今度こそ天空城へと戻されたのだろう。



──☆☆☆──


 目を開けると、そこは懐かしさすら感じる天空城のオフィスだった。

体感で7、8年ぶりくらいかな?


 とても長い仕事だったように感じる。


「おや、おかえり天伊くん。今回の依頼もパーフェクトだったよ」

「ありがとうございます神様。今回は後味のよい仕事でしたよ」

「はははは! それは良かった」


 僕の言葉に対し、神様は嬉しそうに笑う。


「それと加護の件ありがとうございます。魔力増幅の加護が無ければ、今回の依頼は達成できませんでした」

「ああアレね。まあこれでも一応神様だからさ、これからの君に何が必要なのかとか、そういったモノはよく視えるんだ。役に立ったようでよかったよ」

「これ以上ない程の活躍でしたよ」


 安奈さんの魔力感知しかり、僕の魔力増幅しかり、本当にピンポイントだった。

すると今度はお願いタブレットから安奈さんの声が聞こえて来た。


「こらテンイさん、そうやって神様と話して誤魔化さないで下さい。私はまだ怒っているんですからね!?」

「え、何がかな?」

「ムキー!? 忘れたんですか!? あ、ああああんな、あんなにルーニアさんとラブラブしちゃって、私はとっても怒ってます! お詫びに私の可愛いところを100個くらい言ってくれないと割に会いませんよ!」

「え、えぇ……?」


 なんだろうその理不尽な要求は。

というか100個はさすがに多すぎない?


 そんなこんなで僕はしばらく安奈さんのお説教をくらい、定時を少し過ぎくらいになってから自宅へと戻ったのだった。

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