バーサークルーニア
あの日の話し合いから一ヶ月が経った。
こちらの準備は滞りなく終了し、あとは魔族を討伐するだけの状態となっている。
「では安奈さん、リリーちゃんの隠蔽はお任せしました」
「はい、お任せ下さいテンイさん! だから必ず勝ってくださいね、取り逃がすなんて以ての外ですよ?」
「分かってるよ」
今回の作戦の要は安奈さんだ。
なにせそれなりに強いであろう魔法に長けた魔族相手に常時隠蔽工作をし、尚且つその魔族が逃げないように結界を張っていなければならないのだから。
「あらあら、それは大丈夫ですわアンナ様。この私の大切な人達と、大切なリリーちゃんに手を出したのですもの、逃げるそぶりを少しでも見せれば即座にミンチにして差し上げます」
「くっくっく、お主も悪よのう」
「ふふふ、お互い様です」
なにこの人たち怖い。
その綺麗な笑顔の裏の怒りが透けて見えるよ。
ちなみにルーニアさんへの術式移植は既に終わっていて、今は完全に彼女の呪いとして作用している。
ここで一つ誤算であったのが、この術式は人間種に対しては本人を苦しめるだけの悪辣なものだったのだけど、魔族にとってはそこまでではないという事だ。
恐らく術式を掛けた魔族が自己防衛のために安全装置を取り付けたのだろうけど、その万が一への準備が今回はこちらにとって吉と出た。
人間とのハーフ魔族であるルーニアさんにも勿論ダメージは通るけど、それほどひどい状態ではなくなっていたのだ。
安奈さん曰く、これならトリガーが発動しても即死する事はないだろう、という事らしい。
なので今回は戦う力のない無防備なリリーちゃんを隠す事を優先し、僕とルーニアさんが戦闘する事と相成った。
「それにしても驚きました。まさかルーニアさんがあれほど強かっただなんて」
「あら、これでも最初はかの大英雄グラン様の子孫と渡り合っていた程の腕ですよ? 呪いで弱っていたとはいえ昔はその効力も弱かったので、誰かが直接手を下す必要がありました。故に私はいつでも消費できる便利な捨て駒として、何度も戦場に駆り出されていたのですよ。今回はその時の借りを返せるちょうどいい機会でもあります」
そういってルーニアさんは身の丈以上もの太い金棒をブンブンと振り回す。
その細い体のどこにそんな筋力があるのだろうか、魔族の血というのは謎が多い。
今の彼女の職業を一言で表すなら、物理神官だろうか。
「レベルを上げて物理で殴るっていうのはこのことかぁ……」
「何か言いましたか?」
「いえ、なんでもありません」
そうしてしばらく談笑していると、安奈さんから準備完了のサインが発せられた。
さて、それではこの悲しい呪いの連鎖に終止符を打つとしよう。
──☆☆☆──
村から少し離れた荒野。
その場所にはあたりを埋め尽くす程の巨大な魔法陣が光り輝き、今まさに効力を発揮しようとしていた。
いわずもがな、安奈さんの結界魔法である。
この結界には逆探知した魔族を強制召喚する術式と、その魔族をその場に留めておく術式が同時にかけられている。
当然安奈さんにはこれほど大規模な術式を展開する魔力はないので、魔力そのものは僕が供給している。
しかしそのため、魔力供給をしている僕たちもこの場から出られない仕様なので、どちらかが死ぬか安奈さんが術式を解除するまではずっとこのままという訳だ。
まあもちろん、現在は幽霊である僕が死ぬ事は万に一つにもあり得ないので、心配なのはルーニアさんだけという事になるのだけど。
しかし逆探知するために必要なルーニアさんが傍にいなくては発動しない結界なので、これはしょうがない。
「さあ、来るよルーニアさん」
「ええ、いつでも準備はできています」
すると結界の中央にある魔法陣がグルグルと回転し、徐々にその魔力を高めていき人の姿を形どった。
魔族が召喚されたのだろう。
「……ふむ。この私を強制転移させるとは何事であるか。まあ良い、我こそは魔王軍四天王が一人、英雄殺しの────」
「せぃやぁああああああああ!!! どっせぇえええええぃいい!!!」
四天王なんちゃらさんが口上を述べている最中にルーニアさんが先制攻撃を仕掛けた。
その雄々しい叫びに比例するかのように異常なパワーを秘めた金棒は魔族の顔面へと吸い込まれて行き、直撃。
奴の肉体は何度もバウンドしながら数十メートルという単位を吹き飛ばされていった。
まさに力こそパワー。
圧倒的な破壊力である。
「あれ? これ僕いらないんじゃないか?」
出遅れた感が半端じゃないよ。
「まだまだ行くぞクソ魔族ぅううううう!!! うぉりゃぁあああああああ!!!」
「ちょ、ま、まて……! 一体何が……」
「ぶるぁぁぁああああああ!!!」
「ぶはぁ!!」
その後も一方的に殴るルーニアさんと四天王なんちゃらさんの戦闘は続き、どんどん形勢は有利になっていく。
あれ、やっぱり本格的に僕いらない感じ?
四天王なんちゃらさんは魔法使い系の魔族だったのか、グランくんの時のように肉弾戦を挑むのではなく、何度も魔法で形勢逆転を狙う。
しかしその都度我を忘れてそうなルーニアさんの金棒にぶっとばされたり、または格闘術をその身に刻まれて傷を増やす。
まるで戦いになっていない。
これ完全に相性が悪すぎるよ。
魔法使い系なのであれば、距離と時間さえ確保できればどんな状況にも対応できただろうけどね。
でもそのアドバンテージは先ほどルーニアさんの不意打ちで掻き消されてしまった。
これは勝負あったな……。
「おらおらどうしたクソ魔族!! 私の可愛いリリーちゃんに手を出しておきながらその程度で済むと思っているんじゃねぇだろうなぁ!? ぶっ殺すぞ!!」
「ひ、ひぃいいい!! ま、まって……、お願いまっ……」
「待たねぇよ!!」
性格変わり過ぎじゃないだろうか。
それからしばしの時が経ち、一方的な戦いの末に四天王なんちゃらとかいう魔族は灰となり消えていった。
ぼ、僕たちの完全勝利だ。
「お、おおお、お疲れ様ですルーニアさん」
「あら? もう終わってしまったのですか? でも久しぶりにすっきりしました。うふふ」
「ひぇっ……」
こうして、僕たちの最後の戦いは幕を閉じた。
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