英雄グラン
僕が帝国の王子に契約という名の呪いをかけてから、そして戦争が終わってから1年が経った。
あれからグランくんの身にも、そしてこの国にも色々と変化があったのだけど、それについて今はおいておく。
まずはあの戦争がどうなったのかを話そうと思う。
──☆☆☆──
1年前の戦争の日、グランくんは僕たちと別れたあのあとに一直線へと偽王子、もとい魔族の下へと向かって行き先制攻撃を仕掛けたらしい。
もちろん彼には相手が魔族である事を伝えてあるし、作戦の全容も理解しているが、それは彼だけの話だ。
他の人達はそうではない。
当初王国軍は唐突に表れて敵国の代表に先制攻撃を開始したグランくんに憤り、神聖なる戦争の口上を邪魔したとして彼を攻撃しようとしたようだ。
しかし唐突に始まったあまりにも激しいグランくんと王子(まぞく)の戦闘に付け入る隙が無く、とても攻撃できる雰囲気ではなかったらしい。
それこそ戦いは別次元の戦闘であり、その戦う姿はまるで物語に言い伝えられた伝説の勇者を思わせるような戦いぶりだったという。
そして王国軍には気になる事がもう一つ。
そんな別次元の戦闘を繰り広げるグランくん達の前で、王国軍に向けて演説を始める少女が現れたのだ。
しかし語る内容はなんとも荒唐無稽で、この戦争の背景には魔族がおり、今応戦しているあの王子も実は魔族だというのだ。
しかもこのまま戦争を始めれば魔物のスタンピードにより両軍が壊滅し、多くの犠牲者を出してしまうとかなんとか。
到底信じられる訳がない。
だがどうだろうか、しばらくすると突如現れた謎の男に王子が押され始め、徐々にその本性を現し始めたではないか。
肌は黒く染まり、手には長い爪を生やし、目の色が変わる。
そして男の大剣が変質した王子に有効打を与えたと思った直後、王子はとっさに回避するためにコウモリのような翼を生やしたのだ。
そう、王子は本当に魔族だったのだ。
でもいったいなぜこの二人は王子が魔族である事を知っていたのだろうか、その疑問は尽きない。
しかし現に魔族が現れた事で少女の言い分は正当化された。
あの荒唐無稽な話は本当だったのだ。
しかしそれでも王国軍は軍を引く事をしない。
それは男が敗れた時のために魔族を追撃するためか、凄まじい戦闘にただ腰が抜けただけか、既に逃げる時間はないと悟ったためか、それとも他の何かが理由なのか……。
だけど一つ分かっている事は、そこに集まった全ての者が男の戦うその姿を、そして背中を目撃し応援していたという事だ。
場に集まった兵が、騎士が、貴族が、そして王が彼を応援していた。
皆分かっているのだ、いまここであのとてつもない魔族を倒せるのは彼しかいないと。
もしここで彼がやられてしまえば、即座に魔族はスタンピードを起こすだろうと。
そのための準備はもう殆ど終了しているのだろうと分かっているのだ。
それから戦いは激化した。
実力はやや男が上であったが、それでも彼は魔族が翼を使い逃げないように、後ろにいる兵たちを守りながら立ち回り戦わなければならない。
これは実力のアドバンテージを埋めるのに値する足枷であった。
魔族も彼の動きからその事を読み取り、次第にその事を利用した戦いをするようになる。
そうして徐々に追い詰められていった男は傷を増やしていき、ついには防戦一方になり始める。
誰もが思った、男が負けると。
自分達の命運もこれまでだと理解した。
────だが、その時だった。
どこからともなく、まるで瞬間移動のように少女が現れたのだ。
戦場に不釣り合いな服装をした女は貴族の令嬢のようであり、そう見えた。
「負けないでグラン!! グランなんでしょう!? さっき変な幽霊に教えてもらったわ! あなたがこの戦争を止めるために戦っているって! そしてあなたが居なくなった時、それでも何も出来なかった私なんかのために戦っているって、教えてもらったの! あなたは昔からそうだった、貴族の責任なんて言いながらもこんな女のために傷ついて、自分のためと言いながらも私を救うために無茶をして。あなたは昔から、いつも私の英雄だった! だから負けないでグラン────」
────グラン・シルエット!!
そこからの戦いは圧倒的だった。
グランと呼ばれた男は自分が傷つくのも厭わず捨て身の攻撃を繰り返し、炎のように苛烈な勢いで魔族を攻め続ける。
急に勢いづいたグランの猛攻に魔族はたまらず形勢を逆転され、次第に一太刀、二太刀と攻撃を浴びる。
そしてついに────。
「うぉおおおおおおお!!!」
「ガァアアアアアア!!」
グランの攻撃と魔族の攻撃が交差した。
周りの者達は息を呑み、決着を見守る。
緊張により無限にも感じられた数舜の後、勝利したのはグランだった。
攻撃に耐え切れず倒れた魔族は体を灰に変え、塵一つ残さずその場から崩れ去っていく。
戦場が一斉に沸いた。
あまりにも見事なその戦いに、そして勇気ある行いに奮い立ったのだ。
英雄の誕生だと、その場の誰もがそう思った。
こうして帝国と王国の初となる大規模な戦争は被害者もなく、救国の英雄グランの誕生と共に終わりを迎えたのだった。
──☆☆☆──
「なんて事があった訳だけど、本当にいいの? 英雄となった今ならまた侯爵家を継ぎなおす事も、許嫁とよりを戻す事も可能なんだよ?」
「ああ、いいんだよ。もう家を空けて6年も経っちまった訳だしな。いまさら兄弟から当主の座を奪おうとは思ってない。それにテンイがあのクソ王子をなんとかしてくれたおかげで、許嫁も帝国から解放された。それで十分だ。俺のこの国での役目はもう終わったんだ」
僕らは現在シザード王国を出国しようとしている。
戦争やらなんやらの事後処理、そして賠償や話し合いが終わり一段落したあと彼には色々な変化があった。
投獄され死んだはずの侯爵家の嫡男が生きていて、それも戦争を一人で止めた英雄となって帰って来たのだ、そりゃあ国も荒れに荒れるよね。
だけど彼はそんな面倒事を嫌がったのか、または国が荒れるのを嫌がったのか、侯爵家嫡男としての立場も申し込まれる縁談も全て蹴っ飛ばした。
「ほうほう、グランくんはテンイさんと違って乙女心が分かっておりますねぇ。リリアナちゃんを選んだところは素直に高評価ですよ。安奈ちゃん大満足です!」
「いや安奈さん、そんな勝手に……」
「いや、間違ってないさ。俺は結局、辛かった時も、どんな時でも支えてくれたリリアナを選んだ。それだけの話なんだ」
「ヒューヒュー! 男前~!」
そうか、彼は自分の意志でリリアナちゃんを選んだのか……。
それならば、僕から言うことは何もない。
「これで君は満足なんだね」
「ああ、満足だ」
なら、そろそろこの仕事も終わりだね。
何度も困難に立ち向かい、大切な人を救いだし、英雄となり、そして支えてくれる人を見つけた。
そうする事で彼は救われ、満足した。
であるならば、これ以上僕たちがここに居る事は出来ないだろう。
「行くのか?」
「……えっ?」
「なんとなく分かってるよ。英霊契約ってやつは、もう終わりなんだろ」
なぜ分かったのだろう。
彼は確信した様子で続ける。
「お前が、テンイが居なかったら俺はどうにもならなかった。あの薄暗い牢屋でみっともなく喚き、最後には殺され、何も成す事ができなかっただろう。今の俺がいるのは、全てお前のおかげだ。ありがとう、友よ」
「グランくん……」
「ちげぇ! そこは友よ、だろ!」
ああ、そうだね。
そうだった。
「こちらこそありがとう、友よ。今までの君の戦いが、諦めないその心が、立ち上がる勇気が、これからの僕の道しるべになりそうだ」
「はっ! 幽霊にこれからなんてあるのかよ、面白い冗談だぜ。だが悪くねぇ冗談だ。いいぜ、ならまたどこかで会おう。それが何年後になるかは分からねぇけど、その時を楽しみにしてるよ」
「…………」
それは出来ない相談だろう。
しかしなぜか、僕はそんな彼の言う事が現実になるのではないかと、そう思わずにはいられなかった。
「じゃあ、またな」
「ああ、またどこかで」
それだけ挨拶すると僕の意識は遠くなり、姿が消えていった。
おそらく天空城に戻されたのだろう。
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