王子との交渉
「ふぇえ、本当にここまで来ちゃったよう。だ、大丈夫なのグラン!」
「わからねぇよ、そんなこと。でも、俺にはやらなければならない事がある。……怖いなら帰ってもいいんだぞ」
「それこそ嫌! ぜったいに最後までついていくからね!」
「無理すんなよ」
シザード王国軍と帝国軍が睨み合う荒野、僕たちは崖上からその両者を見つめていた。
両者はまだ開戦の口上を述べていないのか、かなり離れた位置で膠着状態のまま動かない。
しかしそれが終わればすぐにでも戦いが始まるだろう。
勝負はその開戦の直前、両者の陣営から代表が前に出る一瞬。
帝国の王子が口上を述べている間の数分だ。
その間に決着をつける。
ちなみに王国軍の軍勢は3万ほどで、帝国軍は1万弱ほど。
力で上回っている帝国軍の方がなぜか圧倒的に人数が少ない。
「でも本当なの? 帝国が魔族の力を借りているっていう話は」
「その情報については間違いねぇ。何年もかけてテンイとアンナが調べて来た情報だ、信ぴょう性ならこの世界のどんな組織が持つ情報よりも高い。それに俺にはあいつらが仕事に失敗する姿なんて、想像もできないんだ」
「むー、グランがそう言うならいいけど。でも私はその英霊様に会った事がないからなぁ」
「それについてはしょうがないだろ、契約で俺にしかとりついてねぇんだから」
ずいぶんな信頼されようだ。
こうしてグランくんに期待されるのは嬉しいけど、ちょっと
『これは失敗できませんね、テンイさん』
『そうだね。アンナさんが開発した切り札も含めて、絶対に成功させないと』
余談だけど、この世界における魔族とは完全なる人類の敵、いや天敵だ。
クロードさんの世界にいたような温厚な魔王もいなければ和解の余地もない、そんな人の血肉を貪るトンデモ種族である。
ただこの魔族というのはどの世界でも例に漏れず頭が良い。
人を陥れ貪る種族でありながらもすぐに襲い掛かるのではなく、自分たちの存在を巧妙に隠し証拠を隠滅し、時には人に力も貸す。
こうして少しずつ勢力を広げながら人間を支配していく狡猾な種族なのだ。
僕たちも絶対に気付かれない幽霊の体じゃなければ、その尻尾を掴む事は不可能だっただろう。
そしてしばらくすると、ついに陣営の代表者が動きだした。
『グランくん、そろそろだよ』
『こっちも補助魔法はかけ終わったよー。あとは突っ込むだけ!』
「分かってる。……行くぞリリ!!」
「らじゃぁー!」
安奈さんのかけた様々な補助魔法、そしてこの作戦の切り札となる魔法と共に駆け出すグランくん。
さて、ここまで来たらあとは検討を祈るしかない。
僕たちは僕たちでやる事があるからね。
──☆☆☆──
グランくんが王子に向け駆けだした時、陣営の最後尾では動きがあった。
そう、
そして僕は彼の前で姿を現す。
「おや、どこへ行くんだい王子さま」
「…………!」
そう、この最後尾にいる彼こそが本物の王子。
グランくんが突撃しにいった演説中の偽王子は魔族が成り代わった姿だ。
今頃はグランくんが魔族と激戦を繰り広げている頃だろう。
他にもいま出兵している帝国側の軍勢も本物の兵士はほとんどおらず、ほぼ全てが犯罪奴隷や年老いた農奴である。
なぜそんな事をしたのか。
その答えは知ってさえいれば単純で、この戦いで勝つ気がないからだ。
というよりは全滅を狙っているという方が正しいかな。
「魔力の籠った口上を述べた魔族が魔物を呼び寄せスタンピードを起こし、使い捨ての手駒と一緒に王国軍を全滅させる。そしてこの戦争で疲弊した王国軍を第二陣の本戦力、帝国の全力を以て叩き潰すという計画なんだろう?」
「……なぜそこまで。貴様、何者だ。見たところ人間ではないようだが、魔族か?」
「いいや、人間だよ。まあ正確にはちょっと違うんだけどね」
だって異世界人だからね、この世界の人間ではない。
「……とても半透明の人間がいるとは思えないが、まあ何でもよい。要件はなんだ? まさかこの私の暗殺をしにきたのではあるまい? もしそうなのであれば、姿を現す必要がないからな」
「そうだね、確かに暗殺ではない。だって僕は君と交渉をしにきたのだから」
そう交渉だ。
「……交渉? く、くくく、くはははは! 何を言い出すかと思えば交渉だと? 貴様気が触れたか! この敵地のど真ん中で、そしてこの次期帝王の前で交渉だと!? それに貴様も知っているようにこちらの陣営には魔族が居る。そんな状況でどう交渉をしようというのだ」
「まだ気づかないかい?」
「何をだ? この私が何に気付かないというのだ? ……いちいち頭にくる男だ。もういい、お前らやれ。この男を殺してしまえ」
「ふむ」
しかし周りは戸惑うばかりで、一向に動く気配がない。
当然だ。
だって僕が姿を見せているのは王子にだけだからね。
まあ彼は気づいてないみたいだけど。
「どうした!? 貴様らなぜ動かない!! いったい何をやっている!?」
「まあ落ち着きなよ王子さま」
「くっ!?」
僕は王子のそばまで一息で近づき、耳元で囁く。
「これで立場が分かっただろう。君が頼りにしている手駒は全て無力化されていて、可哀そうな王子さまの命は僕の気分次第ってことに」
「調子に乗るなよたかが平民がぁ!! ファイアボール!」
そう言うと彼は拳大の火球を僕に向けて発動し、攻撃してきた。
しかし残念な事に彼の魔法は僕の幽体を素通りし、そのまま遠すぎていく。
でも懐かしいなこの魔法、クロードさんから最初の方に教わった初心者向けの魔法だ。
だけどあんまり魔力制御が宜しくない、これでは魔法が泣いているよ。
「往生際が悪いね君も。どれ、僕が見本を見せてあげよう。ファイアボール」
「な、なぁ!?」
すると上空には直径5メートルほどの火球が浮かび、ジリジリとその場にいる者の皮膚を焦がす。
「これが本物のファイアボールだよ。君はちょっと制御が甘いから、ちゃんとした師匠に魔法を教わった方が良いと思うな」
「ひ、ひいいいいい!! わ、わかった! わかった交渉に応じよう! なにが、なにが望みなんだ? 金か!? それともこのまま軍を引くことか!?」
僕の魔法を見た王子は腰を抜かし、股間を温かい液体で濡らしながらその場にへたり込んだ。
ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「望みか……、そうだね、じゃあ君は僕の質問にこれから『はい』とだけ言ってくれないか? それだけ約束してくれるなら、僕はここから何もせずに退散しよう」
「そ、そんな事でいいのか? わかった、約束しよう!」
「交渉成立だね」
『じゃあ、安奈さんアレをよろしく』
『はいはいはーい! この安奈ちゃんにお任せあれー! 契約魔法、発動!』
さあ、こちらは上手く行ったよグランくん。
あとは君が英雄になるだけだ。
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