そして始まる英雄譚


 グランくんと出会い、5年が経った。


 リリアナちゃんがグランくんの地雷を踏み抜いてからというもの、何を思ったのかそれからは以前のように自信を喪失したような感じは無くなった。

彼は前を向き未来を見据え、我武者羅に修行を再開し始めたのだ。


 そんな彼も現在は17歳となり成長し、容姿もさることながらその強さは別次元の魔法戦士となっている。

既に僕の加護を用いた体術や剣術など相手にもならないくらいだ。


 いや、僕もただ5年を無為に過ごした訳ではないので昔よりは強くなっているのだけど、それでも加護を持った僕より彼の方が何枚も上手だったという訳だね。


 しかしやはり相性というべきか、魔法の方は相変わらず苦手みたいで僕の授業を毎日必死に受けている。

それでも一般に知られる中位の魔法使いと同じくらいは魔法を使いこなし、知識だけなら安奈さんと僕が日々努力し開発していく魔法を含め、この世界でも類を見ない程だ。


 正確にはわからないけど、総合能力だけなら世界最強の人間にもうすぐ手が届くのではないだろうか。


 もちろんこの異世界にも超常の存在として魔王がいたり、近接戦闘最強の剣聖がいたり、大魔法使いがいたりと、達人には事欠かない。


 それでも彼はそんな者達と肩を並べて戦える、その程度の強さには手が届きそうだという訳である。


 余談だけど、彼は僕と安奈さんの事をそれぞれ、遠い昔の時代に名を馳せた伝説の大魔法使いと、同じく伝説に名を刻む最高の頭脳を持った研究者だと思っているようだ。


 能力だけみればこの世界的にもそうなのだけど、当然そんな訳はない。

僕らはただの一般人とAIだ。


 ただグランくん本人は英霊だのなんだのと、そういう設定とは関係なしに僕らと接してくれているので、特にこのままでも問題はないかと思い放置している感じ。


「グラン! おまたせー!」

「遅いぞリリ。待ち合わせには余裕をもって動けと前々から……」

「はいはいはーい、わかってるよもー。でも女の子っていうのは遅れてくるものなの! ぷんぷん」


 グランくんが冒険者ギルドで大剣を整備しながら待っていると、遅れて軽装備に身を包んだリリアナちゃんがやってきた。

そう、彼女もグランくん同様に、いやむしろ彼が居たからこそなのかもしれないけど、正真正銘の冒険者となっていたのだ。


 いつもグランくんにべったりなリリアナちゃんは3年前、そろそろあの町を出ようとした時に何かを感じ取ったのか、唐突に僕たちの旅について来ると言い出したのだ。


 だけど彼は冒険者として、そして(もう大丈夫だとは思うけど)追手に気をつけながらも各地を転々としなければならない。

そうである以上は足手まといがいるのは危険だと思い彼女の申し出を断った。


 お前には俺についてくる実力がないと、そういう形で。


 しかしいつの間に鍛錬を積んでいたのか、その時のリリアナちゃんは斥候としての気配察知や気配隠蔽、投擲などの技能を一通り習得していたのだ。

いったい誰から学んだのか、もしくは才能なのか。


 色々と桁外れな少女ではあったけど、それだけの努力と実力を見せつけられてはグランくんも言い返せない。

3年前の当時13歳だったリリアナちゃんはさっそく冒険者として登録し、彼に同行する事となったのだ。


 そういった経緯もあり、力をつけたグランくんとリリアナちゃんは各国各地で冒険者として様々な活動をして、既にこの都市でも有数の実力を持った高位冒険者として名を馳せているという訳である。


 ちなみにリリアナちゃんは時間にとても緩い。


「はぁ、先が思いやられるな。そう思わねぇかテンイ」

「なーにー? また噂の英霊さんとお話ししてるの?」

「ああ、前から言ってるだろ。いつもお節介な師匠、もとい幽霊が傍にいるって。いまもそこらへん空中浮遊してるぜ」

「えー!! なになに、どこどこ!?」


 必死に辺りを見渡し気配察知を全開にするリリアナちゃんだけど、もちろん幽霊である僕らの事は認識できない。


 姿を見せてあげても良いのだけど、安奈さんが考えた英霊設定には契約者であるグランくんにしか見えないという謎の条件があるため、そういう訳にもいかないのだ。


 安奈さんなりのこだわりがあるらしい。


『当然ですよテンイさん。こういうのはロマンが大切なのです』

『そ、そうなんだ』

『はい!』

『ははは……』


 やはり僕には分からない感性なので、頷きつつ流すことにする。


 ともあれ、こうして僕の召喚主は着実に力をつけ仲間を得て、少しずつ過去のトラウマを乗り越えて行っているのであった。



──☆☆☆──



 ────その日、シザード王国は慌ただしかった。

お互いに敵視しつつも、なんとか持ちつ持たれつでやってきた帝国との仲に亀裂が生じたからだ。


 なんでも水面下で戦争の準備をしていた帝国がついに牙をむき、王国に宣戦布告を行ったのだという。

そう、ありていに言ってしまえば帝国からの侵略戦争の宣告だ。


 もちろんこれは国家間の利益が絡んだ戦争でこの世界ではよくある事だし、単純な話ではないのかもしれない。

噂ではこの戦争の裏に魔族がいるとかいないとか、そう言うきな臭い話も流れている。


 それでも尚、これはただの戦争。

世界各地を股に駆ける自由な冒険者にはあまり関係のない話だ。


 だけど個人的な理由により聞き逃せない者、黙っていられない者、関係のある者もいるだろう。

例えば、王国の利益と平和のためにという建前で婚約者を奪われ苦汁を飲むしかなく、そして最後にはこうしてその建前にすら裏切られた男とかだ。


 その男は今、僕の目の前で拳を握りしめて手のひらに血を流しながらも、溢れ出てくる怒りに耐えている。


「…………グランくん、落ち着きなよ。焦ってもしかたない」

「分かってる。大丈夫だ。理解している。俺は冷静だよテンイ」


 自身に言い聞かせるように落ち着こうとする彼だが、どうにも感情の波は収まらないようだ。

表情こそいかにも冷静なように見えるが、それは彼の荒れ狂う怒りの裏返しであり、瞳の奥には炎が燃えている。


 だめだこれは、完全にキレている。


「戦争に出るのかい?」

「出る」

「それでどうするの?」

「この戦争を止める」


 ふむふむ。


「でも、戦争は君一人の力では止まらないかもしれないよ」

「関係ない、止める」

「どうやって?」

「………………」


 そこまで質問すると、彼は僕を見た。

あちゃあ、やっぱりバレてたか。


 そう、僕と安奈さんはこの戦争を止める術を知っていて、もっと言えばこの戦争の黒幕についての調査を既に終えていた。


 冷静さを失った彼は気づかないかもしれないと思ったけど、どうやら僕はまだグランくんの事を過小評価していたらしい。


「よく気づいたね、これは僕の負けだ」

「当り前だ。何年お前たち幽霊につきまとわれていると思っているんだよ」

「これは一本取られたね」

「一本でも二本でも取ってやるさ、この俺の願いを叶えるためならな」


 願い。

彼は確かにそう口にした。


 つまりそろそろ、この仕事も大詰めという事だろう。

さて、そういう事ならば始めようか。


 英雄グラン・シルエットの物語を。

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