グラン・シルエットの過去
グランくんが井戸の少女に出会ってから数日が経った。
いまだ彼の心は回復せず、朝は必ず散歩にでかけいつものように少女の手伝いをしている。
僕は彼の心が何かのきっかけで回復するのを待ちながらも見守る事にし、彼の過去に想いを馳せる。
シザード王国の侯爵家嫡男グラン・シルエット、この一ヶ月で彼の過去を調査するうちに、なぜ彼が投獄され命を狙われたのかは既に明らかになっていた。
問題の発端となったのは婚約者を巡る大貴族同士の抗争、ドロドロとした利害関係のもつれだ。
しかし貴族にしてはありがちな婚約破棄、当然普通ならお互いの家に泥を塗るような真似は避けるし、破棄された家も破棄した家も一方的に損をするような事はないはず。
もしそんな事をしてしまえば後々に国が立ち行かなくなるし、なによりその程度の事で大貴族である彼が狙われるような事にはなりえない。
本来ならばそうだった、そうなるはずだった。
そもそも以外と一途で紳士な彼は、政略結婚といえども許嫁を大切に想っていたようだし、また相手も彼のことを満更でもなく捉えていたのだ。
そこに貴族としての様々思惑があることは知っていたとしても、である。
傍から見ても仲睦まじい二人は、幼いながらも貴族としての自覚も覚悟もあり、そして本人たちの優秀さもさるこながら周囲の支持を集めていた。
ではなぜ、婚約破棄という結果に繋がったのか。
答えは、相手側にとってよりうま味のある、そしてより上位である権力者が台頭してきたから。
それもよりによって、彼にとって最悪の形で。
もちろん大貴族嫡男である彼より上位の存在など数える程しかいない。
それこそシザード王国なら公爵か王族くらいだ。
だけどそれくらいなら彼も諦めがついただろう。
でも今回の相手はそれよりもだいぶ性質が悪い、シザード王国と対を成す大国、帝国の王子が相手だったのだ。
でもって、この二つの国はとても仲が悪いし、その上帝国の武力と国力は王国を上回っていた。
帝国が王国の姫を融和のために寄越せといえば、王国は戦争を回避し貸しを作るためにも従わざるを得ない。
しかし帝国の王国差別は酷く、一度その手に渡ってしまえばその姫の扱いは過酷なものとなるだろう。
当然、今回も帝国はそのつもりだった。
王子もちょっと彼女を可愛らしいと思った程度で、本気ではない。
もちろん王子だけが決めた婚約ではないが、当の本人としても遊び程度の感覚でしかなかったのだ。
第二第三夫人なんて夢のまた夢、公的にはそういう肩書があったとしても、実際の扱いは妾がいいところである。
それはもう高確率で不幸になるのだ。
とはいえ、王国にとってはそんなこと知った事じゃないし、王女ではなく貴族の娘程度であればまだマシかなんて程度に考えていた。
彼女の両親の心中は複雑だろうけど、大多数の王族や貴族はその提案に賛同している。
ここでちょっとやそっとの貴族の反対があっても、無駄な足掻きだ。
もはや覆り様のない事態であった。
だけどその事を知って黙っていなかった者がいる。
その者こそ僕の召喚主にして今回の依頼主である少年、グラン・シルエットだった。
帝国への貢物とされた貴族令嬢の許嫁である。
そして彼は憤慨する。
自分達が国のために政略に利用されるのは理解できただろう、覚悟もあっただろう、許嫁がそれなりにでも幸せになれるのならば納得もしただろう。
だけどお前ではダメだと、お前では自分の許嫁を預けるに値しないと、彼はそう思ったようだ。
しかし今の自分に出来る事などたかが知れている、そう考えた彼は考える。
どうすれば将来の彼女を守ってやれるだろうかと。
まだ少年である彼が出した答えはシンプル、ようするに王国が俺を放っておけなくなれば良いのだと、そう思った。
つまり名声である。
それから彼は奮闘した、礼儀作法など貴族としての教養を完璧に身に着け、様々な事を学習する。
自国は元より、他国の社交界にも積極的に出向きパイプを作る。
そのパイプを使い優秀な商人達を引き抜き、領地を発展させる。
こんなラノベ主人公のような活躍、とてもただの子供に出来る事ではない。
いや、それでも全部が上手く行った訳ではないし、その一つ一つも規模が小さく些細な影響の積み重ねでしかなかった。
それでも少しづつ彼の活躍は貴族社会に浸透して行き、名声を得ていくことになる。
でも国はそれが目障りだった。
彼の影響が強くなれば強くなるほど、元々の家の格も相まって以前の無茶な婚約破棄が不当だったのではという声が広まる。
なぜなら、もとより王国とて一枚岩ではないからだ。
こうして侯爵家を支持する勢力、ひいてはグラン・シルエットを支持する勢力が作られていった。
それからというもの、次第にその影響力は無視できなくなっていく。
彼だけではない、彼と彼の一族、許嫁の一族、利益を考えて味方につくもの、民衆の声。
これで婚約破棄という、その正当性の雲行きが怪しくなってきた。
ならば王国はどうするか、帝国はどうするか。
当然、潰す。
情報操作で彼の活躍を貶め、汚し、無い物とした。
現在の力を強めた侯爵家そのものに攻撃を仕掛けるにはリスクが高い、だから彼を直接狙ったのだ。
こうして、そんな大人の利己的なやり方、そして考えに振り回されあの危機的状況に至るという訳である。
まったくもって、嫌になるような汚い手口だ。
というかこの時のグランくんが主人公すぎて、話を知った安奈さんのテンションが一時期大変なことになっていた。
僕にも同じことをやってほしいとか、そういう事を目を輝かせて言ってくるんだよね。
無茶言わないで欲しい。
僕に出来る事なんてたかが知れてるので、そういうのは本物の英雄である彼に頼むのが良いだろう。
そう、彼はもう一度立ち上がるべきなのだと思う。
今は自分の非力さを嘆き心が折れた状態なのだろうけど、いずれ力をつければ彼ならきっと何かを成す。
僕なんかはそんな彼の英雄譚、その一節に出てくるお助け魔法使い程度でいいのだ。
「グラン! きょうもお手伝いありがとう! えへへ」
「いいっての。何度も言うが、自分に出来ない事を無理してやろうとするな。そういう時は他人を頼れ」
「うん! だからありがとう! お礼にわたし、将来グランのお嫁さんになるから!」
「…………」
それにしても彼女、グランくんにべったりだね。
事あるごとに助ける彼も彼だけど、それ以上にこの少女の熱意がすごいよ。
だけどリリアナちゃん、そのお嫁さん宣言は彼にとって地雷だから気を付けて。
「どうしたのグラン? どこか痛いの?」
「…………っ。わ、悪い、ちょっと考え事してた」
「そう? でもグラン、悲しそう」
「ち、ちげぇって言ってるだろ!!」
あちゃあ、やっぱりこうなったか。
悪気のない彼女の純粋無垢な瞳と自身のトラウマに耐え切れなかったのか、彼は怒鳴り声をあげてしまう。
これはリリアナちゃんの方もビックリしただろうな……、なんて思っていたのだけど、次の瞬間少女は思いも寄らない行動に出た。
「……だいじょうぶだよ、グラン。こころが痛い痛いって言ってるときはね、誰かに痛いのを預けてしまえばいいの。痛い気持ちをはんぶんこして、痛くなくなるまでずっと一緒にいてもらえばいいの。そうすれば、もう痛くないよ?」
「…………っ!!!」
「だからグランは、もっと私を頼るべきだよ! 自分で出来ないことを無理してやっちゃダメなんだよ?」
「お、おま、え……」
「って、おばあちゃんが言ってたの!!」
「はあ!?」
ズッコけた。
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