グランの出会い


 グランくんとの出会いから1ヶ月程が経った。

現在は冒険者ギルドにグランくんを登録させ、僕たちが依頼のサポートをする形で日々を凌いでいる。


 とはいっても、飲まず食わず睡眠いらずで働ける幽霊2体を味方につけたグランくんは強力で、冒険者ギルドの新人の中でも活躍が目覚ましく、いまや周りからも一目置かれる存在となっていた。


 ちなみにこの一ヶ月僕たちの方も何もしていなかった訳ではなく、例えば安奈さんが始めた秘密の魔法習得は順調も順調で、その類まれなる演算能力を駆使して徐々に……、というより超スピードで魔法を習得していっている。


 ただやはりと言うべきか、彼女の素の魔力総量はあまりにも少なく、せっかく鍛えた魔法の力も全く発揮できていない。

基本的に魔力を大量に消費する攻撃魔法なんかはもっての外で、やれる事といったらテレパシー系を中心とした補助魔法だけだ。


 まあ、安奈さんらしいといったらその通りなんだけど。

でもこの事を言ってしまうと彼女はとても怒り出す。


『ふーん、そんな事言ってるとせっかく開発した魔法、教えてあげませんよー? いいんですかぁテンイさん、この安奈ちゃんに喧嘩を売っちゃってぇ?』

『そんなつもりはないんだけどなあ』

『つーん』


 と、この通り安奈さんは自分の魔力総量が少ない事を気にしていて、なぜかいつも怒りのテレパシーをぶつけてくる。

そもそも自分の力だけで魔法を開発できること自体が凄いことなので、魔力量が少ない事くらいで喧嘩を売るなんて事は絶対にないのだけども。


 まあ、本人にしか分からないコンプレックスがあるのだろう。

ちなみに開発した魔法というのは安奈さんでも使える補助特化の魔法ばかりで、主に筋力増強や俊敏増強系の強化魔法開発、平行して弱体化魔法の開発、改良などだ。


 どちらも使うのは肉体を持つ人限定だけど、とても助かっている。


 そして一方のグランくんだが、こちらはどうにも魔法系統の鍛錬が苦手なようで、今日も今日とて悪戦苦闘している。

僕には剣術と体術の加護があるので、生き残るためという事でそちらの稽古もつけてあげているのだけど、なぜかそちらはどんどん習得していく天才児。


 やはり人間向き不向きがあるよね、むしろ武術に関しては既に僕に迫る勢いで強くなっているくらいだ。

もはやあのぽっちゃりだったグランくんは過去の存在となり、今の彼は引き締まった体を持ったイケメン少年となっていた。


 しかし彼も彼で魔法の習得が滞っているのがコンプレックスなのか、最近どうも元気がない。


 これはしばらく様子を見た方が良いだろうか?

僕はクロードさんと違ってそう長いこと人生を歩んだ人間ではないし、人にものを教えるのは得意じゃない。


 本物の大魔法使いだったのなら心のケアまで全て上手くいったのだろうけど、しょせん今の自分にはこれが限界なのだろう。


 ともかく、地道にやるしかない。



──☆☆☆──



 その日のグランくんの様子はどうにもおかしかった。

いつもは自分の護衛という観点も含め、僕たちに内緒で宿を出ていく事なんてないのだけど、今日はそうではない。


 朝起きてすぐ声もかけずに宿を出て行き、装備も整えずに町中をとぼとぼと歩きだしたのだ。

本人は抜け出した事がバレていないと思っているらしい。


 しかし本当の所はもちろんバレバレで、幽霊なのに夜から朝はしっかり爆睡する安奈ちゃんはともかく、特に寝る必要もないので夜中からずっと修行していた僕には筒抜けだった。


 しかしこんなグランくんを見るのは初めてだ。

もし修行が辛くて気分転換がしたいというのであれば、そうした方が良いのかもしれない。


 ここはしっかりと陰で護衛しながらも、彼に悟られぬように見守るしかないだろう。


 すると彼はそのまま町を散策し、とある井戸の前で足を止めた。

その井戸では彼より少し幼いくらいの子が水を汲もうとしており、力が足りないのかあと一歩のところでロープを引き上げ切れずにいる。


 少女は親の手伝いでやっているのだろうけど、明らかに筋力が足りていない。

こんな小さい子まで労働が課せられるのだから、なんだかんだで異世界も大変だな。


「おい、おまえ何をしている。力が足りないのであれば他の者に声を掛ければ良いではないか」

「ふぇ? わたしですか?」

「当り前だ、お前以外に誰がいる。……チッ。もういいから貸せ、俺が汲んでやる」


 そう言うと少女の持っていたロープを強引に奪い取り、持ち前の力ですいすいと水を汲み始める。

いわゆるツンデレというやつだろうか。


「あ、ありがとう! わたし力が無くて……、えっと……」

「グランだ」

「……っ! グラン、グランくん! わたしリリアナ! ありがとうグランくん!」

「そうか。まあいい水汲み終わったぞ。あとグランでいい」

「えへへ、じゃあグラン!」

「……チッ」


 彼は汲んだ水を少女に渡し、そっぽを向く。

しかし少女の興味は既にそちらには無く、完全に彼をターゲットにしてしまったようだ。


「ねえグラン」

「なんだ?」

「グランはすごいね!」

「…………凄いか。ああ、そうだな。信じられないかもしれないけど、実は俺はすごい偉いんだぜ? ……って、俺も前まで思ってたよ。実際はただの世間知らずなガキだった訳だがな」

「ふえ?」


 おそらく1ヶ月前までの自分を思い出しているのだろう。

実際のところ彼は凄いのだけど、最近の修行でその自信を失ってしまったのかもしれない。


 僕がこの1ヶ月の調査で知った彼の過去も相まって、余計にそう思ってしまうのだろう。


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