悪役貴族のお坊ちゃま?


 数日この寂れた牢屋で召喚主であろう少年を観察していると、さすがにもう騒ぎ疲れたのか大人しくなった。

出て来る食事は質素だし、近くには誰も居ないしで元気が出ないのだと思う。


 ちょっと可哀そう。


 それで気になった僕と安奈さんはお互いに彼の身辺の情報収集をすることにし、幽体というこの状態を利用して様々な場所で調査をした。


 というかこの幽霊の身体は実に便利だ。

相手に干渉するには魔法を使うしかないけど、それ以外ならば壁抜けや空中飛行で盗み聞きなどし放題なのである。


 それで分かった事実を纏めると、どうもこの召喚された異世界は中世レベルの文明を持ったファンタジー世界であるようだった。


 魔法ありきの世界なんてクロードさんの時を思い出すなぁ、なんだか懐かしい。

いまあの世界はちゃんと平和にやっているだろうか。


 話が逸れた。


 話を戻すけど、彼はそんなファンタジーなこの世界に存在する国家、シザード王国の侯爵家に生まれた長男だったのだ。


 名前をグラン・シルエット。

大貴族の子息という肩書を持って生まれたが故に我儘に育ってしまった、典型的なダメ人間である。


 どうダメなのかというと、まず屋敷で雇われている執事やメイドには悪戯し放題。

相手が平民だと分かれば暴力を振るい、それを咎められれば権力を笠に着て事実を捻じ曲げる。

しまいには家に仕えてくれている大事な騎士にまで気にくわないという理由でクビにした、とんでもお坊ちゃんなのだ。


 そりゃあ侯爵様も怒るよね。

むしろ父として反省を促すため、やるべき事をやっているという解釈をした方が良さそうだ。


 彼はまだ12歳らしいからこの程度で済まされているけど、これがもうちょっと大人だったら本当に親子の縁を切られていたかもしれない。


 ……と、ここまでが僕と安奈さんがこの数日情報収集して分かったことだ。

しかしながら僕はこの話をあまり信用していない。


 自分でボロクソに言っておいてなんだけど、僕には彼がそんな事をするような、もっと言えば誰にでも分かるような見え透いた悪事を働くような男には見えないからだ。


 その理由は牢屋生活を続ける彼のつぶやきで分かる。


「クソ、あいつらは何も分かっていない。そもそもなんだ、メイドに悪戯だと? 誰だそんな事を言った奴は、馬鹿じゃないのか。なぜ侯爵家に味方し、将来俺の利益となるであろう手駒にそんな下らない失態を犯さなければならんのだ。俺の不利益になる」


 とか。


「だいたいあの騎士をクビにしたのは気にくわないからなどではない。俺が個人的に奴の素性を調べ、そして突き止め、うちの所属とは敵対派閥の貴族との繋がりが判明したからだ。どんなに優秀だろうとも、信用が置けぬ者を雇うという選択肢は当然ないだろう」


 とか。


「それに侯爵家の嫡男であるこの俺が、平民への暴力ぐらいで権力を言い訳につかうなどあり得ない。暴力が仮に事実だったとして、だからなんだというのだ。その程度では平民が俺を糾弾する理由にもならん。むしろ事実を捻じ曲げたとあれば笑い者になるだけだ」


 とか言っているのだ。

彼は善人とは言えないが、それでも自分の立場を理解して上手く利用できるだけの頭がある。


 そんな彼が不祥事を次々と起こし、自分に不利になるような状況をわざわざ作り出すだろうか。

僕にはどうもそこらへんが納得いかず、違和感を感じているという訳だ。


『というよりこれは、彼を好ましく思わない誰か、もしくは組織からの情報操作でしょうねぇ~』

『あ、やっぱりそう思う?』


 僕もそう思うよ。

だって不自然だもんね。


『グラン君という高位権力者の嫡男を貶める事ができるくらいですから、恐らく相手もそれなりの力を持った存在だとは思うのですが、それにしても上手くやりましたね。安奈ちゃんビックリです。彼のお父さんがそれに気づいているかどうか分かりませんが、このままだと彼は大変な事になりますよ』

『と、言うと?』

『考えても見てくださいテンイさん、彼を陥れるにあたって生じるリスクを。失敗したらごめんなさいでは済みませんよ? そんなリスクを冒してでも何者かは彼を追い込まなければならなかったんです。であるならば、このまま手をこまねいていると思いますか? 状況的にあと一歩ってところじゃないですか』


 ああ、なるほど。

確かにそうだ。


 だとするとこのまま牢屋に居るのはまずい。

すぐに彼を脱獄させるか、もしくは別の手段で誤解を解かなければならないだろう。


 最悪は戦闘になるかもしれないな。


『でも、この状況で誤解を解くというのはあまり現実的じゃないね』

『そうですね、相手の実力を考えるとそれは不可能でしょう』

『となると、やっぱり脱獄かぁ』


 依頼主である彼を死なせてしまう訳にはいかないので、それしかないだろう。

しかし脱獄させるにしても、彼一人の力ではどうにもならない。


 やはり誰かのサポートが必要になるはずだ。

もちろんサポートできる存在なんて僕らしかいない訳だけど。


『情報収集をもう少し続けたい所だったけど、これ以上考えてる時間もないか。それじゃあテレパシーで僕たちの存在を彼に認識させるから、安奈さんはグラン君に説得力のある説明をよろしく』

『はーい! まっかせてくださいテンイさん! 私こうみえてもごまかすの得意んです! バリバリの嘘で彼を説得してみせますから、とくとご覧あれ~』


 ……えっ!?

説得ってそっち!?


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