現れたのは守護英霊
────聞こえますか。
「ん? なんだ? ……空耳か」
────聞こえますか、私の声が。
「…………!?」
────聞こえているようですね。
「だ、誰だ!? 誰かいるのか!? いるなら出てこい!」
テレパシーで伝えた安奈さんの声に動揺するグラン君、12歳。
安奈さんの提案とはいえ、なぜこんな演出をしなければならないのだろうか。
甚だ疑問である。
「はい、それでは。どうもこんばんは、ミラクルエンジェル安奈ちゃんで~す! ちゃんと元気してますかそこの少年!」
「どぅわああああああああああ!?」
ま、そりゃ驚くよね。
なにせ一人きりだと思っていた牢屋で、目の前に突然現れたのは空中に浮かぶ半透明の女性だもの。
こんな幽霊みたいなのが急に現れたら、子供ならおしっこチビってもおかしくはない。
というか幽霊みたいではなく、今は幽霊そのものだったね、そういえば。
あまりにも可哀そうなので、とりあえず落ち着くように声をかける。
というわけで、ついでとして半透明の僕も出現。
「まあ落ち着いて。ほら、怖くないから」
「うわぁああ出たぁああああ!! また出たぁああああ!!」
さらに怯え出した。
やだ、なにこのこ面白い。
……ちょっとクセになりそう。
「なんですかもう、あれだけ渋ってたくせにテンイさんだって楽しんでるじゃないですか」
「いやちょっと、つい出来心で。……あはは」
これもグラン君の反応が良すぎるのが悪い。
僕はそう思うよ。
「お、お前ら俺を呪っても利益なんてないぞ! ひ、ひひひひ人違いだ! 失せろ! 俺は何もやっていない!」
「ええ、知っていますよ。ですからこうして助けに来たのです」
「な、なに!?」
ああ、やっぱり最初の演出が過剰すぎて警戒されちゃってるや。
これは安奈さんの説得がおわるまで少し時間がかかりそうだな。
そんな事を思いながらも僕はこれからの事を夢想し、この出会いに期待を膨らませる。
この召喚にはどんな物語が待っているのだろうかと。
そして僕を召喚した彼には、どんな人生が待っているのだろうかと。
でも彼の性格と境遇を思えば、その人生は波乱万丈に満ちて居そうだなとも、そう思った。
────だけどこの先、その想像は奇しくも実現することとなる。
それはこのグラン・シルエットという少年が持つ不思議な何か、縁のようなものがそうさせたのかもしれない。
──☆☆☆──
「──と、いう訳なのです」
「ほう。それではお前たち二人は契約に基づき、この俺に宿った過去の英雄の魂、守護英霊という訳なんだな?」
「まあ、ありていに言えばそうなりますね」
説明が終わった。
最初のうちは動揺していたグラン君だったけど、ベースとなる頭が良いのかなんなのか、少し落ち着くとすんなり僕たちの話を受け入れ理解しはじめた。
すごい順応力だ。
「クッ、……ククク。やった、やったぞ。ついに俺にも運がまわってきた! いままでどうも運が悪すぎると思っていたんだ、俺は何もおかしな事はしていないのに、こんな状況になるなんてどう考えても理不尽だからな! しかしこれであいつらを見返してやれる! はぁーはっはっはっは!」
でも心配なのは、安奈さんの考えた設定を伝えていくうちに彼がどんどん悪い顔になっていくことだろうか。
いや、今までの事を考えれば分かるんだけどね、その気持ちも。
でもそれじゃダメだ。
ここは人生の先輩として、ガツンといってやらなきゃいけない場面だろう。
しかし僕がそう言おうと決意すると、それよりも先に安奈さんが彼に釘を刺した。
「あー、それなんですけどねグランくん」
「む、なんだ英霊アンナよ」
「君が私利私欲に溺れて道を踏み外すようならば、契約の対価としてその命を摘み取って良いってことになってるの。だからあんまりやんちゃしちゃダメだよ?」
「何ィィイイイイイイ!?」
もちろん嘘だ。
というか、英霊なんたらかんたらっていう設定の最初から最後まで全部嘘だ。
だけどその設定を信じ込んでいるグラン君には効果てきめんのようで、今まさに世界の王者にでもなったかのような気持ちだったであろう彼の表情は凍り付き、滂沱の涙と共に崩れ落ちたのだった。
あぁ、すごい無念そうな顔して諦めてるよ。
根は悪くないんだけどなぁこのぽっちゃり君。
ちゃんと素直に復讐を諦められるところとか特に。
さてはて、どうしたものかな……。
まあ何にせよその体型では体力もないだろうし、これから先を生き残れるか不安だ。
まず脱獄したら彼に筋トレをさせよう。
侯爵家で匿われてもいずれ暗殺されるか、もしくは処刑されるかで未来が無いであろう以上、彼には独立する力が必要なのだ。
この世界はファンタジー異世界よろしく、魔法も魔物も冒険者もいるようなので、僕たちのサポートがあればなんとかやっていけるだろう。
その間に彼にはちょっとづつ自分で自分の身を守れる力を養ってもらうと良い。
僕は彼の今後を考え、計画を練り出すのであった。
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