閑話 家族のいる日常


 神様のもとで契約を結んでから2日、初の休日である土曜日がやってきた。

この世界の時間軸ではたったの2日ではあるけど、異世界で様々な体験をしてきた僕からすれば、もう何年も実家を離れていたように感じる。


 だからホームシックという訳ではないけど、今日は妹を連れてどこかへ出かけようと思っている。

所謂、家族サービスというやつだ。


 妹の事だから、きっと都内での買い物とかに興味を持つだろう。


 ちなみにだけど、僕の家の事情を理解している神様からは生活に困窮しないようにと、給料を前借りする形で生活資金を頂いている。

銀行口座に振り込まれていたその内容を確認すると、到底大学中退の新入社員が受け取るような額ではない数字が並んでいた。


 たった一ヶ月の前借りで、振り込まれた諭吉が3桁に届いていたのである。

もちろんどういう事なのか大急ぎで神様に確認した僕だけど、どうやら向こうのでの活動を評価してくれたという事だったらしい。


 本人の弁によると、これでも僕の両親が抱えていた多額の借金、その返済に充てた余りだというのだから恐ろしい。


 いったい僕は2日でどれだけ稼いだというのだろうか。


 ……いや、でも冷静になって考えてみれば、この計算は正しいのかもしれない。

なにせ僕は向こうで、実質のところ数年単位の時間を拘束されていたのだ。


 その間の時間を常に労働時間として見做すのであれば、この金額にも納得がいくだろう。

金銭感覚が庶民の僕が大金を目の前にして混乱してしまったが、これは正当な報酬で間違いない。


 とはいえ、これで生活に困窮する事もなくなった僕は大手を振って妹に顔を合わせる事ができるのだ。


「お~い、莢~」

「んん? 何かなお兄ちゃん。このプリティガール莢ちゃんを呼びつけるとは、それ相応の、それこそいかんともし難い切実な事情があるんだろうねい?」

「なーに悪ノリしてるんだおまえは」

「あー! お兄ちゃんの魔の手が完璧にセットされた私の髪に!? うそうそ! うそだからわしゃわしゃするのはやめてー!」


 借金があろうとなかろうと、相も変わらずの調子である我が妹様のあたまをグリグリと撫でる。

莢はまだ借金が返済された事を知らないだろうけど、それでもこうして唯一残った家族の未来を守ってやれたと思うと、無性に嬉しくなる。


「ところで莢、今日は暇か?」

「んー? なんで?」

「いや、な。ちょっと入社した会社から給料を前借り出来たんだ。せっかくの初任給だし、莢の買い物にでも付き合ってあげようかと思って」


 そう言うと、莢は目を大きく見開き驚く。

妹のこんな顔を見るのは初めてかもしれない。


 元々驚かせるつもりではあったけど、大成功だ。

からかい甲斐のあるやつだな。


「ちょ、ちょっとそれ、ホントなのお兄ちゃん? っていうか、もしそれが本当だとして、借金の返済は? 私に構っている場合じゃなくない?」

「あ、あー……。それはもうどうにかなったんだよ。なんていうか、法律上? の問題でチャラに出来たってわけ。兄もこれで結構やるもんだろ?」


 もちろん嘘だ。

どうにもならないからこそ僕は困っていた訳だし、神頼みまでした訳なのだから。


 でも突然大金が入ったなんて言っても余計に不審がられるだろうし、今はこのくらいの嘘がちょうど良いと僕は思う。

妹に嘘をついたのはこれが初めてだけど、これは嘘も方便というやつではなかろうか。


「ふ、ふーん。そうなんだ……。でも、お兄ちゃんがそういうなら本当なのかも。なんだかんだ私に嘘ついた事ないし」

「そうそう、信用したまえ」

「うーん、そっかそっか。そうなんだね。じゃあ私、美味しいもの食べに行きたい!」

「具体的には?」

「焼き肉!!!」


 あまりの女子力の無さにズッコケそうになった。

洋服でもなくスイーツでもなく、よりにもよって妹の真の望みが焼き肉だったとは、兄としてもこれはちょっとどうかと思う。


 もしや、他人の金で食べる焼き肉は美味いという、あの都市伝説に感化されたのだろうか。

ありえそうで怖い。


「まあいいよ、それならさっそく食べに行こうか」

「わーい! やったー! さすがこのラブリー莢ちゃんの兄上なだけはありますねぇ? 殊勝な態度も宜しくてよ」

「はぁ、やれやれ……」


 少し甘やかすとすぐ調子にのる妹を見て溜息を吐いた僕は、まあこの遠慮の無さも家族ってやつなのかなと思いつつ、近所の焼き肉店へと出かけるのであった。


 ……余談だが、他人の金で食べる焼き肉は美味いという都市伝説を本当に本気にしていた妹は、その日の食べ過ぎで後日ダイエットに励むこととなった。


 憐れなり我が妹。


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