勇者召喚


 その日、魔法学院にはとある小国からの通達が届いていた。

通達の内容は大まかに言えば『勇者召喚』を行うための協力要請。


 多くの魔法使いが既に準備を進めており、魔石や魔道具の設置など出来る準備はすべてを終わらせ、あとは実際に召喚魔法に精通した魔法界の第一人者にして賢者、クロード・ウォン・グリモア氏に仕上げを行ってもらえれば完成するはずとの事。


 それも魔王勢力に邪魔されずにここまで準備を進めるとは、人間も以外に強かである。


 しかしなぜ小国からの依頼なのかと言えば、その小国がかつて大国だった頃に勇者召喚を実現し、魔王を討伐した経緯があるからなのだとか。


 そして、魔王に脅かされる世界中の人々は今この奇跡の瞬間を待ち望んでおり、例えここで魔法学院が断ろうものならば、さすがに厳しい立場に晒される。

国の一つや二つなら相手どれる魔法学院ではあるが、数多の国家が一致団結しているこの状況では分が悪いのだ。


 故にクロードさんは致し方なく、この要請に応じる事になるのかと思いきや……。


「うむ、断っちゃおうかの」

「えぇ!?」

「いや、だってワシ、弟子の育成で忙しいし。あんな遠い国まで行きたくないし」


 などとのたまうお爺ちゃんこと、大魔法使いクロードさん。

大丈夫なのかなこの人、優先順位間違えてないよね?


 まあ勇者召喚に関しては正直なところ、既に完成している魔法陣の確認をしてもらうのが主な目的らしいので、送られてきた手紙に解答を書き込めばそれで十分なのだとか。


 それにこういってはなんだが、僕の妄想力を吸収したクロードさんにはありえないレベルのブーストが掛かり、本人の弁によると、既に魔王と一騎打ちしてもまず負ける事はない程度にまで強化されているらしい。


 これが本当に魔王に匹敵する力を得ての発言なのか、ただ揺らぐ世界を見て不安に思う僕を案じての発言なのか、正直なところは分からない。

ただもし、僕を育ててくれたクロードさんが無理をしなくてはいけないような事があれば……。


 話が逸れた。


 話を戻すけど、それなのに魔王討伐に積極的ではないのは、第一に僕との時間をとる事の方が優先度が高いのと、第二にクロードさんが出しゃばらなくても現代の人間、若い者達らで十分対応可能だと読んでいるからなのだとか。


 ようするに、隠居した年寄りの力など借りずに、勇者と共に自力で解決してみろというのが彼の本心なのだ。

まあ、一理ある。


 魔法は極めていく一方のクロードさんではあるが、ここ最近は体力の衰えが著しいのが見て取れる。

このまま世界がクロードさんに頼りっきりになってしまえば、いずれこの大魔法使いが居なくなった時に、自立できないと感じたのだろう。


 僕もこの意見には賛成だ。

やはり、自分達にできる範囲の事は自分達で解決すべきだろう。

それに対し勇者の召喚が必要ならば、それすらも自力でやるべきなのかも。


 ただ、神様に借金を肩代わりしてもらった僕としては、自力でなんとかするという発想には少しもどかしい思いを抱いているのも、また正直な話だ。


 正論ではある。

でも、それではどうにもならない事もある。


 どうしても助けて欲しいと願う人の気持ちを想像してしまうのだ。


 ちなみに現状僕の魔法力は、指輪の力を借りればそれなりに威力のある火の玉が使えるようになっているが、魔王と戦うにはまだ決定打にならない。

このまま訓練すれば理論だけは知っている重力魔法や光線魔法が使えるとはいえ、今すぐ力になれるような事は何も無いしね。


 召喚されるであろう勇者君に期待するばかりだ。


「それでは、授業の続きといくかの」

「よろしくお願いします、師匠」

「うむ」


 ニッコリと微笑んだ好々爺然とした彼は、今日も今日とて僕に魔法を教えるのであった。


 ここまでがこの世界に召喚され、2年の月日が流れての事である。



──☆☆☆──



 通達が来てから一ヶ月後、クロードさんの返送した手紙により勇者召喚の魔法陣を完成させた小国は、ついに勇者を召喚する事に成功する。


 召喚されたのは黒髪黒目の日本人らしき4人組、高校の学生服と思わしき黒い服を着用していたらしい。

もちろん僕が見た訳ではないが、クロードさんと接する事の多い国の重鎮達との噂や、その報告からそう察した。


 それから少し気になった僕は、彼らも実はあの神様の要請に答えてこの世界に派遣されてきたのではないかと思い調べたのだが、どうやらそうでもないらしい。


 魔法の勉強を続けた事で知ったのだが、本来召喚魔法というのは魔力や対価となる魔石を依り代に、この世界、または別の世界にいる存在をこの世界に定着させる事を主とする物なのだ。


 だから召喚したての時は契約で縛る必要があるし、契約を強力にし、召喚する者を強力にすればするほど、対価の魔力や魔石が大量に必要となる。


 故にクロードさんも、神様の計らいとは気づかずに自分一人の魔力で人型の僕を召喚したと思い、とても驚いていたのだ。


 では今回の場合はどうなのかというと、実は召喚されたのが何の知識もない状態の4人組だったのだ。

召喚の影響により強力な能力を保有する事になってはいるのだが、まず自分が何をすればいいのかとか、そう言った必要最低限の知識がまるでなかったらしい。


 最後にはここは何処なんだとか言い出したそうなので、これは神様とは関係ない一般人が召喚されただけなんだなと、そう結論付ける事にした。


 ただあの召喚陣を見る限り、召喚と同じ量の魔力を注げば送還もできるらしい事は見て取れたので、彼らには悪いが頑張って世界を救い、日本に帰ってくれといった所だろうか。


 まあクロードさんもいくつか手を打っているみたいなので、そうである以上は何の心配もいらないだろう。


 何はともあれ、こうしてこの世界の歴史に新たな一ページが刻まれたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る