魔法の指輪
魔族と呼ばれる者からの襲撃を受けてから1年が経った。
つまり、この世界に来てから1年と3ヶ月が経った事になる。
あの日に襲撃されて以降、世界の情勢はかなり慌ただしくなり、クロードさんの予想通り穏健派だった魔王が代替わりしたことで、新たな魔王が世界へ向けて宣戦布告したのだ。
ある国は対抗する力を求め魔法学院に協力を要請したり、またある国は滅ぼされては敵わないと早々に人類に見切りをつけ、降伏したところだってある。
それほどに、魔王の力とは恐ろしい物なのだ。
魔王の存在する場所から近ければ近い国ほど、その脅威は顕著な物となるだろう。
だが、だからといって僕の生活が変わったかと言うと、別段そういう訳でもない。
この魔法学院と争いの中心地点とはかなりの距離が開いており、さらに言えば僕個人には戦う力なんていうものも無いからだ。
今日ものんびりと雑用をこなし、それが終わればクロードさんの授業が待っているだけである。
薄情だと思われるかもしれないが、この世界の抱えている問題は、この世界の人達になんとかしてもらいたいと思っている。
そもそも、何の力も持たない僕が一人動いたところで、どうなる訳でもない。
この賢者の弟子という立場を利用したところで、軍師でもない僕が口を出しても余計に事態が混乱するだけだろう。
力といえば僕が使う魔法の進捗だが、最近ついにマッチの火程度の火属性魔法の発動に成功した。
初めての魔法に僕は子供の用にはしゃいでしまったが、それも致し方の無い事だろう。
なにせ魔法が使えたのだ、そりゃあ興奮もするよ。
クロードさんも弟子の成長を嬉しく思ったのか、目を細めて喜んでくれたので良しとする。
……いや、あれは弟子というより孫を見るような眼だったかもしれないが。
ともあれ、僕は魔法使いとしての第一歩を踏み出したのである。
普通、魔力も感知できない素人がマッチ程度とはいえ魔法を発動させるには、早くても3年くらいの月日が必要になるとの事なので、これでも上達速度は凄まじい方らしい。
それもこれも師匠の教え方が上手いおかげである。
クロードさん曰く、僕の魔法使いとしての才能は魔力の制御力や統制力といった、コントロール方面に秀でているらしい。
ただし、コントロールは良くともそれほど大きな魔力が眠っている訳でもないとの事なので、無計画に大魔法を連発できるような無茶な使い方はできないらしい。
この点に関しては、神様の加護やスキルでステータスの上昇が見込める僕にとって、大したハンデには成り得ない。
だから今のうちは大きな魔法を使うことよりも、より繊細に、より精密に魔法を発動させる事に意識を向ければ良いだろう。
「ふむ。魔法の発動にも成功した事じゃし、そろそろテンイにも魔法の発動媒体が必要になる頃合いかのう。どれ、弟子の成長を祝ってワシが何か見繕ってやろう。契約の件もあるしの」
「ありがとうございます、クロードさん」
お礼を言うと、師匠は好々爺といった感じの様子で倉庫を漁り始めた。
しかし良いのだろうか、いくら孫のように可愛がってもらっているとはいえ、僕は神様から仕事としてこちらに来ている存在なのだ。
師匠の心境はどうか知れないが、契約があるとはいえ対価を貰い過ぎな気がする。
だけどあの嬉しそうな表情を見る限り、そう悪い事でもないのかなと思い直す。
まあせっかくの厚意なのだ、ありがたく受け取っておこう。
神様からは日本に装備品の類を持ち帰ってはいけないとは言われていないので、限度はあるにせよ召喚主から受け取った対価くらいは許容範囲内じゃなかろうか。
「あったあった、これじゃ。ワシが若い頃に使ってた物だが、性能は保証しよう」
「これは、指輪……?」
クロードさんが見繕ってくれたのは、高位の魔法陣が幾重にも刻まれた、おそらくミスリルと呼ばれる魔法銀の指輪だった。
確かに見る限り性能の方は保証されている、というか予想以上の装備品であるのだが、さすがに魔法初心者に贈るような装備ではない。
まさに魔法の天才であるクロードさんにこそ似合うような、そんなアーティファクトだ。
正直、ちょっと僕には荷が重い気もする。
しかし厚意を受け取ると決めた以上、何を迷う事があると自分を奮い立たせ、おそるおそる指輪を嵌めてみた。
すると驚く事に、今までの魔力制御がよりスムーズに、そしてより魔力の消費量を抑え、尚且つ普段より大きな火が指先に現れた。
おお、さすが大魔導士の御下がり。
「うむ、特に問題なく使いこなせているようで何よりじゃ。魔力の制御が甘いと、たまに魔法由来の装備品の効果が発揮されない事があるからの」
そう、この世界の魔法の発動媒体、もしくは魔法由来の装備品は、より強力な物ほど高い魔法制御力が求められるのだ。
剣を扱う剣士だって、あまりに力がなければ十全に重い金属の剣が振るえないように、魔法使いにも同じような条件が求められる。
これを仮にゲームの法則で例えるなら、装備レベルが足りていないといった所だろうか。
つまり、そういう事である。
だけど嬉しいな、こうして大魔法使いの御下がりを自分が使いこなせているなんて、目立った魔法が使えるわけではないけど、それでも自分の成長を実感できる。
もしかしたら、クロードさんはこうして僕に自信をつけさせたかったのかもしれない。
そうしてこの日以降、僕はより魔法の勉強に身が入るようになり、心なしかクロードさんの笑顔も増えたように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます