弟子であり家族


 この世界に勇者が召喚されて、2年が経った。

僕が召喚されてから4年と3ヶ月である。


 彼らの快進撃は目覚ましく、元々戦いの才能がある者達が呼ばれていたからなのか、膨大な魔力によって召喚された影響からなのか、メキメキと腕をあげた勇者達はついに魔王の勢力を追い詰め出した。


 四天王と呼ばれた偉大なる魔族は一人また一人と倒されて行き、ここ最近の情報によると、魔王と戦いあと一歩と言う所まで追い詰めたらしい。


 だが順調だったのはそこまで、いざ魔王と戦ってみればその力は圧倒的で、善戦はしたものの最終的には返り討ちにあってしまったようだ。

そう、逃げ帰ってしまったのである。


 これはクロードさんにとっても、予想外の事態だったらしい。


 そしていくら勇者達がこの戦いに貢献しようとも、魔王とその勢力が脅かし続けた人間軍の疲労はピークに達していた。

もちろん最終決戦の如く全力で戦い抜いた勇者達にも、その疲労の色は濃い。


 しかし、かといって引くわけにも行かなかった。

まだ魔族にはそれなりの勢力が揃っているのだ。


 まあ正直、そこまでどちらかが死に絶えるまで戦い続けなくてもいいのでは、と思いもするが、この世界にもそれなりの事情があるのだろう。

その辺は部外者であり戦場にも立っていない僕には分からない。


 ただ一つ言えることが、最近その話を聞いたクロードさんに変化が見られたことだ。

何やらいつにもまして魔法の鍛錬、研究に余念がないように思える。


 いや、余裕が無いといった方が正しいのかもしれない。


 するとある日突然、まだその日の雑用を終えていないのにも関わらず、クロードさんからの呼び出しを受けた。


「テンイよ、少し話がある」

「なんでしょう、クロードさん」


 穏やかな笑みを浮かべつつも語り掛けてくるクロードさんに、僕は何か、決意のようなものを感じていた。

それはそう、召喚者として、師匠として、……そして僕の祖父として、だったようにも思える。


「テンイよ、……少し昔話をしようか。いや、そう遠い昔の話ではない。そう、お前さんがワシの召喚に応じる、ちょっとだけ前の事じゃ」

「…………」


 そう語り出したクロードさんの瞳は、真っすぐに僕を見据えていた。


「テンイを呼び出そうと思ったのは本来、そのままの通り使い魔を呼び、そしてあわよくばワシの後継者を育てるためだった。この世界は脆い。人は人同士で戦争を繰り返し、魔族には協調性が欠け、竜は何があろうとも知らん顔じゃ。だからこそうまく回っていたとも言えるが、このままではいつか滅びるだろう。そう、誰かがこの世界に存在する者達の、架け橋とならない限りは」


 だからこそこれまで、クロード・ウォン・グリモア率いる魔法学院は中立を保ち、人族同士の争いには介入せず、その学院長たる賢者は穏健派と呼ばれる魔王とも交流を持っていた。

それによって、この世界は一時的ではあるが平和だったのである。


 たった一人の人間が魔法を極め、戦い続けてきたおかげで。

しかしそれは、とても孤独な戦いだったはずだ。


 そして彼は話を続ける。


「だから、寂しかったんじゃろうなぁ。年甲斐もなく、つい弱音を吐いてしまったのだ。もう完全な弟子を育てる時間も無いと分かっておったのに、自分に残された時間も鑑みずに、神頼みをしてしまった」


 そこからはもう、僕の知っている通りだった。


 勘違いとは思いつつも、神の了承する声が聞こえて来たクロードさんは召喚魔法陣を用意し、あわよくば意思疎通ができるレベルの使い魔が呼べればいいと考えた末に、呪文を起動した。


 で、結果出て来たのが僕だったという訳である。


「最初は魔法の知識もなく、魔力も少ないお前さんを訝しんだものじゃが、しかしだからこそ教え甲斐があり成長していく姿がこの上なく嬉しかった。まるで、ワシが孫を持ったかのようにすら思えたのじゃ」

「…………」


 そして僕は既に気づいていた、それがクロードさんの本当の願いであり、今回、神様が彼の元に使わしてくれた理由だったのだと。

彼の本当の願いとは優秀な使い魔を呼び寄せることでも、弟子を取る事でもなかったのだ。


 彼が本当に願っていたのは、家族。


「幸せであった。テンイ、お前が来てくれてワシは幸せだったのだ。仮初でも、家族を持てたのだから」

「……僕もですよ」


 だが、それは僕にも言える事だった。

事故で両親を亡くし、頼れる家族が急に居なくなってしまった僕にとって、クロードさんはこれ以上なく僕の家族だったのだ。


「しかしだからこそ、お前と過ごす時間と機会をくれた神様には、感謝を返さなければならない。だからこそ、最後に一仕事、やらねばならぬ事があるのだ」


 そういって立ち上がった大魔法使い、クロード・ウォン・グリモアは杖を手に持ち、こう言った。


「──じゃあちょっと、戦争止めてくるわい」



──☆☆☆──



 あの日以降、クロードさんは魔法学院を発ち魔王城へと押し入った。

戦い続ける魔族と人間などには目もくれず、代替わりした魔王との一騎打ちを行いに向かったのだ。


 後から聞いた話によると、戦いはおよそ五分と五分……、と思いきや、その実クロードさんの圧勝だったらしい。


 魔王が大魔法を炸裂させたかと思えば、僕の妄想魔法を取り入れたクロードさんが瞬間移動でその攻撃を逃れ、逆に光線魔法で背後から滅多刺しにする。

そしてそんな攻防を繰り返し、あらゆる手をお互いに尽くし終えた後、最後に立っていたのは僕の師匠こと、クロードさんだったのだ。


 爺ちゃん強すぎる。


 その後は代替わりした魔王がやられた事で世界情勢はまた一変し、人間側と魔族側の遺恨は残るものの、穏健派だった元魔王がその座に収まった事で振り出しに戻った。


 攻撃的だった魔族も力ある指導者、そのカリスマによって抑えられ平和な時代が戻ってきたのである。


 ここまでが僕が召喚されてから、ちょうど5年後の事であった。


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