大魔法使いの章

大魔法使い


 世界を渡り召喚されたことで、一瞬だけ無重力になりふわりとその場へ降り立つ。

そして僅かな光を感じ目を開くと、そこには厳格な石作りの空間が広がっていた。


 所謂、儀式の間といったところだろうか。

至る所に魔法陣や、そうと思わしき幾何学的な模様が描かれている。


「ふむ、成功したようじゃな。さすがワシ」

「……?」


 初めての経験に戸惑っていたけど、目の前には大きな三角帽子をかぶった、魔法使い然としたお爺さんがいた。

そうか、この人が今回のターゲットか……。


 だがどうしよう、まだこの人のお願いすら聞いていないから、どう行動すればいいのか分からない。


 しかしそこでふと、僕はさきほどの神様とのやり取りを思い出し、納得する。

『ある所で一人寂しいお年寄りが居ました、君はその時どうする?』と、質問された事を思い出したのだ。


 確かあの時、僕はこう答えた。

『相手となるべく会話する機会を多く持ち、話に耳を傾けます』と。


 ようするに、あの時の質問はこれを想定してのことだったのだ。

さすが神様、手際の良さに舌を巻く。


「さて、では召喚されし偉大なるニホンジンよ、契約通りワシの弟子となり、そして使い魔となりなさい」


 なるほど、最初の依頼は使い魔になる事か。

使い魔っていうと、伝承とかでよくあるアレの事だろうか。


 だけど困ったな、僕には戦いに関する能力が一切ない。

この中世っぽい感じの雰囲気を出している魔法使いのお爺さんが、もし仮に戦力を求めて僕を召喚したのだとしたら、役に立つどころか逆に足を引っ張りそうだ。


 どうしたものかな。

とりあえず最初の仕事を断る訳にもいかないので、了承だけ先にしておこう。


「ええ、僕にできる事ならば喜んで。ただ僕の事はニホンジンではなく、テンイと呼んで頂けると嬉しいです。ニホンジンというのは種族名みたいな物なので。これから宜しくお願いします」

「む、名持ちの存在じゃと?まさかとは思ったが貴族階級の、いやその身なりからして公爵級の使い魔が……。いやしかし、ネームドの人型使い魔を呼び寄せたとなると、対価が……」


 使い魔に名前がある事がそんなに珍しい事なのだろうか?

僕の自己紹介を聞いたお爺さんが、上の空でぶつぶつと語り出してしまった。


 いやでも、過度な期待をされても困ります。

それに公爵級の使い魔って響きがなんとなくヤバそう、戦闘に狩り出すとかやめてね。


 そうしてしばらく上の空だったお爺さんはおもむろに頷くと、とりあえずといった感じで僕に一つ目の指示を出した。


「ではテンイよ、契約じゃ。契約の内容は先ほどの通り、ワシの弟子となり使い魔となる事。そしてその契約が完了でき次第、最後にワシの所有しているアーティファクトから一つ、お主に対価として差し出そう」

「構いませんよ」

「うむ、契約完了じゃ」


 お爺さんがそう宣言すると、僕を召喚させたであろう足元の魔法陣がグルグルと回転し、お互いの身体の中に吸い込まれていった。


 これで契約が完了したという事なのだろうか?

ファンタジーというのは不思議がいっぱいだ。


 だけどこの不思議な世界での出会いは、僕の今後の指標となる大切な出会い、その大きな第一歩となるのだった。


 ────そして、それからしばしの時が経つ。


 神様の計らいによってこの世界に呼び出された僕は、忙しくも穏やかな日々をお爺さんと過ごし、既に一ヶ月程が経過していた。

現在の僕は使い魔として毎日の雑用をこなしつつも、雑用の内容はお爺さんを学院長とした、世界有数の魔法学院の運営、そのお手伝いをしている。


 そう、何を隠そうこのお爺さん、この魔法世界におけるかなりの重鎮だったのだ。

名前はクロード・ウォン・グリモア、魔法学院の学院長にして元宮廷魔術師長。

時には賢者とも言われている。


 魔法を使わせば一騎当千で右に出る者は存在せず、人間を基準とした場合ぶっちぎりの凄腕らしい。

ちなみにそんな物騒な肩書を持つクロードさんではあるが、魔法学院は国家と切り離された魔法使いの育成機関なので、仮に他国が戦争をしていようとも、この学院にまで被害が及ぶことは有り得ないとの事。


 もしこの魔法学院に牙を向く国家などがあろうものなら、今までこの学院が排出してきた全ての魔法使いと、大魔法使いであるクロードさんを敵に回す事となるので、そんな馬鹿な事をする国家は存在しない。


 つまり、僕にとってはこれ以上ない安全地帯なのだ。

どうやら戦闘はしないで済みそうな、実にいい職場である。


「テンイ」

「なんでしょう、クロードさん」


 今日も一日の雑用を終え、掃除に洗濯と、さらには生徒たちの勉強を教え終えた僕は、いつものようにクロードさんに呼び出されていた。


 魔法学院の勉強なんて僕には教えられないと思うかもしれないが、実の所はそうでもない。

確かに魔法関係の勉強を教える事はできないし、僕に魔法の知識がない事はクロードさんも直ぐに納得してくれたのだが、これでも僕は現代の一般教養を身に着けた日本人である。


 この世界に必要なレベルの数学や化学、または物理学を中世時代の生徒たちに教える事など朝飯前だったのだ。


 とはいえ、クロードさんレベルになると僕が教えられる事など何もないのだが。


「では今日も魔法の勉強を始める。大丈夫じゃ、テンイはワシの使い魔であり弟子なのだから、すぐに使えるようになろうて」

「宜しくお願いします」


 そう、クロードさんが僕を呼び出したのは魔法の知識を与える為だ。


 彼曰く、魔法というのは魔力操作といった技術力や本人に宿る魔力量といった才能、そして何より正しく世界の理を理解する知識が必要なのだそうだ。


 故に中世レベルの知識しかないこの世界では、火の玉を作ったりだとか風の刃を作ったりといった、そのまんまの攻撃魔法のような事しかできなかった。


 しかし僕という存在を神様の計らいとはいえ召喚でき、さらには世界有数の魔法力を持ったクロードさんが現代日本人の感性を少しでも吸収できたのなら、それはもうこの世界のバランスブレイカーといえる存在になるだろう。


 知識としてはクロードさんに与える事ができなくとも、それこそアニメやゲームで鍛えた僕の妄想力は、この世界の概念をぶち壊すほどの衝撃だったらしい。


 話に聞く竜や魔王といった、力の頂点とも言える超常の存在とも単身で渡り合えるようになるかもしれない。


 もちろんこの温厚なお爺ちゃんが悪意のある力の使い方をしない事は、この一ヶ月でよく分かっているのだけれども。


 ともあれ、こうして僕はクロードさんに弟子入りする形で魔法を学ぶ機会を得て、クロードさんと対話する機会を得たのであった。


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