神様との契約


 その浮かぶ契約書を見た瞬間、僕は全てを理解した。

空中に浮かぶっていうだけでも超常的だけど、確信したのはその内容。


 大雑把ではあるが、契約にはこの会社の社員として異世界に赴き、人々の願いを叶える代わりに僕の抱えている多額の借金を全額肩代わりするという、そんな内容が纏められていたのだ。

もちろん給与も出るらしい。


 ここまでくると、頭の悪い僕でもさすがに分かってしまう。

なぜ借金のことを知っているのかとか、この謎の後光とか、あるいはもっと直感的な部分で理解した。


 そう、あの時ぽろっと溢してしまった言葉を、目の前の社長、もとい神様が拾ってくれたのだと。


「か、か、かみさま……!?」

「ははは、もっと早く気づくと思ってたんだけどね。でもそういう純粋な所も、僕は好きだよ。さて、それじゃあ僕と契約するかい、武藤天伊くん?」

「…………」


 確かに報酬は魅力的だ。

魅力ではあるけど、でも……。


「ああ、そうそう、君が気にしている妹さんの事なら心配いらないよ。異世界に行っている間、こちらでは時間が経過しないようにしているからね。それにちゃんと仕事さえしてくれれば、その間は僕が責任をもって彼女を守ろう。これでも神様だからね、その程度の事は造作もない」


 僕が気にしていた事も含めて、やはり全てお見通しらしい。


 借金を全額負担してくれるとはいえ、裏社会の人間達がどういう行動に出るか分からない以上、妹の身の安全を懸念するのは当然のことであった。


 それにどれだけ報酬が破格でも、家族を守らなければいけない僕が、異世界に長時間滞在するような仕事は選ぶ事ができない。

しかし向こうで長時間滞在しようとも、それがケアできているのなら話は別。


 どうせ八方塞がりだったんだ、この話に飛びつくしかないだろう。


「わ、分かりました神様、契約させていただきます」


 多少しどろもどろになりながらも、僕がそう言うと彼はニッコリと笑い、光輝く契約書に僕の名前が記載され、そして消えていった。


「確かに契約は成されたよ。では改めてようこそ、武藤天伊くん。僕は君を歓迎しよう」



──☆☆☆──



 契約のあと、僕は色々と業務の内容について聞かされた。


 なんでも、前提として神様は信仰や感謝、または願いといった、人々の持つプラスの感情を受け取る事で神格を上げていく存在らしい。

しかし、そうして願いを叶えるために力を振るい世界に干渉するためには、契約しなければ大きなことができないのだそうだ。


 そして契約には、対価が必要。


 今回の場合、契約の対価は僕の労働力で、報酬は借金返済と妹の安全。

神様側のメリットは『僕の願いを叶えた』といった所だろうか。


 ちなみにこのルールには抜け道が存在し、契約した人間、そう、僕みたいな人間を手足とし派遣し使う事で、間接的に世界に干渉する事ができるらしい。


 だからこそ神様はその存在力を上げていくために契約して僕の願いも叶えたし、こうやって人の助けとなる会社を設立したという訳である。

 

 もちろん問題も存在し、契約した人間は神様程の力を持たないので、叶えらえれる願いもショボいという事になるわけだが、それはそれ、これはこれだ。


「だいたい事情は分かりました。つまり、異世界で僕に叶えられそうな願いを聞き届け、それを解決するのが仕事っていう事ですね」

「そうそう、そういう事だよ。もちろん世界に対して大げさに干渉できない以上、君に大きな力を与えてあげる事はできないけど、それにも抜け道があるんだ」


 続く神様の説明によると、なんでも彼の代理として異世界で願いを叶えれば、若干だが僕と神様の繋がりが強くなり、僕個人に干渉できる範囲が広くなってくるとのこと。


 だから異世界からの帰還後、その干渉できる範囲に応じた力を付与してくれるらしい。

所謂スキルや加護といった超常の力だ。


 付与できる力には限界があるが、その範囲内で出来る事をリスト化してくれるそうなので、自由に選んで構わないとのこと。


 それに最初はなんの強化もされずに向こう側にいくので苦労するかもしれないけど、それ相応に難易度の低い願いを選んでくれるそうなので、安心だ。


 人間としてのスペックがそれなりに低い僕としては、この気遣いに感謝するばかりである。


「納得してくれたようだね。それではさっそくだけど、今から派遣先に行ってもらいたい。何か質問はあるかい?」

「いえ、ありません。特に力の持たない僕が準備できる事もないですし」

「それはそうだね。でも徐々に強くなっていくはずだから、安心しなよ」


 そう言って神様は微笑んだ。


 異世界への派遣は一日一回。

毎朝このオフィスにやってきて、必要な場所に飛ばしてくれるらしい。


 ある程度実力がついてきたら自分で仕事を選ばせてくれるそうなので、今回はとりあえずチュートリアルといったところだろう。

一度目は彼の判断のままに飛ばされてみようと思う。


「それじゃ、行ってきます」

「うん、いってらっしゃい」


 神様が手をかざすと足元に魔法陣が浮かび、僕は別の世界に召喚されていった。



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