異世界派遣サーガ

たまごかけキャンディー

プロローグ

その願い、叶えよう


 世界に蔓延する不満、不運、不幸、そんなものはよくある話だと笑い飛ばすことは簡単だけど、実際に自分がそうなってみると笑えない。

僕こと武藤天伊むとうてんいはまさにそんな、逆境の真っただ中にいた。


 事の起こりは一ヶ月前、まだ20歳であり大学生だった僕が、交通事故で両親を失った事から始まった。

もちろん両親を亡くした事は、まだ学生である僕にとっては十分すぎる程の逆境なのだが、本題はそこではなかった。


 実はなんと、両親は多額の借金をしていたのだ。

それも社会の裏に住まう、怖い人たちから。


 それこそ今までそんな素振りは一切なかったのに、唐突に我が家へ黒い服を着た人たちが雪崩れ込んできた時には肝を冷やした。

こうなったらもう、法的に返済義務がどうだとか、なんやかんやなんて関係ないと思う。


 無理に断ればこちらの命が危ないとなれば、返済に応じるしかない。

お先真っ暗だ。


 どうしようもなくなった僕は、とりあえず大学をやめて就職先を探す事にした。

こんな大学中退の僕を雇ってくれる企業なんてあるかは知らないけど、働かなければ死ぬ。


 どんな仕事でも食らいついて生き抜くしかないし、何より、僕には大切な妹がいるのだ。

妹の未来のためにも、絶対にこんな所で死んでいる訳にはいかなかった。


 しかし自分で言うのもなんだけど、僕には取り得なんてものは何もなかった。

勉強も運動も成績も中の下、特に特殊な技術を持っている訳でもない。


 正直言って、八方塞がりなのだ。


 だからだろうか、弱気になりそうだった僕はつい、口に出してこう言ってしまった。


「助けて神様……」


 自分でもなんでこんな事を口走ったのかは分からない。

今まで一度も神様なんて信じてこなかったし、それこそ宗教を毛嫌いしている節があった。


 だけど今にして思えば、これは奇跡というより必然だったのだろうと思う。

そしてどこからか、こんな言葉が聞こえて来たのだ。


 『その願い、叶えよう』


 そして声が聞こえた翌日、僕の家には会社の名前と地図の書かれた、一通の手紙が届いた。

それはとても不可解な、いや、もっと言えば怪しげな、とある零細企業の面接案内の手紙だったのだ。


 だがこの時、藁にも縋る想いだった僕はとくに深く考えることはせず、その会社へと赴くのだった。



──☆☆☆──



 現在僕は目の前の面接官、もといこの会社の社長である人物と対面している。


「やぁやぁ、ようこそ武藤天伊くん。まあまずは寛ぎなよ、緊張しているとこちらも質問しづらいしね」

「は、はい。どうも……」


 何故かやけにフレンドリーな社長さんだった。

面接とは思えない緊張感の無さだが、社長クラスともなるとこういう物なのだろうか……?


 経験が足りない僕には、全く分からない。


 とりあえず言われるがままに席につき自己紹介をした後、出してもらったお茶で口を湿らす。

確かこの会社は様々な雑用をこなす派遣会社だったはずだが、それ故にどんな質問が飛んでくるのかは予想もつかない。


 なぜならその業務は、多岐に渡るからだ。


「それじゃあ君も落ち着いたところで、こちらからの質問タイムといこうか」

「はい、宜しくお願いします」


 深く頭を下げた僕に対し、社長は手元にタブレットを取り出し、何かを操作する。

めちゃくちゃ緊張するなぁ。


「うんうん、素直でいいねぇ。僕は好きだよそういうの。では早速質問なんだけど、『ある所で一人寂しいお年寄りが居ました、君はその時どうする?』」

「相手となるべく会話する機会を多く持ち、話に耳を傾けます」


 これは恐らく、接客の対応力を見るためのテストだ。

そして相手はお年寄り、となれば取引先の重鎮である可能性が高い。


 僕が仮にそこへ派遣されるのだとしたら、仕事の内容は聞き専になるだろう。

なにせ何の実力も持たない僕が対応を任されるのだ、専門的な知識よりも、相手の気分を良くする、もっと言えば心をケアする仕事となるだろうからだ。


 そしてその予感が的中したのか、社長は大きく頷き、ニッコリと微笑んだ。


「いやぁ、やっぱり君を選んで正解だったよ。これなら一先ず、仕事の方は大丈夫そうだ」


 心の中でガッツポーズを取る。

第一印象としてはかなり高い評価を得られたらしい。


 このまま下手な事をしなければ、採用までこぎつけるかもしれない。


「では次の質問、……いや、最後の質問かな。『君、異世界って興味ある?』」

「──はい?」


 ……え?

 ……ん?


 突然のことに頭がフリーズして、聞き返してしまった。


「おお、興味あるんだね! いやー、よかった! もし興味がないって言われたらどうしようかと思っていたんだよ。でも君がその気ならこちらもやりやすい。ここで合否を発表する事はないと思っていたんだけど、気が変わった。ようこそ我が社へ。歓迎するよ武藤天伊くん。これからよろしく」


 そう言った瞬間、この会社、天空城の代表である佐摩神サマカミさんから後光が差し、目の前に半透明の光輝く契約書が浮かんでいた。


 そう、浮かんでいたのだ。

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