四人の魔法使い
にぃつな
第1話 もがけ、あがけ
「もがけ、あがけ、苦しみぬいて吠え続けろ! お前は…まだ弱い。そこらへんにボロ雑巾のように放り捨てられた野良と同じぐらいに弱い。」
性別がわからない謎の生命体ルキア。
毎晩いくつかの試練を与え、自身(ルア)の弱くて無力だったあの頃を変えるために手を貸してくれる。
「跪くな! 転ぶな! 手をつくな! 野犬のように四つ這いで地面を蹴れ! お前は人間だ、「無理」という言い訳で立ち止るな!」
何度も転びそうになる。何度も地面に手が付きそうになる。何度も声が震えるほど喉が披露する。何度もルキアから攻撃を受けては膝が付きそうになる。
「そうだ立て!」
負けられない。あの頃の弱かった自分。無力で何もできずにわんわんと泣いていたあの頃の自分に戻りたくない。
「だいぶ耐えるようになったか……だが甘い!」
ルキアの形相が変わる。
その姿はかつて失った仲間たちの姿へと変わった。
「ルーキ、ユイト、アカネ、ウラマ、トーヤ、キャッシー、ジャン、ブルーノ……やめろ」
あの事件で失った仲間たち。
「そんな目で見ないでくれ……ぼくは、ぼくは……なにもできなかった…」
過去のトラウマが蘇える。
あの日――
パンデミック事件。周囲からはそう呼ばれている。
学校を保護する結界が消滅したことによって学校内でパンデミックが発生した。感染体の魔物が多く侵入し、中にいた生徒、教師、一般市民を襲い掛かり、多くの犠牲者を出した。
人の魔力を吸い、自分の生命力に変換する通称、ヒトヒル。魔力を吸い無力化したあと、肉食の魔物に襲わせたことによって被害が拡大した。
応戦する人もいれば、逃げ出す人もいた。大混乱時にルアは仲間たちとともに屋上から空へ逃げようとしていた。
アカネ「ユイト、下はダメだ。もう逃げる人で埋まっている」
アカネ「キャッシャー、君は後ろでいくつか結界を頼む」
キャッシャー「了解。ルーキとジャンもぼくについてきてくれ。ひとりより三人の方が早いから」
ルーキ「わかった」
ジャン「キャッシャーがそう言うなら俺に任せておけ」
ユイト「ルア、トーヤ、ブルーノ。君たち三人は先に屋上へ行って空を飛ぶ魔法の準備をしておいてくれ」
トーヤ「空から逃げる…って俺らはまだ飛行魔法をうまく使えないぞ」
アカネ「一か八かだ。もし失敗したら屋根を伝って逃げればいい」
トーヤ「行き当たりばったりだな。わかったできる範囲でやろう」
ルア「アカネはどうするの?」
アカネ「私は階段で待機している。キャッシャーたちを待つわ。準備ができたら合図を送って」
ルア「わかった」
屋上へ続く階段に魔物の姿はなかった。おそらくほとんどが集会場がある二階で襲われているのだろう。ぼくらはこの日、集会場という校長のお説教を聞きたくないばかりでサボっていた。そのおかげで難を逃れたわけだ。
屋上には誰もいなかった。逃げてくる生徒や教師がいてもおかしくはなかったはずだ。
「おかしい…静かすぎる」
下の階から人の叫び声が聞こえない。まるでなにもなかったかのような。
柵から下界を覗くが魔物の姿が見当たらない。
「あれ? ねえ、みん―――」
ガブリっと上半身が消えた。
その場でドサっと音で振り返る。
「あっ…かっ…とっとっと…トーヤ!」
「あっ! だめだ」
駆け寄るトーヤにルアは手を伸ばした。近寄ってはいけない何かにビリビリと身体中が強張ったからだ。
ドサっと鈍い音がさらにした。
「と……とーや…?」
上半身と下半身が真っ二つになったトーヤの死体。上半身は明らかに空から落ちてきた。血肉が地面に倒れた、落下した衝撃で中身が漏れ出している。
「うううう…おええぇー」
その場に吐き出した。
生きていたはずの人がいま目の間に動かない死体に変わっていた。
ぼくはブルーノの肩に手を触れようとしたとき、泣きべそをかきながらぐるりと振り返った。
「お前が代わりに死ねばよかったんだっ!!」
ビクっと肩が震えた。
ぼくは後ずさりブルーノから一歩でも遠のいた。
ブルーノがこんな顔を見せるなんて思いもしなかったからだ。いつもはトーヤを挟んでブルーノが声をかけてくれた。友達思い出いい奴だった。
「なんで、お前が生きて、トーヤが死ぬんだよ…ふざけんなよ」
ブルーノは胸ポケットからアクセサリーを取り出し、それを見ていた。
三日前の授業でアクセサリーを作ったやつだ。ぼくは失敗したが、ブルーノとトーヤは成功していた。お互いに交換していたのも見ている。そうか、二人はそんなに親しげだったんだ。
トーヤとは親の友達だったことから知り合った最初の友達だ。ブルーノは入学初日に友達になった。趣味があう気のいい奴だった。
「トーヤは特別だったんだ。こんな、こんな死に方…ありえないよ」
ブルーノは唇が震え、声が強張っていた。何度も咳き込みながらぼく歩み寄ってきた。そのたびにぼくはブルーノから後ずさる。
ブルーノは普通じゃない。
友達が殺され、泣くのはわかる。でもそれが他人のせいにするのはおかしい。トーヤが特別な人だったのかも知れない。
(…そうか。ブルーノはトーヤが好きだったんだ。)
トンっと押された。柵を乗り越え、ぼくは屋上から突き落とされた。
その先は真っ暗闇だ。
頭に鋭い痛みがあったわけでもない。手足が曲がったり折れたりしたわけでもない。
ぼくは、魔物の上に落ちた。真っ黒な闇そのものの体毛に埋もれたそいつに。ぼくは魔力を奪われ、意識を失った。
――気づいたとき、病院にいた。
記憶は残っていた。ブルーノがぼくを突き落とし、トーヤが殺されたことを。
ぼくに優しく話しけてくる看護婦に訊いた。
「ねえ、みんなはどうなったの? ルーキ、ユイト、アカネ、ウラマ、トーヤ、キャッシー、ジャン、ブルーノはどうなったの!?」
看護婦はゆっくりと口を開いた。
「お気の毒ですが…」
ある部屋に案内され、ぼくは絶句した。
白い布に全身を被さった仲間たちが床にひかれていた。白い布の上に名前のシールが貼ってあり、それで誰が誰なのかを探すことができた。
生きていることを願って、ぼくは必死に探した。名前がないことに。
でも、一人ずつ見つける度に力が抜けていく。いてほしくない仲間たちがいるのに、声も言葉も交わすことができず、手をつないだり、はしゃいだりする感触もない。お菓子を味わったり、互いに慰めたり――もうできないんだ。
倒れていたぼくを気づいた医者によって病室に運ばれたとき、ぼくはもぬけの殻になっていた。仲間は失ったぼくには、生きる気持ちなんてなにひとつ持てなくなってしまっていた。
病室の外で医者が話していた。
「死因は何だったんでしょうか。みな、心を持っていないようで無反応なんですよ」
「魔物が学校に侵入したと言っていただろ、魔物は魔力を吸収することで生命を維持している。人が野菜や肉、魚などを摂取するのと同じだ。魔力が籠った食事をしている。おそらく、心を失ったのは魔力をすべて奪われたからだろう」
「魔力を失うと心も失う――医学界で囁かれている噂だと思っていましたが…事実とは」
「というよりも発表したくないんだろ。そうしなければ多くの人たちが魔物を相手に抵抗しなくなる。魔物と出会えば、心を奪われる。そして殺される。そんな状況に陥りたくないのだろう政府は」
「私はわかりません。みんなに公表するべきだと思います」
「俺もそう思っていた。でも確定する事実がない。現に心なんて科学的に証明ができない。見えない感情をどうやって物質として証明できる? 心やんて心臓や脳とは違う臓器だと言っている人もいるが、俺らでそれを証明できるのか?」
「―――少し、考えさせてください」
「ああ、好きにしろ。いずれ、この件も報道制限はかけられるだろう」
彼らはこの病室がその犠牲者の中で唯一生還できたとは思わなかったのだろう。ぼくは、表向きに屋上から飛び降り、生存できたと医者たちの中で囁かれている。
でも実際は、魔物によって魔力を吸われたものの生かされ、そしてぼくの心のなかで棲みついていることだ。
――気づけば、一年の歳月がたっていた。
ぼくは、前の学校は事件解決まで閉校され、多くの犠牲者を出したからいずれ、閉鎖もしくは取り壊しになると聞いた。
余儀なくぼくは他の学校へ転向した。
ぼくは、新しい学校で新しい友達を作ることになる。
もう、トーヤもアカネたちもいなんだ。
「よくも俺達を見殺しにしたなルアああ!」
驚かすようにしてぼくを攻めてきた。
「やめろ、トーヤに化けるのは止めろ!」
「友達ごっこかよ。いつまでおじついているんだよ。ブルーノに裏切られ、トーヤにも裏切られ、ああ…みんなから裏切られたんだね。かわいそうに…」
「うるさい。裏切られていない!」
「そうなの? ――嘘つき」
「嘘じゃない!」
「嘘だね。君一人が助かって、なんで君だけ生きているの? 泣かれたよね、彼らの両親から「息子・娘を見殺しにした悪魔めっ!」って。」
拳をぎゅっと握りしめる。
「君は内心思った。こいつらを殺してやるって…。そうすれば、寂しく泣いて喚いているトーヤたちのもとに両親を送ることができたはずだよ」
悪魔のささやきだ。
ぼくはそう一括りにした。
ルキアは必ずぼくを転ばそうとしている。
ぼくを絶望させ、あがくのを止めようとしてくる。
それが――呪い。
強くなる代わりに、呪いとして心を奪おうと次から次へとトラウマを蘇ってくる。
「もう時間だね。ぐっすりお休み。まあ、休める時間なんて、お前には一生ないけどな。ウハハハハハ!!」
高笑い上げ、ぼくは夢から覚めた。
始まる新たな学校生活が。
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