名探偵 VS ヒロイン

てこ/ひかり

新米探偵・岬岐ちゃん奔走!

「犯人は田中さん……あなたですね!」


 声高々にそう宣言し、新米探偵・嵯峨峰岬岐さがみねみさきはその小さな右の手のひらを頭上に掲げた。浴衣姿に、お気に入りのデニムのキャスケット帽。チグハグな格好をした駆け出し探偵の手が再び振り下ろされた時、その人差し指が差していたのは、とある中年男性だった。田中と呼ばれたその男は一瞬凍りついたかのように顔を強張らせ、みなの注目を集め、次の瞬間耳の先まで顔を真っ赤に染めた。


「田中さんが犯人ですって?」

 少女探偵の一言に、やがて広間に集まった関係者の一人から声が上がった。風呂上がりの女性は、真夜中に半ば強制的に旅館の広間に集められ苛立たしげに膝を揺すった。

「証拠はあるの?」

「ええ、もちろんです」

 集まった人々の視線が、怯える田中から、今度は岬岐に集まった。岬岐は自信満々な表情で、真っ直ぐと田中を見据えながらポケットから鰹節を取り出した。

「田中さん。この鰹節に見覚えはありませんか?」

「そ……それは……!」


 田中の顔からみるみると血の気が引いていき、真っ赤は顔が信号機のようにさっと青に変わった。しどろもどろになる田中に、岬岐が畳み掛けた。

「この鰹節は、被害者の鈴木さんが父親の形見として後生大事に持っていた伝説の『青龍の鰹節』なんです。見てください、形が『龍』に似てるでしょう?」

「た、確かに!」

「ほんとだ! この鰹節、まるで『龍』よ!」

 『龍』の形をした鰹節を前に、集まった人々が息を飲んだ。

「この鰹節が、田中さん。貴方の部屋に落ちてました」

「う、うぅ……!」

 田中はいつの間にか大量の汗を掻き、やがて鰹節のようにグニャグニャと体を拗らせフローリングにへたり込んだ。


「田中さん……」

「……あいつが」

 田中は今にも泣き出しそうな顔で……いや、実際泣いていたのかもしれない……両手で顔を抑え、震える唇で言葉を紡ぎ出した。

「あいつが悪いんだ……『龍の鰹節』だなんて自慢してくるから……! 僕なんてまだ、何にも似てない鰹節しか持ってないのに……!」

「田中さん……!」

 それは、この古びた温泉旅館で起きた『珍形鰹節強奪連続殺人事件』の犯人による、罪の告白だった。皆が驚き立ち竦む中、岬岐が小さく息を吐き出し、ようやく安堵の表情を浮かべた。

 良かった。私の推理、間違ってなかった……。


「じゃあやっぱり、貴方が犯人なんですね、田中さん」

「あぁ……」

「待って、待ってください!」

 岬岐の問いかけに、田中が青ざめた顔でゆっくり頷こうとしたその瞬間。突然襖がスパーン! と開けられ、一体どこに待機していたのか、大勢の男たちが大広間に押しかけてきた。


「ちょ……何ですか貴方たち!?」

「ハイ! どいてどいて! 台置くから、台!」

「台?」

 ガヤガヤと大所帯で入ってきた男たちは、全員がぽかんと口を開ける中大勢の機材やカメラを持ち込んで何やらセッティング作業に入った。やがてマイクを片手に持ったスーツ姿の男が、呆然とする岬岐を簡易で作り上げたお立ち台の上へと引っ張り上げた。若い男は台の上から集まった関係者たちを見渡し、白い歯を見せ元気よく喋り出した。


「えー放送席! 放送席! 今日の探偵は、『探偵事務所』入所一年目! 新米探偵の、嵯峨峰岬岐さんです! 岬岐さん、おめでとうございます!!」

「はい??」

 およそ広間の大きさとは合っていない馬鹿デカイ音量に、岬岐は思わず顔をしかめ耳を塞いだ。

「今の気持ちをお聞かせください」

「貴方たち、誰ですか? これ何なんですか? 何が始まってるんですか??」

「決まってるじゃないですか。ヒーローインタビューですよ」

「ヒーローインタビュー??」

「まず第一の殺人からお聞きしましょう。最初にトリックが分かった時は、どんなお気持ちでしたか?」

 男が岬岐にマイクを向けた。岬岐は、お立ち台の下から焚かれる大量のフラッシュに目を白黒とさせるばかりだった。


「おい、ちょっと待ってくれ」

 台に群がる大量の男たちに、先ほどまで涙ぐんでいた田中が、顔を黄土色にして口を尖らせた。

「今から僕が、犯行動機とかトリックについて語り出す流れだったじゃないか。いきなりやってきて、僕の出番を取らないでくれ。インタビューなら、まず僕に聞くべきだろう」

 人混みを掻き分け、お立ち台に上がろうとする田中を取材班が羽交い締めにした。

「敗者がお立ち台に上がるのは、お門違いですよ」

「誰が敗者だ、誰が!」

「だってそうでしょう。貴方は今回、自ら用意したトリックを暴かれ探偵に負けたんだ。今更貴方が何を言ったって、誰にも響きませんよ……」

「気にならないのか!? 僕がどうやって鈴木を殺したのか!? どうやってあんなに大量の、鰹節を用意できたのか! 僕の、犯人の唯一の”見せ場”が……!!」


 田中はなおも踠き暴れていたが、やがて男たちにズルズルと引きずられ、襖の向こうへと消えていった。岬岐はお立ち台の上から、連行されていく田中を呆然と見送った。インタビュアーは笑顔を絶やすことなく、岬岐の口元にマイクをぐいぐいと押し付けた。


「最初に死体が発見された時、岬岐さんはゆっくりとベンチにいた容疑者たちの動きを眺め、それから歩き出しましたよね? いわゆるあれが『確信歩き』というか。事件解決を、確信してたんじゃないですか?」

「何を言ってるんですか??」

 戸惑いを隠せない岬岐に、インタビュアーはさらに食い気味に身を乗り出した。

「これで今年に入ってから、死体発見はすでに七件目になりました。絶好調ですね!」

「それってあんまり、良いこととは思えませんけど……」

 台から降りようにも、大勢の男たちがカメラを構えて囲んでいるので、岬岐に逃げ場はなかった。


「第二の殺人。五階辺りから、相手がだんだん”落ちて”来ましたよね」

「えっと、飛び降り自殺に見せかけた、例の死体のことを言ってるんですか?」

「第三打席では、どのようなご心境だったんでしょう?」

「今『打席』って言いましたよね?」

「やはり普段通りでは居られなかった?」

「言いましたよね? 『打席』って……」

「最後に第四の殺人。九階二死の場面。いやぁ見てる方も、痺れました!」

「……人が死んでるのに、”二死”って、数で数えるのやめてもらって良いですか?」

「ご覧ください。本日も、大勢のファンの方々が来てくれています」

「ファンじゃないです。あの人たちは、旅館に泊まっていた事件の関係者の人々です……」

「カメラの前でガッツポーズを! 最後にファンの皆さんにメッセージをどうぞ!」

「……いい加減にしてください!」

 岬岐がマイクをはねのけ、顔を真っ赤にして叫んだ。ざわざわと騒めいていた大広間が急にシン……と静まり返った。岬岐は俯いたまま息を荒げ、訥々と言葉を零した。


「……人が、死んでるんですよ? それなのに、カメラの前でポーズなんて取れるわけないでしょう? こんな時にメッセージなんて、そんなの何も思いつきませんよ……」

「……以上、嵯峨峰岬岐さんのヒーローインタビューでした。それでは放送席どうぞ」

「やめてください。私、ヒーローなんかじゃありません……助けてあげられなかった。止めるべき殺人を、途中で止められなかった。私が未熟だった……それだけなんです」

「岬岐ちゃん……」

 台の上に立ち尽くす新米探偵の目には、うっすらと光るものが浮かんでいた。


「おぉ……!」

「こりゃ、”絵”になるぞ。明日の一面トップはいただきだ」

「連続殺人に悔しさを噛みしめる”悲劇の女主人公ヒロイン”。よし、これで行こう!」

 その様子に、台の下が途端に色めき立った。まだあどけなさを残す少女の泣き顔を撮らんと、大量のフラッシュが焚かれ、大広間は瞬く間に騒然となった。

「やめ……やめてください! 撮らないでください!」

「ちょっと、やめなさいよ! 岬岐ちゃん困ってるじゃない!」

 浴衣を着た女性がカメラを焚く男を止めようと後ろから引っ張ったが、それも焼け石に水であった。大量のレンズを向けられ、白く染まった視界の中で、恐怖に顔を引きつらせる岬岐が次に見たものは……田中だった。


「やめろ」

 襖の向こうから舞い戻ってきた田中は、冷凍の鰹を金属バットのように構え、男たちを睨みつけ静かに呟いた。

「困ってるじゃないか……放してやれよ。それより、僕を記事にするんだ。この事件の首謀者は、僕だ」

「田中さん……」

 今にも鰹で手当たり次第殴り出しそうな剣幕に、カメラマンたちもようやくバツが悪そうに手を下ろした。その隙に岬岐はようやく台から解放され、田中は怒りの形相のまま、男たちにゆっくりと近づいた。

「その子は関係ない。僕が話してやる。この事件の全てを。どうしてこんな事件が起こったのか。なぜ凶器に鰹節を選んだのか。そもそも鰹節の歴史とは、何なのか……」




 次の日。朝刊には、鰹節と一緒に、大量の”敗者”の顔写真が踊った。紙面には事件のあらましや、驚くべき犯行動機、それから鰹節の歴史の記事も並んだ。だけど新聞のどこを探しても、”勝者”のガッツポーズ写真は一枚も見つかることは、なかった。

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