十月、パンプキン・パイ

 お姉ちゃんの頭がカボチャになった。

 人前で緊張したときに、カボチャだとかジャガイモだとかそういうのだと思え、なんて言うけど。

 本当にそうだと、思った以上にグロい。

 せめてジャック・オ・ランタンみたいなら良かったのになあ、なんて思うけど、本来は首があるべき場所に緑のカボチャが載っている。

 なんだか仮面ライダーの悪役みたいにも見えるし、わたしたちって普段こんなグロいもの食べてたんだっけ、って思うし、そんな顔(っていうか、皮という表現がしっくりくる)をした女子高生がしれっと学校に通っている姿は悪い夢そのもの。

 でもやっぱり、お姉ちゃんは人気者だ。

 顔が、アタマがカボチャになったって、お姉ちゃんはそれ以前とほとんど変わらない交友関係を続けていて、本人も、直後はそりゃショックだったみたいだけど持ち前のポジティブさで今は何もないように振る舞ってる。実際、もうそんなに気にならないんだと思う。わたしももうこのくらいの年になれば人間は顔じゃないとか建前とかキレイゴトなんだと思ってたけど、実際にこうやって見せつけられたらそりゃ考えも変わる。

 人間は顔、だけじゃない、築いてきた信頼も大事なんだ。今も友達に囲まれてちょっと困ったようにはにかむお姉ちゃんの顔がカボチャの皮の上から見えるよう。

 なんか、いらいらする。

 別にわたしはお姉ちゃんのことが嫌いじゃないし、ていうかたぶん、外から見たら普通に仲のいい姉妹だと思うだろうし、内側から見ても基本的にはそう。

 だけど、いくら仲が良かったって、気に食わないことぐらいある。わたしはお姉ちゃんのああいう要領のよさが嫌い。前についてた顔だって、たいしたことなかった。わたしのほうが、まだ。

 こういうのってきっと、自分のせいだし、コンプレックスとかそういうのなんだろうけど、それでもやっぱりお姉ちゃんのそういうところはいやだ。だって、わたしはああいう風になりたいわけじゃない。

 お姉ちゃんのいちばん得意なことは愛想笑いで、それができるだけでどれだけ世の中を上手く渡れるのか、っていうことを妹として近くで見てきた。

 あんな風に気を遣ってへらへら笑うのが嫌だから、わたしはなるべく自分に正直に生きてきた。だからわたしには友達が少ないけど、親からも先生からもたまに文句言われるけど、別にそれでいい。

 だけどきっと、お姉ちゃんはお姉ちゃんで自分の生き方に納得していて、気には食わないけどそれはそれで認めるべきなのかな、とは思う。今、カボチャの頭で「これ珍百景に登録してもらえるかなあ?」なんて冗談めかして笑ってるお姉ちゃんの真意なんて、わからないままだけど。

 医者の先生にも原因は分からない、んだって。そりゃ、わかってしまうぐらい前例があったらどこかで目にしてるはずだし、もっと社会現象とかそういうのになってもいいはず。

 こんこん。

 部屋でそんなことを考えていたら、お姉ちゃんが入ってきた。ノックの音がカボチャを叩く音にそっくりだ。

「ねえ、スイちゃん」

「どしたの、かぼ姉」

「だから、その呼び方やめてよ、もう……」

「だって、みんな呼んでるじゃん」

 ちなみにうちの両親は『かぼちゃん』と呼んでいる。コボちゃんみたいだ。

「せめて、スイちゃんだけでもさあ」

「わかった、わかった。……で、何?」

「……肌の手入れって、どうしたらいいと思う?」

 こころなしかカボチャの皮が茹だって見えた。照れているんだろうな、ってのことだけはわかる。

「は?」

「だから、この頭、そのままにしておいたら駄目になっちゃわないかな……って」

「ああ」

「それにそれに、もし念願かなって元の顔に戻れたときに、カボチャの手入れをしてなかったばかりに荒れ放題、なんてなったら嫌じゃない?」

「いや、知らないけど」

「そうかもしんないじゃん!」

「まあ、わからないけど」

 お姉ちゃんはずっとカボチャの皮を撫でている、お世辞にもつるつるとは言えず、ゴツゴツ、に近いけどぎりぎりそこまではいかない感じ。固そう。

「いっそスイカとかだったら良かったのになあ」

 同じ瓜なんだし、とは言うけど。

「それはそれで、そうならなくて良かったんじゃないかな……」

 頭がスイカ、だなんて。ちょっと想像したくないというか。

「……そう?」

 お姉ちゃんはそこまで頭が回らなかったみたいで、首を傾げている。

「とにかく、どうしたらいいと思う? 水とかあげるべき?」

「花ならともかく、もう立派な実だからなあ……」

 かえってよくない気がする。

 沈黙。

 お互い、良い考えが浮かばず、ただテーブルの前でお見合いが続く。

 我慢できずにお茶でも淹れてこようかと思ったけど。

「ていうかさ」

「どうしたの、スイちゃん」

「かぼ姉、食事ってどうしてるの?」

 冷静に考えて、いや最初から、根本からおかしいのはわかってるんだけど、これがたとえば動物の頭になってた、とかであれば(やっぱり怖いけど)生態がどのぐらいまでその動物に引きずられるかはともかく、何かを食べるんだろうなってわかるんだけど。

 カボチャだもんなあ。根の代わりは人の身体だもの。

「え、食べてないよ?」

「へっ?」

 思わず間抜けな声を出してしまう。

「だって口ないじゃん」

「でも喋ってるじゃん」

「それは……気合い?」

「いやいやいや……じゃあ目はどうなのさ」

「それも……気合いかな?」

 ダメだ。わたしがため息をつくと、お姉ちゃんはなんとか察したみたい。

「わたしにもわからないんだけど、目も見えるし耳も聞こえる、喋ることもできるのよ」

 なぜか、と言って首を傾げるお姉ちゃん。

「でも、食べたりはできないんだ?」

「そう。だから、もしかしたら」

 お姉ちゃんは、笑わないでね、と言って続ける。

「なんていうのかな、心の目とか、心の耳とか、そういうのなんじゃないかなって。あっでも別に人間に見えないものが見えるとか、人の思ってることがわかるとかじゃないのよ?」

「へ、へえ」

「信じてない?」

「そんなことはないけど……」

 確かに、普通そんなことを言われたら怪しい、とか現実に引き戻さなきゃ、って考えると思う。でも、目の前のカボチャに言われてしまえば信じるしかない。

「ほんとうに、カボチャなんだよね。なぜか聞こえるし見えるし喋れるけど、ガワを叩くとコツコツいい音がするし、きっと中身までカボチャ」

 冗談めかしたその言葉は、なんだか悲しそうっていうか、何かを我慢しているみたいに聞こえた。

 お姉ちゃんは表情豊かだ。カボチャになっても、仕草とか、ちょっとした言葉の端にそういうものが現れる。

 こんなお姉ちゃんでも、っていうのは流石に失礼だけど。自分だって、頭がカボチャとか、スイカとか、冬瓜になったらイヤに決まってる。

「みんな、友達とか、お父さんお母さん、スイちゃんはいつも通りに振る舞ってくれるけど。……そういう風に振る舞おうとしてくれてるけど」

 なにかあったのかな。

 そういや、そもそも肌の手入れとかそういう話だったような気もする。

 そんなわたしの疑問が顔に出たのか、お姉ちゃんは覚悟を決めたように話し始めた。

「スイちゃん、お姉ちゃんね、フラれちゃった」

「……そっか」

「わたし、こんな頭になっちゃったし、戻れたら話は別だけど、もう、いいかなって思ってたのに。……なのに」

 向こうから、と言ってお姉ちゃんは俯いた。泣いているのかもしれない。カボチャの皮に水滴がつくことはないけど。

「お姉ちゃん、もう、いい。大丈夫。わかったよ。続けなくても、いいよ」

 お姉ちゃんは小さく声を上げて泣いている。

「……わたし、何もする気、なかったのにな。そんなに、わかりやすかったのかな」

 お姉ちゃんはそう言って、黙って、少しして、ごめんね、と小さく呟いてから自分の部屋に帰ってしまった。

 次の日、お姉ちゃんは動かなくなっていた。

 ベッドに倒れ込んだままのお姉ちゃん、というかカボチャの頭はまっぷたつに割れていて、自分でやったにしてはあまりにもきれいな断面だけど、誰か部外者がやった、という痕跡も無さそうだ。うちの両親がおかしくなっちゃった、というのもあまり現実的じゃない。

 カボチャ以外の、身体の部分は何一つ傷が無くて、お人形みたいに白くなっていた。人は死んだら腐るんだと聞かされていたけど、そういうこともなく、頭を枕かなにかで隠せばただ眠っているだけのように見える。

 両親は悲しんだ。

 クラスメイト達も悲しんでいたらしい。

 わたしはどうだろう、覚悟していたような気がする。昨日の時点で。あっても、おかしくなかった。

 割れたカボチャは、少しだけ無理を言ってわたしがもらうことにした。

 お菓子にして、食べてしまおう。うんと甘いお菓子がいい。クッキー、ぜんざい、パイ。カボチャが嫌いなお姉ちゃんも食べられるような。

 わたしは台所へ行き、包丁を取り出した。

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