六月、殺人者の花嫁に捧げるミロンガ

 ねえ、私の魂ってどんな色してると思う?

 いつか、姉は俺にそう尋ねた。どう答えたかは覚えていない。適当に、生返事しか返さなかったのではないかと思う。


 姉の死体を小学校の裏山に埋めた。隣には姉の恋人だったものが埋まっている。というか、そちらを埋めたのも俺なのだが。

 まあ、まあ。

 姉を殺したのは俺だが、姉の恋人を殺したのは姉自身だ。いや、自身の使い方あってるか? まあいいや。

 小さい頃、死んでしまったペットにそうしたように、小さな山を作り、木の枝を立ててやる。童心に返る。小学校の裏山で。

 姉さん。

 俺にはちょっと、魂の色、見えなかったな。

 姉がナイフを持って出かけたのは昨日のことだ。帰ってきたとき、軽自動車の後部座席に置いてあるドラムバッグから異臭がした。

 ねえ、ねえ。

 姉さんも、死にたいなあ。

 甘えるようなその言動は、自殺はしたくないという強い意志が感じられ、自分のことを殺してくれる人物が目の前にいる、という強い信頼を感じさせるものだった。

 俺は姉さんのことを殺したいほど、殺してもいいほど、愛していたので、殺した。作業風景に関しては割愛する。家畜と違ってえらく手間取ったのはご愛敬、だ。殺人にも効率化が求められるかどうか、それは今後の社会情勢によるんじゃないだろうか。人の温かみを感じさせる昔ながらの殺人も、オートメーション化された近代的な殺人も、二時間ドラマの灰皿も、それぞれに違った味がある。

 姉はもてる人だった。

 そして、姉は告白の断り方を知らなかった。すべての告白を受け、老若男女問わず様々な人間と付き合い、そして大体の場合は向こうから離れていった。恋多き人、というよりは恋を知らない人だったので。

 そんな姉が最後に恋をした。

 ある日、姉と二人でボークスのショールームに出かけた時に、わたし、好きな子が出来たんだよね、と言われ、思わず頭からガラスケースに突っ込みそうになるほど驚いたものだ。

 その後ドラムバッグの荷物になって我が家にやってくる人間のどこに、姉をそこまで虜にする魅力があったのかはわからない。

 やがてその女性と姉は付き合うようになり、俺はひたすらのろけ話を聞かされた。聞けば聞くほど凡人にしか思えなかった。おそらく携帯などに写真が入っていたと思うのだが、結局見ることはかなわなかった。なので見た目に関しては何とも言えないのだが、姉曰く、人形の瞳のような、深い緑色の魂をしてる、とのことだった。

 姉さん、魂に色なんてねえよ、やっぱり。

 人体というのは汚く出来ているものだ。ばらすとよくわかる。もし、姉さんに何かが見えていたとしても、それは錯覚なのではないかと、誠に失礼ながら、思う。二人、だったものに手を合わせながら。

 そうだ、線香でも買ってくるか。

 姉の死に顔はきれいだった。死んでまできれいな人だった。あんなにみっともなく殺した俺が恥ずかしくなるくらい、安らかな顔で死んだ。あまりにもきれいだったので、腐る前に、死んだ彼女に当てつけるように、犯してやろうかと思ったが、やめた。ドラムバッグがもうひとつあればラクだったんだけどな、と思いながら寝袋を持ってきて、ソフト棺桶みたいなもんだろ堪忍なと思いながら姉だったものを詰めた。

 殺したのはひとりだが、埋めたのはふたりだ。何か理不尽なものを感じないでもないが、まあ埋めることを決めたのは自分なのでボランティアみたいなものとして割り切る。作業は困難を極め、と言うほどでもなかったが、まあ、面倒だった。見つかる心配はしなくていい。というか、別に見つかったっていい。すべてはもう済んでいて、終わっていて、あとには何も残っていないのだから。

 姉は人形が好きだった。女の子の人形を二体並べて、よく結婚式ごっこをしていた。あれはきっと、予行演習だったのね、とのろけながら姉は言う。姉は人形のような可愛い人ではないが、姉の彼女という人もまた人形のようとは言えないらしい、などと回りくどい言い方になってしまうのはやはり俺がその人の容姿を知らないからだ。

 ドラムバッグはそのまま埋めた。中身を確認するまでもなかったし、挨拶をしようにも首が、顔が、原形をとどめているかすら怪しかったのだ。

 姉はナイフを持って出かけたはずなのだが。

 どうしてここまでコンパクトに出来たのだろう? 流石に本人に尋ねるのはデリカシーに欠けるかな、などと思っているうちに殺してしまったため、謎のままだ。

 疑問は尽きない。

 しかし、どうでもいい。

 ドラムバッグいっぱいの異臭と、ソフト棺桶いっぱいのかつて好きだったものを埋めて、そうか今必要なのは葬式ではなく結婚式なのか? という気もしてくる。姉はもう姉ではなく、今更俺が何をしたからといって喜ぶことも悲しむことも出来ないはずだし、天国にいようと地獄にいようと俺のことを思い出す暇もなく何かしているだろうが。地獄の怖さは何となくわかる。いや、行ってみなけりゃわからないだろうが、現世の時点でさんざ脅されるのでなんとなくブラックなんだろうな、ということぐらい想像できる。では、天国はどうなんだろう? 何もしなくていい? 天国ならではの業務がある? 何もしない、をするしかないのか。何もしなくてもいい、に縛られ続けるのか、などと考えるのは俺があまりに働き蟻として調教されてしまっているからだろうか。

 そんなことより、結婚式だ。

 とはいえ、牧師なんて真似すら出来ないぞ。友人に誘われたのは披露宴ぐらいで、教会で愛を誓う瞬間というものは漠然と創作物でしか、いや、それすらまともに見ていないのでは。

 教会で、愛する二人が、結婚式を挙げる。

 ありがちなシチュエーション、と感じるにはハードルが高くないか? 実際、俺はぱっと浮かばないぞ。

 とりあえず、ロウソクでも立てるか? いや、それじゃ誕生日ケーキみたいだ。キャンドルサービス? いっそ山ごと燃やすのもいいかもしれない。よくない。もう少し情緒があった方がいい。

 少しだけ考えて、俺は姉の部屋に飾ってあるドールを持ってくることにした。一番目立つところに置いてあったブライスがいい。二体のうち片方が、それはきれいな緑色の瞳をしていて、きっとこれが姉さんの恋人の魂の色なんだろうな、と考える。ついでに、子供の頃よく遊んでいたシルバニアファミリーの教会のミニチュアを押入から引っ張り出す。

 だんだん小学校の裏山の一角が祭壇じみてきた。これは楽しい。童心に返る。気持ちよくなってきて、楽しくなってきて、牧師とやらの真似を始める。牧師なんて知らない。牧師のようなものすら記憶にはない。じゃあ俺が今やっているのは何だ? これは祝福で、誰かの形を、誰かの形ということすらわからないぐらいあやふやな形を借りた祝福で、俺は姉さんのことが好きだから幸せになって欲しいのだ。神に祈ろう。ありとあらゆる神に祈ろう。神だったものに祈ろう。念のため地獄にも挨拶をしよう。姉さんが万が一そっちに行くことがあっても幸せになれますよう。ありとあらゆる極楽を巡れるよう姉の旅路を祝福しよう。

 なるほど少しずつ見えてきたかもしれない。姉がどうして恋人を殺したのか。もしかしたら見えていないのかもしれない。でも楽しい。好きすぎて殺したのかもしれない。嫌いになって殺したのかもしれない。祝いたくて殺したのか、呪いたくて殺したのか。考えるのは嫌いじゃないぞ。そして答えが出ないというのも。

 小さな結婚式場にはもはや線香は似合わない。ロウソクを一本立てて、火を着ける。きっと今、天国と地獄の境目で姉さん達のキャンドルサービスが行われているのだ。俺はそのロウソクから火をもらい、タバコを吸う。このタバコは火葬場の煙突であり、昇っていく煙は煙は俺の寿命だ。魂の色は見えないが、寿命が消えていくのはわかる。

 姉さん、姉さん。

 恋人はどうだった? 付き合うってどうだった? 愛するってどうだった? 幸せだったかどうかを確かめる術は無かったしもう無い。いつかの幸せそうにのろけていた表情は心からのものだったのか、俺にはわからなかった。

 姉は恋のわからない人だった。愛のわからない人だった。俺は姉のことがわからなかった。俺と姉は仲が良かった、と少なくとも俺は思うし端から見てもそう見えたであろう。しかし姉はどうだ? 俺はやはり、わからなかった。

 姉の恋人という人は、彼女だったという人は、あのドラムバッグの中身はそれを変えてみせたのだ。誰にもわからない女であった姉という人を、どこにでもいる、どこにでもいそうな、どこにいてもおかしくないような女に変えてみせた。それが恋によるものだというのなら、愛によるものだというのなら、恋愛によるものだというのなら、俺はそれらも知らなかったということになる。

 タバコの灰が土に落ちる。小さな赤い火とともに俺の寿命が削れていく様をあの美しい緑の魂が見つめている。

 答えは無い。

 俺は何を知りたかったのか、俺は何を知れば良かったのか。姉だったものを埋め、姉だったものの恋人だったものを埋め、小さな祭壇は結婚式を始め、吸っていたタバコは携帯灰皿へと吸い込まれた。


 ねえ、私の魂ってどんな色してると思う?

 姉の恋人という人はどう答えたのだろう。姉は、何色の魂を持っていたのだろう。ふたりの魂は、混ざり合って何色になるのだろう。天国へ、地獄へ、教会へ。ふたりで。俺は二人を小学校の裏山へと運んだ。それから先は、誰が運ぶ? 天使か、悪魔か。ゾンビか、神か。サンタクロースか。運命。

 空を見上げる。続く曇天が結婚式にうってつけの日だよと囁く。そうだろうか。今日ではない。今日だけではない。いつもいつだって世界中どこかで誰かが愛を囁き恋に焦がれ永遠を誓っているのだから。

 雨がロウソクの火を消した。

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