7、いつもの夜
「ふぅ……」
私は古典の教科書を閉じ、デスクチェアーに体重を預けた。
予習、ではない。明日は古典の授業は無いし、他の授業の予習は既に終えた。
ちょっとだけ不安になったので、黒板から抹消されたであろう箇所を念の為復習しといただけ。私は授業中の居眠りを常態化させている親友とは違うのだ。
時刻は丁度12時。いつもは父さんが帰ってくる時間だけど、その予兆は全くない。今日はちょっと遅くなるのかもしれない。
心情的には、夜遅くまで仕事をしている親を出迎えたいところだけど、その親から無理して待たないように、と釘を刺されている。夕食は温めるだけで済むように万全の状態でセットしているし、まぁ問題ないかな。
「…………」
寝よっか、とベッドに向かう私の視界に、それが映る。
クレヨン。昨日受け取った、七色のクレヨン。
どう扱うべきかも分からず、とりあえず分かり易い位置に飾ってみたは良いけど……これはこれで変かな。悪目立ちしていると言うか。
何の気なしに手に取って見る。昨日と違って仄かに温かく感じた。
「ヒサ君、このクレヨン好きだったなぁ……」
私とヒサ君が出会ったのは、小学4年の時。まだまだ子供には違いないが、七色しかないクレヨンはさすがに色が少なすぎる。
それも、黒やグレーといった暗めの色や白すらもない。それもそのはず。このクレヨンのテーマは〝虹〟だからだ。
つまり、赤、オレンジ、黄、緑、水色、青、紫の7つ。ヒサ君はお母さんにもっと色の沢山あるクレヨンをねだる事もなく、絵画教室の周りの人が学年が進むにつれて絵の具と筆を使い始める中、この7つの色だけでとても綺麗な絵を描いていた。
それなのに、ヒサ君は…………、
「……わわっ、ごめんねヒサ君!」
無意識の内に手に力が入って、クレヨンが手の中か滑り落ちた。七色が中から飛び出し、バラバラと床を転がる。
敷いてあったカーペットが衝撃を和らげてくれたのか、幸いにも折れたり欠けたりしてはいないようだ。ほっと胸を撫で下ろし、赤、緑、紫、と拾い集めていく。
「……あれ?」
黄色のクレヨンを拾い上げようとした私は、その時になってようやく気付いた。
これ、ヒサ君が使ってたモノの遺品、って言ってたよね?
なんで、どの色も短くなってないの……?
どれもこれも、長さが全く一緒だった。と言うか多分これ、七色全てが新品同然の光沢を放っている。
使ってた、とは言ったけど、実際はまだ開けてないクレヨンだったのかな? ヒサ君はこのクレヨンしか使ってなかったから、あらかじめ買い置きしていてもおかしくないし。
多分そうだ。適当に結論付け、七色を一つ一つ箱に戻していく。こつっ、こつっ、と小気味良に音を立てて、小さな虹が形作られていく。
「……よし、元通り」
ごめんね、ヒサ君。もう一度クレヨンに謝り、元の場所に戻す。置き場所については……明日になって考えよう、うん。
電気を消し、羽毛布団の下に潜りこむ。少し前までは毛布だけで何とかなっていたけれど、急激に冬が近づいて来ているのか、今はもうこの布団無しでは寝られそうにない。
今日みたいに授業中に居眠りしない為にも、しっかり寝ないと。目覚ましを掛けた事を確認して改めて布団を被る。窓の外から聞こえる野良犬の声に揺られながら、私の意識は少しずつ遠くなっていく――――
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