5、転校生

「いやぁ……さっきので律のミステリアスキャラの牙城がちょっと崩れちゃったかもねぇ」

「崩れるもんなら崩れて欲しいけど……あんな崩れ方はイヤ」

「次からは、もうちょっと場所を選ぼっか」

「……あんな話題に次があって欲しくも無いけど」


 化学室の掃除を終えた私と舞花は、食堂の外にある自動販売機、その脇にあるベンチで虚し過ぎる反省会をしていた。


食堂は校舎の一階にあり、外に出ると憩いの広場的な空間が広がっているのだ。辺りには他にもたくさんのベンチが置かれていて、昼休みともなれば上級生を中心に、大量の生徒達でごった返しているが、放課後の今はかなり閑散としている。


 季節柄、そして夕方と言う時間帯のせいでかなり肌寒い。私はホットココアの入った紙コップをずず、とすすり、ほうと息を吐いた。


「やっぱ、温かい飲み物は寒いとこで飲んでこそ、よね」

「そう? ウチは寒いとこで冷たいモノを飲んで震えるのを楽しむタイプだけど」


 ドMか。そう言いかけ、止める。こんな屋外でさっきみたいな言い合いにでもなったら目も当てられない。


「……ありゃ?」


 と、舞花のケータイの音が鳴り響く。舞花は自分の飲み物を私に預け、立ち上がりながら電話を取った。


「もしもし……あ、こみやん? どしたの…………うん、りょーかい。すぐ行くね」


 手早く通話を終え、私に向き直る。


「なんか実行委員会の方での話し合いがあるらしいから、生徒会室行ってくるよ。クラスの方で何かあったら連絡してね、律」

「分かった。……で、これは?」


 舞花の飲み物を見やる。持ってるだけなのに指先が冷たくてかなわない。


「あ、そっか。飲んでいいよ?」

「断る」

「だよね~」


 紙コップを受け取り、一息に空にしてくずかごに入れる舞花。やがてぶるっと大きく身震いした舞花は、屈託のない笑顔を残して校舎の方へと走り去っていった。


(…………さて)


 話相手がいなくなった以上、残ったのは秋の寒さだけ。気が付けば、さっきまで周りにいたはずの数少ない生徒達もいなくなっている。


 ホットココアを飲み干し、紙コップをくずかごに放り投げた。かごのへりに当たり、バウンドしつつも中に入る。


 何となく満足し、立ち上が


「こんにちは」


 ろうとした矢先、静かな声が降ってくる。


 いつの間にか、誰かがベンチの横に立っていたのだ。長い黒髪を揺らしたその女子生徒は、にこりと私に笑みを投げた。


 私への挨拶……で間違いないらしい。けど、誰?


 ブレザーの袖に赤いラインがあるので、同学年には違いない。が、僅かに垂れたまなじり、常に微笑を受かべているような優しい口元など、おっとりとした大和撫子とでも呼ぶべき清楚な顔立ちに、全く覚えがない。


「ふふっ。不思議そうな顔をしていますね」


 彼女は言う。笑みを絶やさず、少しだけ楽しそうに。


「あ……その、私」

「では、あなた誰? というじきに飛んでくるであろう質問に先んじて、自己紹介をする事にいたしましょう」


 そう言った彼女は居住まいを正し、礼儀正しく腰を折った。


「あたしは津至都つしとリオナ。津波のツ、至るのシ、都のト。名前は全てカタカナです。よしなによろしくお願いしますね?」

「………………」


 先んじて自己紹介されたのはいいが、やっぱり『あなた誰?』と問いかけたい気持ちでいっぱいなんだけど。


 ツシト……? 珍しい名字だ。一度聞けば印象に残るはずだし、多分初めて聞いた名前だと思う。


「……もしかして、転校生の子?」


 ふと、その思考に思い当たった。彼女は朗らかに言う。


「御明察です。ツシト、と呼ばれるのはあまり好きではありませんので、リオナとお呼びください。あたしもあなたを律、と呼びますね。音無律さん」

「あ……うん」


 なんかなし崩し的に距離を縮められた気がする。強引と言うか何と言うか……変なヤツ、というのが第一印象だ。


 彼女――リオナは満足気に胸を張り、私の横、ベンチに腰を落とした。こうなると私も立ち上がりにくい。浮かしかけた体をゆっくりとベンチに戻す。


「昨日あたし、律に手を振りましたよね? あの時はちゃんとご挨拶ができなくてすみませんでした」

「ああ、昨日の……」


 確かに、遠目で見たあの女の子像と雰囲気が似てる気がする。私は改めて、彼女の全身を見渡してみた。


 身長は私と同じくらい、体格も同じくらい。長さは違うけど同じ黒髪。けど……、


「あの~、律?」


 と、リオナの少し恥じらったような声。彼女はその長い黒髪を人差し指に巻き付け、顔を逸らした。


「あまりあたしの胸元を凝視されても困ると言いますか、恥ずかしいと言いますか」

「ご、ごめん!」


 いけないいけない。さっきの舞花との話があったせいか、ほぼ初対面の女の子の胸をガン見してしまった。


 いや、だってさ、大きいんだもん……別にこれはひがみとかじゃなくって。でもほら、やっぱり多少は思うとこが全くないわけではないと言うか。


 身長や体格は私と同じくらいなのに、どうしてそこだけ決定的に違ってしまっているのか。神様は不公平だ。ホント。


「もしかして律って、女の子が好きなタイプです?」

「違います」


 ただでさえミステリアスにされてるのだ。余計なキャラ付けはもう勘弁してください。


 ぶんぶんと顔を振って否定した私に、リオナは良かった、とその豊満な胸元に手を当てて安堵? の息を吐く。


「……って待って。あなた、転校生なんだよね?」

「はい、そうです」

「何で私の名前知ってるの?」

「さぁ、何故でしょう? 二人だけの秘密って事で」


 ……めんどくさい。て言うか、二人だけ、じゃないし。私が知らない時点であんたの秘密でしかないし。


 自分勝手……いや、マイペース、かな。調子が狂うし、なんか疲れる。ホントに何なんだ、この子は。


「さて、と」


 と、リオナがベンチをぎしりと軋ませ、勢いよく立ち上がる。何の前触れもないその動きに、私の肩がびくぅ! と震えた。


「な、なに?」

「あたし、もう行きますね。寒くなってきましたし、いつまでもこんな寒いところにいてはいけませんよ? 律」


 それでは、とリオナが足早に去っていく。私は彼女を呆然と見やるしかなかった。


 電光石火、木枯らしの如し。こっちの都合なんて全く考えず、言いたい事だけ言ってどっか行っちゃった。


「……私を呼びとめたのはどこの誰だっつーのよ」


 一応、届くはずもない反論をした私は、改めて立ち上がる。


 うん、今のは転校生と言う名のただの木枯らし。気にしても時間の無駄。


 無理やり自分を納得させ、私は校舎の方へと歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る