二章 伝説と予言の青い薔薇、そして殺人鬼(後編)




 朝です。今日も、シャルラン、元気です!


 朝ごはん(光合成)を終えたご主人さまは、宮殿へ行くための正装に着替えました。青とか黒とか、白なんかも似あうんですけどね。

 でも、今日は、地味なブルーグレーの服。

 青い髪は流行りの白髪のカツラでかくしました。

 わざと地味なカッコをして、なるべく目立たないようにしているんです。

 人間に目をつけられると、ギロチンで、火焙りですから。違うって言ってるのに……。


「シャルラン。さっさと行って、さっさと帰ろう。辻馬車をひろっておくれ」

「はーい。広場まで行けば、ひろえますよ」


 いつも辻馬車がたむろしている広場へ歩いていくと、なんだか町がさわがしいです。


「また出たらしいよ」

「例のやつか」

 すれちがう人たちが、そんなことをささやいていました。

 おかげで、ご主人さまが、しりごみしちゃったじゃないですかぁ。


「……やっぱり、僕、帰ろうかな」


 あたしは急いでご主人さまの手をつかまえ、同時に道行く人にたずねました。

「何かあったんですか?」

「例の人殺しさ。港のほうで、また死体が見つかったらしい。酒場の女だそうだよ」


 ウワサの連続殺人犯ですね。

 また女の人が犠牲になったようです。

 心が痛みます。


「イヤですねぇ。これで何人めでしょうか。ご主人さまもウワサはご存知でしょう?」

「知らないよ。そんな恐ろしい話、初めて聞いた」


 そうか。ご主人さまはお屋敷から一歩も外へ出ないんでした。


「キレイな女の人が狙われるらしいです。ご主人さまも気をつけてくださいねぇ」

「シャルラン。僕はいちおう、男ってことになってるんだけど……」

「ご主人さまは女の人よりキレイですから! じゃあ、お城へ行きましょう」


 辻馬車に乗りこんで、お城の門前まで来ました。

 城門は兵隊さんたちが見張っています。でも、人形師のベリーヒトだと名乗ると通してくれました。

 宮殿に入ると、長いろうかのむこうから、フローランさんが走ってきます。


「ああ、ベリーヒト。来てくれたのか。よかった。女官に話はしてあるから、姫さまのところへ行ってくれないか。私はこれから、断崖の魔術師のところへ行かなければいけない」


 思わず、あたしはつぶやきました。

「あの残念な感じの人ですか。ウワサって、あてにならないですねぇ」

「……そうなのか?」

「見たら、フローランさんも、そう思いますよ。すごく、かわいそうな気になります」

「…………」

 フローランさんは首をかしげながら去っていきました。


「あたしたちも、あとで会いに行かないといけないですねぇ。ご主人さま」

 あたしが言うと、ご主人さまは憂うつそうな顔になりました。なんでしょうか? ご主人さまのお兄さんなのに。


 ご主人さまは話をそらします。

「お姫さまは、どこにいるの?」

「はい。こっちです」

 あたしはご主人さまを案内して、後宮へまいりました。


 お姫さまの部屋まで行くと、姫さま付きの侍女さんが、ため息をついています。

「姫さまなら、あなたがたが来ると聞いて、お庭へ行ってしまわれました」

 ご主人さまは、あたしのかげにかくれているので、かわりに答えます。

「そうですか」


 侍女さんは悲しげに言いました。

「ほんとは姫さまは、おさびしいのです。母君を亡くされたばかりでなく、父君は国王として、ご多忙の身。いつも、お一人ですから。ベリーヒトの天才的な腕前は、わたくしも聞きおよんでおります。どうか、その腕で、姫さまをおなぐさめしてください」

「わかりました!」


 おお、ご主人さまが、やる気です。

 さっそく姫さまを探しに庭へ行きます。

 中庭は色とりどりの薔薇の花が咲きほこっていました。

 ご主人さまは、そばの黄色い大輪の花に手をあてて、うなずきました。

「姫さまは、あずまやにいるそうだよ」


 いいですねぇ。植物と話せるの。あたしも、なんとなく、お花の気持ちくらいはわかるんですけど、お話はムリです。


 薔薇の並木に、つる薔薇のアーチ。

 赤、白、ピンク、オレンジ。

 いろんな色の薔薇が宝石のよう。

 歩いていくと、たしかに、お姫さまは白い屋根のあずまやのベンチにすわっていました。

 そばかすだらけのよこ顔。

 あまり王さまには似ていらっしゃいません。


「姫さま。探しましたよ」

 あたしが声をかけると、姫さまは逃げだそうとしました。


 すると、ご主人さまは近くの薔薇の葉を一枚つんで、指さきで丸めました。

 葉っぱは小さな緑色の小鳥の形になったかと思うと、すうっと羽ばたいて、姫さまのほうへ飛んでいきました。

 姫さまが目を見ひらいています。

 ご主人さまは笑いました。


「お気に召しましたか? 僕の小鳥。でも、これは材料が葉っぱだから、葉が枯れるころには、もとの姿にもどってしまいますけどね」

「だ……誰? 断崖の魔術師? 魔法なの?」

「僕は人形師ベリーヒト。魔法というか……まあ、カラクリです」


 ほんとは魔法なんですけどね。


「薔薇の花が言いました。いつも一人で泣いているお姫さまがかわいそう。だから、あなたのために葉をつむことをゆるしてくれました。つまれれば、薔薇だって痛いけど。花は、みんな優しいのです」


 ご主人さまの言葉を聞いて、お姫さまは、くちびるをかみしめました。

「ウソつき! 花なんて痛がらないわ。だって、花には心なんてないもの!」

「花にも心はありますよ。優しく接すれば、優しく応えてくれます。愛情をこめて育てれば、かならず美しい花を咲かせてくれます」


 姫さまは、せせら笑いました。

「ウソばっかり! 花に人間の気持ちなんてわからないわ。話しかけたって返事もしないし、つまれたって痛くない。こんなことしたって、なんにも言わないじゃない!」


 あッ、なんてことするですか。

 とつぜん、姫さまは乱暴者の怪獣と化しました。庭木の花を手あたりしだい、むしっていきます。


 ご主人さまは自分が切り刻まれているように、苦しげな顔をして、胸をおさえました。

 涙がご主人さまのほおにあふれてきます。

 あたしが姫さまにとびつこうとすると、ご主人さまがさえぎりました。


「でも、ご主人さまーー」

 ご主人さまは首をふります。


 姫さまは息をきらして手を止めると、勝ちほこったように笑い声をあげました。

「ほら、ごらんなさい。花なんて、なんにも言わないわ。花が痛いって言った? 花の悲鳴が、おまえに聞こえた?」


 ご主人さまは悲しみに満ちた目で、散乱した薔薇の花をながめ、かきあつめました。

「聞こえました。薔薇たちは言いました。ほんとに痛いのは姫さまだから、責めないであげて……と」


 ご主人さまの手のなかで、つまれた花たちは、花びらのドレスを着た小さな女の子になりました。女の子はご主人さまの手から離れ、ととっとかけて、姫さまにすりよります。


「姫さま。ほんとは優しいよ。いつも声かけてくれるよ。きれいね、大好きって言ってくれるよ。ごめんね。わたしたち、花だから、ありがとうって言えなくて。わたしたちも姫さま大好きって、言えなくて。ごめんね」


 ううっ、なんて、いい話でしょう。

 シャルラン、涙が止まりません!

 シャルランは泣きました。

 姫さまも泣きました。

 ご主人さまも泣きました。

 三人と一体(薔薇人形)と一羽(葉っぱ小鳥)は、抱きあって泣きました。


「……ごめんね。むしって、ごめんね」と、姫さま。

「いいのぉ。姫さまと話せたから、いいのぉ」

「わたしの友達は、ローズだけだよ」


 うーむ。さすがはご主人さま。

 この短時間で、難易度の超高い姫さまの心をひらかせてしまうとは。


 ご主人さまは、ニッコリ笑いました。

「姫さまのお人形、決まりましたね。この子たちの花びらを土にまぜて、陶器の人形を造ります。このままでは、花が枯れたときに動かなくなってしまいますから。

 姫さま。一晩だけ、この子を借りていきますが、しんぼうしてくださいますか?」

「ローズを殺しちゃうの?」

「長生きできるボディに変えるだけです。この子の本体は、この庭の薔薇の木たちですから、ここの木が生き続けるかぎり、ローズの魂も、ずっと人形に宿り続けます」

「じゃあ……しかたないわね。一晩だけのガマンだもんね」


 ローズも大喜びです。

「わーい。そしたら、ずっと、姫さまと話せる?」

「話せますよ。いっしょに、かけっこしたり、かくれんぼしたり、おそろいの服を着たり、いろんなことができますよ」

「ありがとう、ビュリオラ。早く姫さまと、いっぱい、いっぱい遊びたいよ!」

「では、早々においとまして、仕事にかからねばなりませんね」


「待って」と、姫さまが呼びとめます。

「リーフも人形にしてあげて」

 小鳥のことですね。

 もちろん、ご主人さまは承諾します。

「では、姫さま。明日にはかならず、この子たちをつれてまいります」


 帰っていくあたしたちを見送って、侍女さんが、こっそりグーサインを送ってくださいました。


 さて、その途中、エントランスホールで、外から帰ってきたフローランさんに会いました。

 エイリッヒさんは……いっしょじゃないですねぇ。

 なんだか、フローランさん、難しい顔をしています。

 そばで、わめいてる、むさくるしいヒゲのおじさんのせいかもしれません。


「おら、見ましただ。あの女を殺したのは、いつも酒場に来てる男ですだ。そりゃもうキレイな金髪の兄ちゃんですだよ」

 ものすごい外国なまりです。

 頭にまいてる赤いバンダナ。服装から言って船乗りでしょう。


 それにしても……。


(金髪の、ものすごくキレイな男の人……)


 どっかで見たような人ですねぇ。


「たしか、ミケーレとか呼ばれとりましただ。あそこらは、おらたち船乗りのナワバリですだに、いろんな酒場で飲み歩いて、娘っこにキャアキャア言われとりますだ。うらやましいですだ」


 ああ……やっぱり。


 フローランさんが念を押します。

「見間違いではないのだな?」

「絶対、あいつでしただよ。おらが、ほどよく酔って、宿に帰ろうとしたらば、血だらけのナイフ持って立っとりましただ。女の死体がころがっとりました。あの顔はまちがいなく、あいつでしただよ。殺されたマチルダは、あいつの恋人だと言っとりました。もっとも、あいつの恋人と名乗る女は、あのへんだけでも十人はおりますですだ」


 むう……女の敵ですよ。エイリッヒさん。

 でも、マチルダさんって、たしか昨日、人魚のなんとかで出会った女の人ですよねぇ?

 殺されたのは、あの人だったんですか?

 知ってる人が殺されるって、悲しいです。

 しかも犯人は、ご主人さまのお兄さん。


 幸いにして、まだ断崖の魔術師が、ミケーレさんと同じ人だとは気づかれてないみたい。

 これは行って、たしかめなければです。




 *



 ご主人さまをせかして、大急ぎでお屋敷へ帰りました。

 ご主人さまは仕事部屋へ直行です。

 あたしは、そのすきに、そうっとお屋敷をぬけだし、断崖へ猛ダッシュ。


「こんにちはァ。お兄さまぁ。リンデさーん。どなたかいませんか? おーい、あけてくれないと、玄関ぶちやぶっちゃいますよぉ」


 なんか、すごい速さで走ってくる足音がして、扉が思いっきり、ひらかれました。

「やぶるな! おまえが言うと冗談にならんわ。この怪力女!」

 出てきたのは、リンデさんです。


「す……すみません。でも、どうしてもお話がしたくてですねぇ。あの、お兄さまはいらっしゃらないんですか?」

「誰が誰のお兄さまだよ」

「エイリッヒさんですよぉ。別名、ミケーレさん」

「……やっぱり、おまえも捕まったか」

「は? 捕まるのは、ミケーレさんですよ? お城で聞いてきたんですけどね」


 わけを話すと、リンデさんは頭をかかえました。


「早ぇよ! もうバレたのかよ?」

「あのぉ? まさか、ほんとにエイリッヒさんがマチルダさんを殺したんですか?」


 リンデさんは青い顔で、うなりだしました。

 そこで、ふっと思いだしたんですが、そういえば断崖の魔術師は、たくさん人を殺してきた悪いヤツでした。


「ああッ! そうでした! ご主人さまのお兄さまだからって、悪いやつは悪いやつです。成敗しなくちゃなのでした!」

「待て待て待てって。おまえは、なんでそう短絡的なんだ。違う。違う。今、さらっと気になるワードが出てきたんで、説明してやるけどな。生皮はいで、はく製とか、シチューとか、骨メイドとか、あれ全部、おれたちが流したデマだ」

「デマ?」


 デマとは流言。

 つまり、作り話ってことですよね。


「そう。デマ。ウソ。ほら話。だからだな。エイリッヒはスゴイ人嫌いなんだよ。みんなから怖がられて、さけられるように、わざと恐ろしいウワサ話を自分で流したの。ほんとは、ただの厭世家えんせいかの魔法使い。人間を殺したことは一度もない」


 シャルラン、感激です!


「そうですよね! お兄さまが、そんな悪い人なわけないですよね! よかったです。信じてましたよぉ」

「さっきまで成敗とか言ってなかったか?」

「え? 誰が?」


 リンデさんは、ため息をつきました。

「……今までは、そうだったんだけどな」

 ちろっとリンデさんが奥のほうに視線をなげると、そこに、エイリッヒさんがすわっていました。シャルランを見て、にっこり笑って近づいてきます。

「白薔薇」


 またですか。


「いくら、ご主人さまのお兄さまでも、ちかん行為はゆるしませーん!」


 パーンチーーの前に、リンデさんが、エイリッヒさんの肩をつかんで、ひきもどしました。


「ああ、もう。おまえら、いいかげんにしてくれ。おれ、こんなことばっかしてたら、絶対、早く老ける」

「ええッ、だって、しつこいのはエイリッヒさんのほうですよぉ。昨日から何回めですか?」

「しょうがねぇよ。こいつ、おまえのこと、おぼえてねぇもん。エイリッヒにとって、おまえは三十分ごとに初対面なんだよ」

「何を言ってるんだか、わかりません」

「エイリッヒは病気なの。三十分ごとに記憶が消えてしまうんだよ。誰のこともおぼえてないし、自分がどこで何してたのかも、わからなくなるんだよ」


 シャルランは腕をくんで考えました。

「それって、おバカってことなんじゃ?」

「違う! 頭の働きは、すこぶるいい。おい、エイリッヒ。123456×654321は?」

「80779853376……かな」

「じゃあ、654321÷123456は?」

「5.300034020217……もういいか?」


 ああッ、ついてけません!


「難しすぎて答えがあってるかどうかすら、わかりません! さすがはご主人さまのお兄さまです!」

「だから、記憶がなくなるのは、頭が問題じゃないんだ。ハッキリした原因は、おれも知らないんだが……っていうかさ。さっきから言ってる『ご主人さまのお兄さま』って、なんだよ?」

「それは、ええと……」


 いきなり精霊と言うのは、マズイですかねぇ?

 エイリッヒさんが、ほんとに記憶の結晶化ができるかどうか確認したわけじゃないし、もしも、ただの人間の魔法使いなら、ご主人さまのこと悪用しようとするかも?


「……ご主人さまには、生き別れになったお兄さまがいるんですよ。それが、エイリッヒさんじゃないかと思うのです」

「なんで?」

「なんでって……」


 さて、どうしましょう。


 すると、リンデさんが平然と、こんなことを言いました。

「ああ。おまえの主人って、あの青い髪の花の精か。それなら、ありうるかもな」

「ええッー! なんでバレてるんですかぁ?」

「昨日、ちょっとな」


 ニッと笑って、リンデさんは、エイリッヒさんと肩を組みました。

「安心しな。おれたちも精霊だ」


 あ、やっぱり。


「じゃあ、ほんとに、ご主人さまのお兄さまなんですね? そうだと思いましたぁ。結晶化の魔法は、ミダスしか使えないんですよ」


 でも、エイリッヒさんは暗い顔。


「ミダス? 花の精? わからない。何もわからない。おれは何者なんだ? どこで生まれて、何をしてきたんだ? 教えてくれ。弟がいるというなら会いに行こう」

 外へとびだそうとするエイリッヒさんを、リンデさんが抱きとめます。

「だから、今はダメなんだって。外に出たら、役人に捕まるだろ」


 そうでした。


「ほんとに、マチルダさんを殺したんですか?」

 たずねますと、リンデさんは困惑げにエイリッヒさんを見ます。エイリッヒさんは首をふりました。

「おぼえてない。というより、マチルダって誰だ?」

「酒場のお姉さんですよぉ。エイリッヒさんの恋人でしょ?」

「おれに恋人がいるのか?」


 ああ、ダメですぅ。ようやく、シャルランにもリンデさんの気苦労が、ちょっとだけ理解できました。

 エイリッヒさん、うちのご主人さまより、手がかかります……。


「もう……話が進みませんねぇ。この人、なんで、こんなポンコツになっちゃったんですかぁ」

 目に見えて、エイリッヒさんは落ちこみました。

「ポンコツーー」


 リンデさんは爆笑です。

「すげぇ。この色男にポンコツって言った女、初めて見た」


「おれだって、好きで、こうなったわけじゃない!」

 エイリッヒさんが必死に反論します。

「何かが、おれから失われたんだ。今のおれは失ったあとの不完全体。ほんとのおれのバラバラになった残骸をよせ集めた、あまりものにすぎない」

「はいはい。でも、おれは、今のおまえも好きだよ」


 エイリッヒさんは赤くなって、そっぽをむきました。


 ぷぷぷ。てれてますよ。この人。ちょっと可愛いです。


「でも、そういうことでしたら、ご主人さまなら何かわかるかもしれません。こんなときこそ、ミダスのあの技を使うべきです」


 エイリッヒさんとリンデさんは、顔を見あわせました。

「あの技?」と、たずねるエイリッヒさんに、あたしは答えました。

「記憶の結晶化です」


 記憶を宝石にするミダス族。

 でも、ご主人さまたちに結晶化されて、とりだされた記憶は、その人のなかから消えてしまうんです。

 だから、ふだんは結晶化はしません。

 結晶化せずに、見ることだけもできるんですね。


 ただし、ご主人さまたち花の精が見たり結晶化できるのは、愛や優しい心に由来した、美しい記憶だけなんです。美しい記憶であればあるほど、きれいな宝石になるんです。

 憎悪や妬みみたいな、みにくい心を見るのは、ご主人さまは苦手です。結晶化もできません。


「ご主人さまに見てもらえば、何かわかるかもしれませんよ」


 エイリッヒさんは考えこみました。

「そうだな。あの技は自分にだけは使えないが、他人にやってもらえば、おれが過去に何をしたのか、わかるかもしれない。どうにかして、その弟というのに会ってみたいな」


 リンデさんが首をひねります。

「君のご主人に、ここに来てもらうわけにはいかないの?」

「ええと、今日はムリです。お姫さまのために人形を造ってますから。シャルランが呼んでも気づいてくれないと思います。仕事中のご主人さまは、鬼ですからね」


 精魂こめて造ってるんだよと、ご主人さまは言うんですが、まちがいありません。あれは鬼です。


「では明日以降か。忘れないうちに記しておこう。おれには弟がいる。おれと同じ魔法を使うミダス族……と」

 黒革の手帳に、チマチマと羽根ペンを走らせていたエイリッヒさんが、途中で止まりました。


 あっ、また忘れちゃったんでしょうか?

 白薔薇ですか? また白薔薇?

 でも、今回は違いました。


「誰か来る」


 えっ? こんなところに誰が?

 ご主人さまでしょうか?

 いえ、違いました。やってきたのは、大勢の兵士をひきつれた、フローランさんです。


「ヤバイぞ。エイリッヒ。役人だ。かくれろ」

 リンデさんがささやいたときには、すでに遅く、フローランさんはカギがかかっていないのをいいことに、勝手に扉をあけて、なかへ入ってきました。


「断崖の魔術師どの。国王陛下の命により、貴殿をお迎えにーー」

 言いかけて、フローランさんは絶句します。

 むりもないです。

 ものすごいような金髪の超美形ーーそれは、おたずねものの連続殺人犯の特徴です。エイリッヒさんは、まさに、そういう美青年ですもんね。


「あっ、お、おまえはーー!」

 フローランさんは気をとりなおし、兵士たちに命令しました。

「この男をとらえろ! 殺人犯だ!」


 なぜか、あたしとリンデさんまで、いっしょに、ひっくくられてしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る