第42話

 黙り込む悪魔の弓に、キュレウは、腕を組んで溜息を吐いた。


「確かに、あなた達の力は凄いわ。放った瞬間に到達する矢も、どんなものも貫通する矢も、狙った所に必ず当たる矢も。

 でもそれって、道具の力でしょ?私達、人の技量ではないわ。だって、その弓が無かったら、何もできないじゃない。

 それのどこが凄いの?そもそも、自分の力でもないのに、そんなので満足できるの?自慢できるの?」


 キュレウの問いに、悪魔の弓はたじろぐような声を上げた。

 キュレウは、首をゆるゆると振った。


「やっぱり、あなた達を使うのは止めるわ。こんなのじゃ、灰犬には届かないもの。私が殺される可能性があるけど、『真っ赤な縄』に頼み込んだ方がよっぽどいいわ。やってることは狂ってるけど、根は誰かを救いたいってだけの奴だし、事情を話せば協力してくれるかも。

 さようなら。不安だけど、『蠢く眼差し』と『減らないお菓子』で灰犬を止めてみるわ。」

『待ってください!!』


 がっかりとした様子を隠さずにそう言うキュレウに、『悪魔の短弓』が気勢の乗った声を上げた。


『そんな事を言われて、黙っていられる訳ないじゃないですか!!私達は、私達なりの矜持があるんですぅ!』

『そ、そうよ!あの狼が何よ!私の力で大穴空けてやるわ!』

『あの狼相手にどこまでやれるか分かりませんが、意地です。やってやりますよ。』


 それぞれ、気炎を上げる悪魔の弓に、キュレウは片眉を上げた。


「そう。ああ、私を乗っ取ったりしないでよ?」

『……しないわよ。』


 キュレウは、意外そうに目を瞬いた。


「やけに、あっさりね。」

『か、勘違いしないでよね!別にあんたの為なんかじゃないんだから!

 あ、あんたが私達の力を自分の力と勘違いするような奴じゃないから、力を貸してあげるだけよ!そうじゃなかったら、他の奴らと同じく操って殺し合わせてやるんだから!』


 そう叫ぶ『悪魔の複合弓』に、『悪魔の機械弓』が淡々と言った。


『前に話し合っていたんです。私達を扱う資格がある人について。

 弓の腕があるのは絶対条件です。そして、私達の力に酔わないという事も。』


 継いで、『悪魔の短弓』が言った。


『あなたの言う通り、私達は愚かでした……手に入った強力な力に溺れていたんです……

 そのせいで、私達は大罪を犯すことになりました。自業自得だったんですぅ。

 だから、私達を使う人は、力に溺れないような人がいいって、話し合っていたんです~』


 キュレウは、腕を解くと、台座の前に立った。


「あなた達の思い、受け取ったわ。その力、借りるわよ。」


 そう言って、キュレウは悪魔の弓に手を伸ばした。



 『悪魔の複合弓』は背に、『悪魔の機械弓』は展開して矢を装填した状態にし、『悪魔の短弓』は元々持っていた短弓を置いて腰に付けた。

 何故、短弓を置いていかなければならなくなったのかというと、悪魔の弓三姉妹が嫉妬したからである。何でも、同じ姉妹ならまだしも、他のがいるのは許せないとか。呆れながらも渋々弓を置いていく事にしたキュレウである。

 特に思い入れも無い安い弓ではあるが、ずっと手入れして使ってきたため、壊れた訳でもないのに捨てるのには躊躇したのだ。後で事が終わったら取りに戻ろう、とキュレウが思っていると、子供の生首が弓を咥えてウインクした。


「……ありがとう。」

「うー!」

「どういたしまして、だって!」


 キュレウは、浮かべていた笑みを引っ込め、顔を引き締めると、子供の生首に問うた。


「あいつは……灰犬は、今、どんな状況?」


 キュレウの問いに、子供の生首達は、嬉しそうに騒ぎ出した。


「凄いんだよ!贄だった運命を、自分の力で捻じ曲げたの!」

「お兄ちゃんは『飢狼刀』と『怒狼刀』に適合して、塗り潰されて殺される筈だったのに、自分で塗り潰して生き残ったんだよ!流石お兄ちゃんだよね!」

「皆、全部背負ってやるって!」

「今はね、銀色の狼さんになって、いっぱいいっぱい壊してるよ!」


 最後の子供の生首の言葉に、キュレウは顔を顰めた。


「時間を掛け過ぎたかしら……早く止めないと。

 『蠢く眼差し』、お願い。灰犬の所に連れてって!」


 キュレウの言葉に、子供の生首達はにっこりと笑った。


「いいよ!」

「行こう、お兄ちゃんの所に!」

「さぁ、影の中に飛び込んで!」


 キュレウが影の中に向かって走り出すと、悪魔の弓が呟いた。


『狂呪具に適合して塗り潰す、って……何だか、規格外な奴じゃないですかぁ……?』

『それって、あの狼よりもやばくないかしら?私達でどうにかなるの……?』

『やれるかどうか、ではなく、やらなければならないのです。例え相手が化け物でも。

 一つならまだしも、六つの狂呪具の力があります。その力を束ねれば、相手に届く筈です。』


 キュレウは、影に向かって飛び込んだ。ふと、『悪魔の機械弓』が言っていた言葉に引っかかりを覚えたが、脳裏によぎったその引っかかりは、直ぐに通り過ぎて消えていった。


「待っていなさいよ、灰犬。私が、必ずあなたを止めるから。

 だから、どうか……」


 キュレウは、ギュッと拳を握った。


「私の、手の届かない所に行かないで……」


 その言葉を最後に、封印の洞窟の中から、キュレウの姿が消えた。

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