第41話

 迷路のようになっている洞窟の道を、聞こえてくる声に従って歩くと、幾つもの蝋燭で照らされた、広まった場所の中央の台座に、三つの弓が置かれていた。

 洞窟の中で、何故、悪魔の弓に操られている人と会わなかったのかが不思議だったキュレウだったが、台座の脇に捨てられるようにして転がっている骸骨を見て、「不死身じゃなかったの?」と首を傾げた。

 ともかく、目的の悪魔の弓である。


 『悪魔の短弓』は、ミスリルという金属でできた短弓だ。表面には流線型の模様が描いてあり、所々に魔方陣のようなものも見られる。矢をつがえる中心の部分は輪のような形状になっており、その輪を通して矢を射出する仕組みになっている。

 この弓を持つと身体が軽くなる上、素早く腕を動かす事ができるようになり、素早く連射する事が可能になる。

 この弓で射った矢は、光よりも速い速度で進み、一瞬で対象に刺さるという。

 速さは凄いのだが、弓の形状の都合、狙いを定めるのがとても難しい。


 『悪魔の複合弓』は、二メートル程もある、巨大な複合弓だ。植物系の魔物の素材や、動物系の魔物の腱を張り合わせて作られている。

 大きいだけあってとても重く、持ち出すのは容易ではない。ただ、弓を持つと弓を軽々と持ち、弦を楽に引けるだけの腕力がつく。

 この弓で射った矢は、とてつもない破壊力を持ち、どんなものでも貫くという。

 威力は凄いのだが、その重さと大きさ故に、取り回しが効かない。


 『悪魔の機械弓』は、歯車やハンドル等が付いた、折り畳み式の機械弓だ。

 スコープを取り付ける事もでき、折り畳む事でコンパクトになる。スコープやハンドルは取り外し可能。

 弓を持つと、手先の器用さや細かい作業の正確性が増し、狙撃の命中率が高くなる。

 この弓で射った矢は、狙った相手に必ず命中するという。

 狙えばどんな所でも当たるのだが、弦を引くのは手回し式のハンドルな為、連射が効かない。



 そんな狂呪具が、キュレウの目の前にあった。だが、狂呪具の恐ろしさを身に染みて知っているキュレウの目には、この弓がそれほど魅力ある物には見えなかった。

 何というか、どの弓を使ってもあっさりと反撃されそうである。そもそも、灰犬に、遠くから狙撃する系統の攻撃は、ほとんど効果がない。なぜなら、狙いを付けた時点で、灰犬に察知されるからである。


「本当に、こんなので大丈夫かしら……」

『ちょっと!?こんなのって何よ、こんなのって!』


 キュレウの呟きに、『悪魔の複合弓』からそんな抗議の声が聞こえてくる。


『あなたが求めているのは、私達の力ではないのですか?』


 訝し気な『悪魔の機械弓』の声に、キュレウは顎に指を添え、唸った。


「うーん……保険ね。」

『はぁ!?保険ですって!?私達の力を、保険!?

 ちょっとあんた、私達を舐めないでくれる!?』


 うるさく喚く『悪魔の複合弓』に、キュレウは目を細めて言った。


「相手は、狂牙狼の力を持ったと思われる相手なんだけど?」

『『『お帰りはあちらになります』』』


 キュレウの言葉に、悪魔の弓は、揃ってそう言った。その途端、キュレウの後ろ、その遠くから、石を引きずるような音が響いてくる。

 どうやら、封印の扉が開いたらしい。

 キュレウは、呆れを多分に含めた目で悪魔の弓を見下ろした。


「さっきの自信はどうしたのよ……」

『無理ですぅ、あの狼さんには勝てないんです~!』


 キュレウの言葉に、そう返す『悪魔の短弓』。キュレウは、そういえば悪魔の弓を作った悪魔は狂牙狼に殺されたのだ、という事を思い出した。

 キュレウは、溜息を吐いた。正直、灰犬に効果が無さそうだとはいえ、得意な弓の狂呪具という事もあり、当てにはしていたが、それがこんな様子でがっかりしたのだ。

 キュレウは、踵を返した。


「そう。じゃあ、失礼するわね。正直、時間が無いし、自力で何とかやってみるわ。」

『ちょ、ちょっと待ちなさいよ!』


 『悪魔の複合弓』の制止の声に、キュレウは振り返った。


「何よ?」

『あ、あの狼は無理でも、その力を宿した、っていうだけなら、何とかなるかもしれないわ。……多分。』


 自信が無さそうな『悪魔の複合弓』を、キュレウは睨み付けた。


「どっちなのよ?言っておくけど、本当に時間が無いのよ。はやく止めないと、あいつが……」


 そう言って、拳を握り閉めるキュレウに、『悪魔の機械弓』が疑問の声を上げた。


『あなたは、あの狼の力を宿す者を倒す為に、私達の力を求めたのではないのですか?』


 その言葉に、キュレウは首を振った。


「違うわ。倒す為でも殺す為でもない。暴走したあいつを止める為に、狂呪具の力が必要なのよ。

 狂呪具で暴走した者は、狂呪具でしか対抗できないわ。条件さえ満たせばその限りでないものもあるけど、今回は違う。少なくとも、あいつの動きを少しでも止められる力が必要なのよ。」


 宙を睨みながらそう言うキュレウに、『悪魔の短弓』が、疑問の声を上げた。


『えと……それだけ、なんですかぁ?』

「……?それ以外に何があるのよ。」


 怪訝そうに眉根を寄せるキュレウに、捲し立てるように『悪魔の短弓』が言った。


『ほら、あるじゃないですか。自慢したいとか、ちやほやされたいとか~。』


 『悪魔の短弓』のその声に、キュレウは心から馬鹿にするように鼻で笑った。


「どうでもいいわね、そんなこと。」

『そ、そんな事!?だってあんた、私達の力が必要なんでしょ!?私達の、弓の力が!』


 どこか焦るようにそう言う『悪魔の複合弓』に、キュレウはあっさりと言った。


「ええ。弓が一番扱いやすいからね。でも、あいつを止められそうな狂呪具なら、何でもいいわ。

 あなた達が駄目だったら、自力でやるか、『真っ赤な縄』を探して頼み込むかしようと思ってたもの。」

『う、嘘でしょう?』


 信じられないとばかりに、狼狽えたような声で、『悪魔の複合弓』は言う。


『だって、こんな強大な力よ?私は破壊力と貫通力が凄まじいし、姉さんは放った途端に当たるし、妹は狙った所に絶対に当たるわ。

 こんなに凄いのよ?特に私はね!なのに、なんであんたはちっとも魅了されないの!?』


 そう叫ぶように言う『悪魔の複合弓』に、キュレウは腰に手を当て、肩を竦めた。


「私、幼い頃に聞いてた時から思っていたのだけど。あなた達って、本当に愚かね。そんなのだから、悪魔に騙されるのよ。」

『な、な、なんですってぇぇ!?』

「だって、そうじゃない。それは弓の性能であって、自分の力では無いわ。そうでしょう?」


 そう言って、首を傾げるキュレウに、悪魔の弓は思わず黙り込んだ。

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