第40話
屋敷から出たキュレウは、真っ直ぐに灰犬の元に向かわず、自らの故郷へと向かおうとしていた。
『蠢く眼差し』を顔半分だけ着け、真っ青な顔で故郷を探すキュレウに、子供の生首が問いかけた。
「ねえお姉ちゃん、どうしてお兄ちゃんの所に行かないの?」
キュレウは、流れ出る脂汗を拭いながら言った。
「あいつは、物を大切にするわ。今まで、『蠢く眼差し』や『減らないお菓子』を手放した事なんてなかったもの。
それが、今回はそれらを置いていった……きっと、とんでもない事が自分の身に起こるから、巻き込まない為に置いていった、っていうのもあると思う。
でも、おかしいと思わない?あいつが、どんな理由があるにせよ、自分の背負ったものを離すだなんて。それは、あいつの信念に背く行為だわ。
だからきっと、この灰犬の行動の裏側に、誰かがいるのよ。あの灰犬をも操る誰かが。きっと、そいつは私が来ることも予期してると思うの。何か対策を練らないと、今の私じゃ止められない。」
そこまで言って、キュレウは「あっ」と声を漏らした。
「見つけた……!」
キュレウの視界半分に映る、幾つかの視界の一つに、キュレウが探していたものが映った。
キュレウが『蠢く眼差し』を外すと、頭に鋭い痛みが走って、思わず蹲った。
キュレウは、灰犬ほど『蠢く眼差し』を扱うことができない。だから、子供の生首達に頼んで、一度に見える視界の数を十数個に減らして貰っていた。
それでも、頭痛を感じるくらいには反動がきてしまう。改めて、狂呪具の恐ろしさをキュレウは感じた。
頭を押さえながらも、立ち上がるキュレウに、子供の生首がにっこりと笑った。
「行く?」
「ええ。お願い。」
キュレウはそう言って頷くと、子供の生首が跳びはねている所の近くにある影に飛び込んだ。
いつまでも続いているような、悍ましい影の中を通ると、次の瞬間には、一度は見たことのある場所の前にキュレウは立っていた。
「封印の洞窟……」
厳重に封印されている石の扉を睨みながら、キュレウは呟いた。
それは、キュレウが幼い頃に聞かされた、とある狂呪具が封印されている洞窟だった。
ガドルム帝国に『飢狼刀』と『怒狼刀』が封印されていたように、キュレウの故郷であるエルフの森にも狂呪具が封印されていた。
それは、キュレウが生まれる前のお話。
ある所に、弓の扱いが長けたエルフ族の三姉妹がいました。
三人はよく、どちらが一番弓の扱いに長けているかを競い合っていました。
そんな三人に、エルフ族の男に化けた悪魔が、それぞれ一人になっていた時のエルフの姉妹それぞれにこう言ったのです。
「いつもあなたを見ていました。あなたは三人の中で最も弓の扱いに長けています。それでも勝てないのは、弓の性能が悪いからです。
私が、あなたに見合う最強の弓を授けましょう。勿論、ただではありませんが……あなたはきっと、三人の中で最も弓の扱いに長けていると証明できるでしょう。」
そう言った悪魔は、三姉妹のエルフのそれぞれ一人に、
放った瞬間に到達する矢を放てる弓、
放ったらどんなものでも貫ける矢を放てる弓、
狙いをつけたら必ず命中する矢を放てる弓
を授けました。
そして、その弓を貰って喜ぶ三姉妹のエルフに、悪魔はこう言ったのです。
「いいものでしょう?それで、お代なのですが。
あなたの魂を頂きます。」
悪魔は本性を現し、そして三姉妹のエルフの魂を支配し、エルフの里を襲わせました。
エルフの里の者達は抵抗しましたが、悪魔の弓には勝てませんでした。
しかし、里の戦士が半数殺された辺りで、姉妹のエルフは少しだけ身体の支配権を取り戻す事に成功したのです。
三姉妹のエルフは躊躇いもなく、互いを矢で射抜き、互いを殺しました。
悪魔は、互いを殺してしまった三姉妹のエルフに罵声を浴びせ、仕方なくそのまま逃げようとしましたが、丁度そこを通りかかった、飢えた雄の狂牙狼という魔物に隙を突かれて食い殺され、何処かへと連れ去られてしまいました。狂牙狼の牙は神をも殺すと言われていますので、悪魔はひとたまりもなかったでしょう。
こうして、エルフの里は救われ、三姉妹のエルフの魂は、悪魔の弓に宿り、とある場所で永遠に封じられたのです。
そんな三つの悪魔の弓、『悪魔の短弓』、『悪魔の複合弓』、『悪魔の機械弓』が、いつの間にか狂呪具となり、この洞窟で封印されている。
悪魔の弓は、封印されていてもなお、力を求める者を誘惑し、弓を持たせようとするらしい。一度弓を使ってしまえば、もう手遅れ。悪魔の弓に身体を乗っ取られ、目に映った人間に矢を射る不死身の化け物と化すらしい。
身体を乗っ取られた者を殺すには、『悪魔の短弓』を持った者には『悪魔の機械弓』で、『悪魔の複合弓』を持った者には、『悪魔の短弓』で、『悪魔の機械弓』を持った者には『悪魔の複合弓』で、矢を射る必要がある。
つまり、悪魔の弓は悪魔の弓でしか止められない。堂々巡りになってしまうのだ。
だから、この洞窟の中には、最低一人、悪魔の弓に操られている人間がいる筈である。
キュレウが、扉に手を掛けようと手を伸ばすと、扉がひとりでに開いた。
『ふふふ。あなたも欲しいんでしょ?強い力が。
奥までいらっしゃい。』
頭に響くようなそんな声が、洞窟の奥から聞こえてきて、キュレウは眉根を寄せた。
キュレウは、しかめっ面のまま、洞窟の中に入っていった。
洞窟はキュレウを飲み込むと、ひとりでに扉を閉めた。
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