第39話

 とあるドワーフの男の話である。

 彼の住む国、ガドルム帝国は、世界の覇権を握る為、国中から強力な武具や兵器を集めていた。

 彼は、そこで、神すら喰らうという、狂牙狼という魔物を素材に、武具を作ろうと思った。

 誰もが、彼の考えを否定した。狂牙狼で武器を作ると、持つ者を狂気に陥れる呪われた武器ができてしまうと言われていたからだ。だが、彼は皆の忠告を無視し、狂牙狼の住処へと向かった。

 彼が見つけた狂牙狼は、番で、雌が子を身籠っていた。狂牙狼の雌は、子を身籠ると、子供にありったけの栄養を与える為、酷く飢えて弱ってしまう。彼は、そこに目を付けた。

 雄が獲物を狩りに出ていったのを見計らい、彼は巣を強襲。弱った雌の腹を斬り裂き、胎内の子供を腹から取り出し、捨ててしまった。

 彼は、最強の武器を作る上で、弱い子供は要らないと考えたのだ。それが、間違いだとは知らず。

 獲物を狩って、戻ってきた雄は、死んだ番と捨てられた子供、そして、手を真っ赤に染めて笑うドワーフの男を見て、激怒した。

 だが、その怒りが雄の動きを単調にしてしまった。飛びかかってきた雄を、男はあっさりとカウンターで斬り殺し、子供をそのままに、狂牙狼の番を持ち去っていった。


 そして、男は、狂牙狼の番の身体を素材に、二つの刀を作った。

 それは、確かに強力な武器だった。だが、男は気付いた。

 この刀は、完成していないと。

 男は刀を完成させるために、ありとあらゆる素材を集めた。全てが無駄になった。

 幾人もの人を斬った。刀が赤く染まっただけだった。

 岩を斬り、鉄を斬った。斬れただけだった。

 何度も何度も試行錯誤を繰り返して、ようやく男はこの刀がもう完成しないのだと気が付いた。必要なものを、捨ててきてしまったのだと気付いた。

 男は、絶望した。


 そのドワーフの男は、首を吊って自殺した。

 死体の傍にあった紙には、遺言と思われるものが残されていた。

 以下がその内容である。


 私は絶望した。この素晴らしい素材を使い、素晴らしい武具を作り出したというのに、この刀には何かが足りないのだ。

 あらゆる魔物を狩り、人を殺し、足りない分を補おうとしたが、どれも駄目だ。どれも、この不足を補えない。

 ここまで来て、ここまで素晴らしい刀ができると分かって、私はそれを完成させる事ができない。

 最後に分かったのだ。足りない素材が。それを、私は自ら捨ててしまっていた。

 最早、私にこの刀を完成させる事はできない。いや、誰にも不可能だ。

 これから私は死ぬ。狼の夫婦よ、お前達を素晴らしい武具にしてやれなくてすまなかった。




 そうして、二つの刀……狂呪具『飢狼刀』と『怒狼刀』は、幾人もの死傷者を出し、ドワーフの男の親族の手で封印された。

 だが、狂呪具は何度も封印を破り、何人もの命を奪い、憎しみを叫んだ。


 我が子を返せ。お前達が奪った、我が子を返せ、と。


 そして、その子は、帰ってきた。とある男の子に宿り、運命に導かれて、夫婦の元へと帰ってきたのだ。




 灰犬の脳裏に、思い出が甦ってきた。

 奴隷として、あの頭の弱い奴隷商人の男を守ってきた日々。

 初めてキュレウと会った時、かけられた「人殺し」という言葉。

 『蠢く眼差し』と、子供の生首達との触れ合い。

 スデープの屋敷で、キュレウと暮らした日常。

 『減らないお菓子』に宿る男性の、温かい施しの意思。

 そして、ノワールとキュレウと一緒に過ごした、幸せな日常。


 これら全てを、捨てなければならない。灰犬は、これから死んで、別の何かに生まれ変わるのだから。

 灰犬は、『飢狼刀』を鞘から抜き放ち、頭上に投げ放った。そして、『怒狼刀』を鞘から抜き、逆手に構え、自分に刃を向ける。

 頭上に放った『飢狼刀』が、空中で静止し、くるりと周り、その刀身の切っ先を灰犬に向けた。


 両腕に、力を込めようとした、その刹那。

 灰犬は思った。


(何故、捨てなければならない?)


 全て、灰犬の大切なものだった。自分が望んで、背負ってきたものだった。


 灰犬は、正気に戻った。


(ふざけるな!この程度の事で、背負ってきたものを捨てるだと!?

 そんなの認められない……絶対に!)


 その時、灰犬の黒い絵が描かれた手に、温かい何かが触れた。

 ハッとして視線を向けると、そこには、悲し気に笑うノワールが居て……


 その瞬間、灰犬は定められた運命に抗い、強引に導く誰かの意思を、自分から断ち切った。


(俺は、俺だ。『蠢く眼差し』と『減らないお菓子』の適正者で、キュレウとノワールの友達の、灰犬だ。

 俺は、背負う者。背負ってきたものを、今さら捨てたりなど、しない!!)


 ノワールが、微笑んだ。

 灰犬の中にいる灰色の子狼が、それでこそと、嬉しそうに鳴いた。

 狂呪具となった狼の夫婦が、満足気に頷いた。

 そして、誰からも知覚できぬ、遠い場所で灰犬を操っていた何者かが、「馬鹿な」と、目を剥いた。


(例え人間でない何者になろうとも、関係ない!それら全てをひっくるめて、全部背負ってやる!

 それが、俺の生きる道だ!)


 灰犬目掛けて落下してくる『飢狼刀』が灰犬を頭から刺し貫く瞬間、灰犬は『怒狼刀』で自らの腹を刺し貫いた。



 その日、灰犬は人間でない何者かに成り果てた。

 だが、死ぬはずの運命に、灰犬は抗い、生きたまま、それに成り果てた。

 人でなく、生き物ですらないと呼ばれる、化け物。

 適合した狂呪具の、真の力を引き出し、意のままに操る者。

 後に、適合者と呼ばれる存在に、灰犬は生まれ変わるのではなく、成り果てたのだった。

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