第38話
灰犬の頭の中は怒りで煮え立ち、マグマのような血が全身を駆け巡っているかのようだったが、思考だけは驚く程に冷たく、明瞭だった。
拳銃やライフルで撃った弾と違い、火縄銃のような銃から出た弾は螺旋状に回転していないらしく、真っ直ぐには飛んでいなかった。つまり、灰犬を狙った弾でも、全てが灰犬に向かっているという訳では無かった。
灰犬は、ゆっくりと過ぎ去る時間の中、自分に当たりそうな弾だけをナイフで弾いていく。銃弾の弾は、速度こそ速く威力も強いが、軽い。横から少しの力を加えられるだけで、弾道が変わってしまう。
弾幕を抜け、灰犬は女性を見た。女性は、信じられないような物を見たような顔で、ポカンと口を開けている。
灰犬は、女性の前まで来ると、ナイフを振りぬき、そのまま走り抜けた。
「えっ?」
女性の腹から、内臓が零れ落ちる。腹を裂かれて出てきた内臓を抱えながら、女性は呆然と地面に膝を付いた。
灰犬は、手に持ったものを地面に捨てながら、吐き捨てるように言った。
「これで、同じだな?」
灰犬が捨てたのは、女性の子宮だった。
灰犬は、背から『飢狼刀』を抜き放つと、両手で持って構えた。
「本当は、お前の祖父が味わうべき苦しみだった。でも、そいつは逃げたんだろう?生きることから、背負うことから。
そして、お前がその意思を継ぐのなら……その罪はお前にもある。だから、お前も、同じ目にあって死ねばいい!」
そのまま、『飢狼刀』を上段から振り下ろす。『飢狼刀』が通った所と、その延長線上にあった物が消失し、真っ黒な斬撃が女性を真っ二つに裂いた。
一拍の間を置いて、女性がボロボロと灰となって崩れ去っていく。灰犬は、地面に転がっていた子宮を踏み潰した。
そんな灰犬に、指揮官の男が呟いた。
「ば、化け物……」
指揮官の男の声に、灰犬がゆっくり振り向く。兵士達が、灰犬の醸し出す雰囲気に怯え、一歩後ずさった。
「た、大変だ!」
不意に、兵士達の後方から、声が響く。
「『怒狼刀』が!『怒狼刀』が、暴走して、こっちに、ぎゃああぁぁっ!!」
断末魔と共に、何かが爆ぜ飛ぶ音がした。後ろにいた兵士達から、爆発するような音と共に弾け飛んでいき、一人の男が兵士達を弾き飛ばして前に出てきた。
「返せええぇぇっ!!」
白目を剥き、口泡を飛ばしながら、二振りの刀である『怒狼刀』を振り回し、その男は灰犬に向かって駆けて行く。
灰犬は、『飢狼刀』を鞘に戻すと、ナイフを構えて、男に向かって駆けた。
男の右からの胴を薙ぐような斬撃を、灰犬は体勢を地面すれすれまで伏せるようにして避けると、両足目掛けてナイフを振りぬいた。
飛んで避ける男に、灰犬はナイフを持っていない方の手に袖から取り出した投げナイフを投擲する。男は、投げナイフを刀で叩き切って破壊した。
刀を振り切って無防備な体勢の男に、灰犬は雷撃を飛ばす。男は避けようと身を捩るが、空中では避けられず、真っ黒な雷撃に打たれた。
口から真っ黒な煙を吐きながら、落下する男に灰犬はナイフを鞘に仕舞いながら駆け寄り、すれ違いざま、『怒狼刀』を掏り取った。
「第二射、放てぇっ!!」
指揮官の男の声に、銃弾の弾幕が灰犬に迫る。
灰犬は、『怒狼刀』をクロスするように振りぬいた。二振りの『怒狼刀』から、真っ白な斬撃が飛び、弾幕に触れた途端、大爆発を起こした。
灰犬と兵士達の間に、煙が立ち込める。煙が晴れ、無傷の灰犬が見えた途端、兵士達は武器を捨て、悲鳴を上げながら逃げ出した。
「ば、化け物め!」
「こんなの無理だ!」
「逃げろ、殺されるぞ!」
逃げ出す兵士達を見ながら、灰犬は『怒狼刀』の鞘を倒れたままの男から取り、自分の腰の両脇にそれぞれ付ける。
灰犬は、両手に持つ、二振りの刀である『怒狼刀』を見た。
『怒狼刀』の刀身は、『飢狼刀』と同じく、血で塗られたかのように薄い赤色で、長さは『飢狼刀』と違い、腕の長さ程度しかない。刃渡りは六十センチにも満たないだろう長さだ。
鞘の表面には真っ黒な毛皮が使われており、刀を差す口には牙が付いている。
『怒狼刀』は、持つ者全てに、決して絶える事のない激憤を湧かせるという。『怒狼刀』の所持者は、『飢狼刀』と同じく狂ったように周りにいる命あるものに斬りかかるのだそうだ。
所持者が人間離れした身体能力を手に入れてしまう事は『飢狼刀』と同じだが、『怒狼刀』は、その刀身から無限の破壊エネルギーを放出する。斬ったもの全てを破壊するこの狂呪具は、『飢狼刀』と同じく幾人もの命を壊してきた。
灰犬は、一つ息を吐くと、『怒狼刀』を鞘に戻した。
灰犬は、静かに目を閉じた。
(遂に……この時が来たか……)
『飢狼刀』を『蠢く眼差し』の視界で見た時から、自分はこうなると悟っていた。
これから、灰犬は死ぬ。『飢狼刀』と『怒狼刀』で、自分の体を刺し貫くことで、初めてこの二つの狂呪具は完成する。
灰犬は、あの時、狼の子供の死骸を食べた時点で、この二つの狂呪具の使用者として選ばれていたのだ。
『蠢く眼差し』から、仲間と呼ばれなかったのも、
『減らないお菓子』を食べても、死ななかったのも、
『真っ黒な絵画』を見ても、命と魂を捧げようとしなかったのも、
全ては、この時のためだった。こうなると、運命として決定されていたからだった。
灰犬は、『飢狼刀』と『怒狼刀』が完成するための、贄だったのである。
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