第22話

 ある日の昼頃の出来事だった。

 灰犬とキュレウが、墓参りから帰ってくると、玄関ホールで、熱心に声をかけるスデープと、どこか困った様子の、全身真っ白なローブに覆われている女性がいた。

 その様子を見て、灰犬とキュレウは、またか、と溜息を吐いて自分の部屋へとさっさと戻ろうとしていた。というのも、スデープは美味しい食べ物を食べるのも好きだが、綺麗な女性を見て愛でるのも好きなのだ。奴隷でも平民でも、美人がいればメイドとして雇い、侍らすのが趣味な為、こうやって、綺麗な女性を見ると、熱心に声をかけるのである。

 ちなみに、キュレウも十分な美少女である。肩辺りまで切り揃えた黄緑色のサラサラの髪に、きりっとした眉、強い意思の宿る橙色の瞳と、エルフらしい整った顔を持っている。だが、スデープは、キュレウは灰犬の彼女か何かだと思っているらしく、声をかけた事はない。

 そんなキュレウも、灰犬も、いつもの事と、目の前の光景を流そうとした。


 最初に気がついたのは、灰犬だった。離そうとした目を、ギョッとした様子で、再び女性に向けたのだ。

 キュレウは、目を離していなかったが、違和感を覚えたように、眉根を寄せ、そして、ハッとして女性を見つめた。

 灰犬は、その嗅覚で、キュレウはその経験から来る勘で、それを感じ取った。

 キュレウが、冷や汗を掻きながら、灰犬に言った。


「ねぇ、あれって……」

「うん、あれは……狂呪具だ。」


 灰犬のその言葉で、キュレウは確信した。

 言葉にするのは難しいのだが、狂呪具には、普通の人や物には無い、どこかずれているような、歪な雰囲気がある。二つの狂呪具を持つ灰犬の傍に居続けたキュレウには、その歪な雰囲気を感じ取れるようになってしまっていた。

 灰犬は灰犬で、その女性から、生きている人の匂いがしなかったからだった。具体的に言うと、女性からは絵の具の匂いしかしない。

 歩み寄ってきた灰犬とキュレウに、スデープは気が付いて、片眉を上げながら二人に目を向けた。


「おや、二人そろってどうしたのかね?用事があるのなら、できれば、後にして欲しいのだが……」


 そんな事を言うスデープに、灰犬とキュレウは同時に溜息を吐いた。灰犬が、呆れを含んだ声で言った。


「ご主人、君が誰を口説こうとそれは構わないけどさ。狂呪具を相手に口説くのは、やめたほうがいいんじゃない?」

「へっ?」


 目を点にして固まるスデープ。すると、さっきまで口説かれていた女性が、怒ったように声を荒げた。


「なっ!?あんな、狂った道具と一緒にしないでください!私は、わたしは……」


 腕を胸の前まで上げてそう言うが、段々と言葉がしりつぼみになっていく女性を、灰犬も、キュレウも胡乱気な目で見つめた。

 その女性は、真っ白だった。頭から地面に引きずるまでに長いローブを着て、袖は手が完全に隠れるまで余っており、裾は足が見えない程に長い。よく、踏んで転ばないなと思ってしまうくらいに。

 顔には、うっすらと向こうが透けて見える程度の真っ白な薄布がかかっており、何か四角いものが入っているだろう白い袋を背負っている。正直、控えめに言っても不審者だ。なんで、こんなのにスデープは声をかけていたのだろうと首を傾げざるおえない。

 そんな女性から、スデープは一歩後ずさった。


「い、一応聞くが……適正者ではなく、狂呪具?」


 スデープの問いに、灰犬とキュレウは同時に頷いた。スデープがサッと下がると、それを見た女性がショックを受けたようにスデープを見た。

 落ち込んだ様子の女性に、キュレウが話しかけた。


「ねぇ、あなた、なんでそんな服装なの?」

「そ、それは、その……これには訳がありまして!」


 女性は、両手を合わせて、にぎにぎしながら、言い辛そうに言った。


「その、皆さん、私を見てしまうと、えっと、その……私に夢中になっちゃうと言いますか……

 ああ、これは私が特別美しいとか、可愛いとか、そういう自惚れじゃないんです!そうじゃなくて、私を見ると、皆、おかしくなっちゃうんです……」


 意気消沈したように、肩を落とす女性に、キュレウがばっさりと言い放った。


「狂呪具じゃなかったとしても、それは普通とは言えないわ。」

「うぅ……で、でもでも!私の意思じゃないんです!私は何もしてないんです!なのに、皆、おかしくなって……命を捧げるだとか、魂を捧げるだとか、そんな事を言い出すんです。

 そんなの、もう、見たくないのに……!」


 俯く女性に、キュレウは困惑したように眉を下げた。

 人型の狂呪具がない訳ではない。『呼びかける人形』なんかがそうだ。だが、『呼びかける人形』は、話す事はできても動く事はできないらしい。

 それに比べ、目の前の女性は、なんとも、道具らしくなかった。呪われた悲劇の女性、と言われても納得できそうなくらいに。

 キュレウがそんな事を考えていると、不意に、灰犬が背伸びして、女性の顔にかかる薄布を、キュレウには見えないくらいに、僅かにめくった。

 女性の黒い瞳と、灰犬の黒い瞳が合った。


「……あ。」

「は、灰犬ぅぅ!?何をやってんのよっ!!」


 後ろから、キュレウに思いっきり頭を叩かれる灰犬。

 灰犬は、頭を擦りながら、肩を竦めた。


「別に、おかしくならないけど?」

「既におかしいわっ!!主に頭が!!」

「それは酷くない?否定できないのが悲しいけど。」


 やんややんやと言い合う灰犬とキュレウを、女性は、呆然と見つめていた。

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