第21話
まるで酔っていたかのように話していた灰犬だが、話し終えるや、一瞬で無表情に戻って頷いた。
「まぁ、だからなんだって話なんだけどね。」
キュレウは思わず脱力して、こけそうになった。
「ちょっと!あんな風に、まるで世界の危機であるかのように話していたのに、いきなりそれはどうなのよ!?」
「いやだって、俺たちがどうこうできる問題じゃないし。」
「それは、そうだけど……」
不満気な表情を見せるキュレウに、灰犬はやれやれと肩を竦めた。
「フォルナ国に、「勇者召喚をやめろ」だなんて言った所で、聞き入れる筈がないよ。悪いのは全部、魔王のせいだ、なんて言う国なんだし。
第一、俺はただの奴隷で、適正者だ。お前も、限定的な適正者ではあるけど、ただの人間でしかない。
そんな俺たちが、国相手に何をした所でどうこうできる筈もない。力不足だ。」
正論を言う灰犬に、キュレウは悔しそうに顔を背けた。そんな事は、キュレウも分かっている。分かっていても、割りきれるかどうかは別だった。
納得いかないという顔をしているキュレウを見て、灰犬は目を伏せた。
「心配しなくても、いずれ解決するよ。きっとね。」
灰犬がそう言った時、灰犬の頭に付けていた『蠢く眼差し』が、子供の生首が体当たりして、灰犬の顔半分を覆う形でズレた。
お菓子を配ったスラム街の子供達に何かあれば教えて欲しいと、『蠢く眼差し』の子供の生首達にお願いしていたので、何かあったのかと、スッと目を細めた灰犬だが、視界に映ったものに、驚いて目を見開いた。
「えっ?」
まるで、あり得ないものを見たかのように、固まる灰犬。
そんな灰犬に、キュレウが眉根を寄せて聞いた。
「どうしたの?」
「えっと、ね……」
困惑顔で、灰犬はキュレウを見ながら、獣耳の裏を掻いた。
「『蠢く眼差し』の子供の生首が、見せてくれたものなんだけどね。
俺が配った、『減らないお菓子』のお菓子を食べている子供が、男に襲われたんだけど……
なんか、襲った方の男の手が弾かれて、指が曲がっちゃいけない方向に……」
「ええっ!?」
驚いたキュレウだが、ふと、ある事を思い出して、あっと呟いた。
「ねぇ、『減らないお菓子』が暴走して、スデープがお菓子を食べていた時、あなたが止めようとして、あのナイフが折れたのよね?」
「うん。」
灰犬もキュレウのその言葉で気付いたのだろう、確信めいた様子で頷いた。
「つまり、『減らないお菓子』のお菓子を食べている間は、食べている者を傷付ける事ができないんだ。暴走している、していないに関わらず。」
その後、スラム街に住んでいる子供達に、お菓子を配って実験に付き合って貰ったところ、やはり、『減らないお菓子』のお菓子を食べている間は、お菓子を奪うという行為以外は全て弾かれる事が分かった。
そして、奪ったお菓子を食べてしまうと、どうなるか。
「うわぁ……」
人間だったものを見ながら、灰犬は引き攣った笑みを浮かべ、キュレウは青い顔で目を逸らした。
灰犬の目の届かぬ所で、子供が食べていたお菓子を奪い、食べた者がいたのだが……その者は、腹部が内部から破裂したような状態で路地裏の一角に佇んでいた。
胃があったであろう場所には、大量のお菓子が散乱している。もしかしなくても、食べたお菓子が胃の中で一気に増え、胃からお腹が破裂したのだろう。飢えた子供には優しいが、そうでもない者には容赦のない『減らないお菓子』であった。
そんな死体を見ながら、灰犬は口を開いた。
「恐らくだけど……『減らないお菓子』を食べても何とも無いのが、飢えている、もしくは貧しい子供なんだろうね。
後は、子供でなくとも、飢えていたり貧しければ、一つくらいだったら許されるんだと思うよ。ただし、子供から奪って食べたなら、目の前の死体みたいになるんだろうけど。」
「やっぱり、狂呪具は狂呪具なのね……あっさりと、簡単に人を殺してしまうもの……」
「それでも、『蠢く眼差し』や『減らないお菓子』は優しい方だよ。」
そう言って、『蠢く眼差し』に触れる灰犬に、キュレウは、「そう思うのはあなただけよ!」という言葉を飲み込んだ。
第一、灰犬は『蠢く眼差し』を、顔に着けなければ死ぬ事もない狂呪具だと思っているが、実際そうではない。
『蠢く眼差し』に触れれば、あの、悍ましい子供の生首が見えるようになるのだ。それだけでも精神力が削られるというのに、その強い視線で見つめられるのは、本当に精神的にきつい事なのだ。
『減らないお菓子』にしても、そうである。灰犬は食べなければいいと思っているが、『減らないお菓子』のお菓子は、とても美味しそうな香りを放っているのだ。例え空腹でなくとも、目の前にあれば、思わず手に取って食べたくなってしまう程に。
それでも文句が言えなかったのは、キュレウもこの二つの狂呪具に慣れてしまったからだった。
『蠢く眼差し』の視線も、逃げないで見つめ返してみると、その視線は、無邪気な好奇心や好意からくるものだと分かる。そう分かってしまうと不思議な事に、強く、悍ましかった筈の視線が、そう気になる程でもなくなってしまうのだ。
まぁ、視界の端に映る子供の生首を見ればゾッとするし、スデープのお腹に体当たりして喜んでいる子供の生首を見れば、びっくりするが。
『減らないお菓子』の香りも、実際に食べて幸せそうにしている灰犬を見ていると、そう気にならない。なんというか、灰犬の幸せそうな顔を見ていると、お腹一杯になってくるのだ。食べたいと思うより、食べて欲しいと思ってしまう。そしてその思いはきっと、『減らないお菓子』に宿る、あの男の思いと同じなのだろう。
死体の中に散乱するお菓子に手を伸ばそうとする灰犬の手を叩き落としながら、キュレウはそんな事を思って溜息を吐いた。
「って、流石に死体の中にあるお菓子を食べようとするのはやめなさいよ!?」
「いやだって、勿体ないし……」
「勿体なくない!普通に汚いわ!ほら、帰るわよ!」
そう言って、キュレウは灰犬の襟首を掴んで持ち上げた。悲しい程に軽い灰犬は、それだけで持ち上げられてしまう。
キュレウは、手足を投げ出し、お菓子に未練がましい視線を向ける灰犬を引きずりながら、屋敷へと帰路に着いた。
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