第20話

 自分の領地に狂い魔が入ってきたと聞いて、慌てて兵士を手配していたスデープだったが、帰ってきた灰犬が狂い魔を殺したと聞いて、脱力したように椅子に座り込んでいた。

 だが、灰犬が差し出してきた物を見て、体を強張らせた。


「それは、なんだね?」

「殺した狂い魔の素材。」


 灰犬の言葉を聞いて、スデープは椅子から転げ落ちた。


「き、君ぃ!なんてものを持ってくるのだね!?というか、平気なのか!?」

「平気、って……ただの魔核と包帯だよ?」

「ただの、なわけがないだろう!?」


 スデープは、這って壁際まで寄ると立ち上がり、壁を背にしながら、咳払いをした。


「いいかね、狂い魔の厄介な所は、魔術が通じ難い事や、勇者以外の攻撃に有効性があまりなく、急所が急所ではない所だけではないのだよ。

 狂い魔が倒れ、消えた後に残る素材もまた、厄介なのだ。」


 スデープは、チラチラと灰犬の手の中にある狂い魔の素材を見遣りながら言った。


「狂い魔が残す素材には、瘴気に汚染されている。瘴気に人が触れると、体も心も病むのだ。」

「瘴気って、あの、黒い靄?」

「そうだ。」


 スデープが肯定すると、それを聞いたキュレウが、ハッとして灰犬に言った。


「そ、そうだ!灰犬、あなた思いっきり瘴気浴びてたじゃない!大丈夫なの!?」

「特に、不調はないけど。」

「そ、そう。それは、良かったわ……」


 ホッと安心したように息を吐くキュレウ。すると、スデープが訝し気な目で灰犬を見つめた。


「適正者殿、君は、実は勇者だったりしないかね?」

「まさか。そんな訳がないよ。」

「そうかね……?勇者は瘴気を浴びても平気だというが、常人では瘴気を浴びれば確実に病むのだ。」


 灰犬を計るような目で見るスデープを、灰犬もじっと見つめていた。


「ねぇ、狂呪具が出始めたのって、勇者が召喚されるより前?後?」

「ふむ?後だった筈だが……」

「狂い魔も、そうだよね。」


 灰犬の確認するような問いに、スデープは顎に手を当てながら頷いた。


「そうだね。狂い魔が出るようになってから、狂呪具が出没するようになったのだ。

 それが、どうしたのかな?」


 首を傾げるスデープだが、灰犬はスデープを通り越して、遠い何処かを見ているようで、スデープの言葉を聞いていなかった。


「……そっか。考えれば、そうだよな。」


 淡い笑みを浮かべてそう呟く灰犬に、スデープとキュレウは首を傾げるしかなかった。

 灰犬は、スデープに目の焦点を合わせると、淡い笑みを浮かべたまま言った。


「多分だけど、勇者以外にも、狂い魔には狂呪具での攻撃が有効な筈だよ。」

「そうなのかい?」


 スデープの驚いた感情の乗った声に、灰犬は頷いた。スデープは、目を細めた。


「根拠はあるのかい?」


 スデープの言葉に、灰犬は肩を竦めて言った。


「この世界にとって、魔力が無い生き物って、どういう扱いなんだろうね?

 魔力は生命力とも言える、全ての生き物に宿る力なんだろう?それが当たり前なんだろう?なのに、勇者にはそれがない。俺にもね。それって、どこか矛盾してない?

 でも、魔力が無いのに、つまり生命力が無いのに、普通に生きている。アンデットでもなければ、魔物でもなく、人間として。これって、どうなんだろうね?

 調べてみなよ。恐らく、魔力が無い生き物が生まれたのも、勇者召喚の後な筈だから。」


 そう言って、部屋を後にする灰犬に、キュレウが慌てて着いていくのを見送りながら、スデープは目を見開いて呆然としていた。



 再び屋敷を出て、路地裏にいる浮浪児達に『減らないお菓子』のお菓子を配り歩く灰犬に、釈然としない思いを抱えていたキュレウは、灰犬に問うた。


「ねぇ、灰犬。さっきの言ってた事って、どういう事なの?」


 自分もクッキーを頬張りながら、子供達ががっつくようにしてお菓子を食べているのを見ていた灰犬は、キュレウの問いに片眉を上げた。


「さっきのって、狂呪具が狂い魔に有効って話?」

「その後の、根拠よ。」


 灰犬は、ああ、と頷くと、キュレウの方に体を向けた。


「1+1は、2だよね?」

「え?ええ。」

「木から落ちるリンゴは、地面に向かって落ちるよね?」

「それは、そうじゃない。当たり前よ。」


 あまりの当たり前の事を聞かれて、馬鹿にしているのか、と眉根を寄せるキュレウに、灰犬は頷いた。


「そう、当たり前の事だよ。1+1は0にはならないし、木から落ちるリンゴは空には向かわない。

 そりゃまぁ、1+1も二進数なら10になるし、論理和なら1だ。でも、普通の算数ならば答えは2になる。絶対に。木から落ちるリンゴも、余程の強風が吹いたり、何らかの力が働けば、落ちたリンゴが空を舞う事はあり得るかもしれないけど、それでも普通は地面に落ちる。宇宙に飛んで行くなんてあり得ない。

 そして、それは世の理で、絶対の法則だ。

 その当たり前の事から外れているのが、勇者なんだよ。世界の絶対の理から外れているのが、勇者であり、俺なんだ。」


 そう言いながら、灰犬はクッキーをあっという間に食べ終えると、ニコニコと笑みを浮かべながら言った。


「でもそれって、当然の事だと思わない?」

「当然の事、って……」

「だってさ。勇者は、この世界の人間じゃない。異世界の人間だ。

 その異世界に魔力が無かったら、どうなる?魔術ではない何かが、その世界では当然の技術として使われていたら?

 そんな世界に住んでいる人間を連れてくるんだ。当然、この世界の理に合う筈がない。つまり、バグるんだよ。世界が。」

「ばぐ、る?」


 疑問符を浮かべながら首を傾げるキュレウに、灰犬は機嫌がいいのか、酒に酔ったように話し出す。


「それはそうさ。チートを使ってセーブデータを弄ったら、そのうち矛盾が生じて、ゲームがバグるのと同じだよ。

 この世界も同じだ。生き物は魔力を持っているというのが当たり前だった世界に、魔力を持っていないのが当たり前の生き物を連れてきたんだから。だから、矛盾が生じて、世界は歪み始めた。歪んだから、狂い魔や、俺、そして。

 狂呪具が生まれた。」


 目を見開くキュレウに、灰犬は詠うように言う。


「因果は巡る。巡り回って、返ってくる。フォルナ国が犯した過ちが、世界が許してしまった罪が、狂い魔や狂呪具という形で、この世界に返ってきた。」


 そう、それは、当然の事。つまり、因果応報だった。

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