第14話
スデープの屋敷の応接室に、灰犬とキュレウ、そして、狂呪具を研究しているという、瓶底のような分厚い丸眼鏡をかけた男が、テーブルを挟んで向かい合っていた。
男は、ベムナントといい、灰犬がスデープにお願いして来てもらった研究者の一人だった。
ベムナントは、灰犬が顔半分を覆うように付けている『蠢く眼差し』をちらちらと見ながら、ぼそぼそと言った。
「えっと……狂呪具の事で、聞きたいことがある、とか……」
ベムナントの聞取り難い言葉に、灰犬は頷いた。
「そう。一般には危険としか言われていない狂呪具だけど、その危険度が狂呪具によってかなりばらけているような気がするんだよね。
例えば、この『蠢く眼差し』。」
灰犬は、『蠢く眼差し』を指でつついた。
「この『蠢く眼差し』、触れると子供の生首が見えるようになるんだけど、その子供達が『蠢く眼差し』を動かす事があるくらいで、誰かに強制的に付ける事もなければ、着けるように誘導する事もない。……俺の時は、仮面が置かれている所にあったから、取って着けてしまったけど。まぁ、仮面を着けなければ大して危険でも無いんだよ。」
灰犬の言葉に、ベムナントは興味深そうに『蠢く眼差し』を見ながら頷いた。
「なるほど……確かに、狂呪具の中には、出会ってしまっただけで生きる事を諦めろ、と言われているものもありますからな……」
「『真っ赤な縄』とかね。」
「ええ、そうです。あれは、どうやっても対策の仕様がない、まさに天災と言える狂呪具ですから。
ですが、中には、触れなければいい、とか、使用しなければ問題はない、といった狂呪具もあります。例えば、これ。」
そう言って、ベムナントは厳重なケースに入っていた、白い救急箱のようなものを取り出した。
「これは、『毒の入った薬箱』という狂呪具です。」
ベムナントのその言葉に、キュレウがギョッとして身を引いた。それを見て、ベムナントは慌てて手を振った。
「いえ、これは狂呪具なのですが、そこまで危険ではありません。この薬箱の中にある、薬が危険なだけですので。
勝手に移動する事もなければ、精神を乗っ取りもしない、正に「使わなければ危険じゃない」狂呪具なのです。」
「それでも、適正者のいない狂呪具じゃない!?」
「それは、そうなのですが……」
そう言って、共同不審のように視線をあちこちに飛ばすベムナントを尻目に、灰犬はベムナントの頭の上で跳ねて遊んでいる子供の生首に聞いた。
「この狂呪具って、積極的に人を殺そうとしてる?」
灰犬がそう言うと、ベムナントの太ももの隙間から、にょっきりと出てきた子供の生首が、『毒の入った薬箱』の隣でじっと見つめ、にっこりと笑って言った。
「そうでもないよー!」
「でも、「貴族は死ね」って言ってるー!」
その言葉を聞いて、灰犬はにっこりと笑って、顔を引き攣らせているキュレウに言った。
「貴族に恨みがあるだけみたいだから、お前は大丈夫そうだぞ。」
「そういう問題じゃないでしょうがっ!!」
そう言って、灰犬の頭を平手で叩くキュレウに、ベムナントがギョッとして目を剥いた。
「ああああ!適正者様になんて事を!」
「いいのよ、こいつはこのくらいで!私の事は心配する癖に、自分の事なんてまったく気にもかけないんだから!
だいたいあんたも、狂呪具を気軽に持ってくるんじゃないわよ!何が起こるか分からないから、こんなにも恐れられているんじゃない!」
腰に手を当てながらそう言ったキュレウの正論に、ベムナントは何も反論できず、肩を落として落ち込んだ。
「も、申し訳ありません……」
いそいそと『毒の入った薬箱』をしまうベムナント。キュレウは、当然だと言わんばかりの表情で腕を組んで鼻を鳴らした。
叩かれた頭を痛そうに擦っていた灰犬だが、不意に、眉根を寄せた。
「……なぁ、最近の出来事でさ。食べても減らないお菓子がある、っていう話を聞いた事、ない?」
額から汗を流す灰犬に、ベムナントは首を傾げながらも頷いた。
「ええ、ええ。とある貴族が、孤児から無理矢理取り上げたものに、そういうのがあったという話はあるそうですね。
何でも、その貴族はお菓子の食べ過ぎで死んでしまったとか。」
その言葉を聞いた途端、灰犬はベムナントを飛び越えて扉を蹴破り、勢いよく部屋を出た。
灰犬は、『蠢く眼差し』を顔に着け、『蠢く眼差し』の力を子供の生首に頼んで使い、灰犬に驚くメイドの影の中に跳び込むと、スデープのいる執務室の机の影から飛び出た。
「ご主人、そのお菓子を食べては……」
そう叫んで、灰犬はスデープを見て、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをした。
「……遅かったか。」
執務室には、冒険者と呼ばれる何でも屋のようなギルドに所属する男と、そいつの奴隷なのか、首輪を付けたドワーフの男、そして、白いお皿の上に乗ったケーキを食べるスデープがいた。
スデープが、驚いた様子で灰犬に声をかけた。
「おや、どうしたんだい適正者殿?」
美味しそうにケーキを咀嚼して、飲み込んでからそう言うスデープに、灰犬は険しい表情で言った。
「ご主人、そのケーキ、食べるのを止められる?」
「はは、適正者殿はおかしな事を言う。止めたくはないが、止める事など簡単に……」
そう言いながら、ケーキを口に運ぶスデープ。スデープは、ギョッとして腕を止めようとしたが、まるで誰かに体を乗っ取られたかのように、自分の意思で体を動かすことができなかった。
「こ、これは!?」
「やっぱり……!」
灰犬は、背後の冒険者の男を睨んだ。男は、こうなるとは思っていなかったのか、動揺して後ずさっている。
「ま、待てよ、なんだよこれ!こんなの聞いてないぞ!おい、これは食べても無くならない、魔法のお菓子なんだろ!」
そう言って、ドワーフの男に掴みかかる男だが、ドワーフの男は鼻を鳴らすだけで何も言わなかった。
そのドワーフに、自分でも恐ろしいくらいの憎悪が湧いてきたが、灰犬は奥歯を噛みしめてその衝動を飲み込むと、スデープと向き合った。
どうやら、スデープは、冒険者の男が献上してきた「食べても無くならない魔法のお菓子」を食べてしまったらしい。
だが、恐らくこれは、狂呪具だ。何より、子供の生首達が、「あ、狂呪具だー!」と喜んで言っているので、まず間違いない。
どうやら冒険者の男を騙したらしいドワーフの男に激しい殺意が湧いてくるが、灰犬はその衝動を無視して、スデープの止まらない腕を止めようと掴んだ。
が、しかし、人が出すとは思えない程の大きな力で振り払われ、灰犬は物凄い勢いで壁に激突し、壁の向こうに突き抜けた。
頭だけは守ったので、衝撃で体は震えるものの、意識だけは失わなかった。灰犬は、震える体を無理矢理叱咤して立ち上がり、ズレた『蠢く眼差し』を頭に斜めに付けると、廊下に血を吐き捨て、穴の空いた壁から飛び込んだ。
冒険者の男も、ドワーフの男も、目の前で起こった事に腰を抜かして震えていたが、灰犬はそれらを見もせずに、ナイフを鞘ごと引き抜くと、スデープの手首めがけて振り下ろした。
しかし、振り下ろしたナイフはあっさりと弾かれ、真っ二つになったナイフの刃と鞘が部屋の片隅に飛ばされてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます