第13話

 灰犬がスデープの奴隷になってから数日後、灰犬は毎晩不思議な夢を見るようになった。

 暖かい何かに包まれ、真っ暗で安心できる所で眠っていると、女性の悲鳴が聞こえ、その安心できる場所から引きずり出される、という夢だった。

 引きずり出され、放り捨てられた後に見えるのは、腹を切り裂かれた白い何か、血塗れの分厚い刃物を持って笑うドワーフの男、そして、怒り狂う黒い何かがドワーフに斬り殺される所だった。

 夢から覚めて毎回思うのは、まるで大切な何かを乞い求めるような寂しさ、真冬の中、裸で外に放り出されたかのような凍える寒さ、そして、今すぐにでもドワーフを殺してやりたいというどす黒く煮えたぎるような憎しみだった。


 こんな夢を十日ほど見続けた後、灰犬は、これがただの夢ではなく、何かのメッセージなのではと考え、キュレウに聞いてみることにした。

 ちゃんと二人分支給され、毒も入っていない朝食を食べた後、灰犬は自分の見た夢の内容をキュレウに話した。

 その話を聞いたキュレウは、神妙な顔で言った。


「そんな夢を……」

「うん。おかげで、町で偶然ドワーフを見た時、無意識にナイフを抜いていて困ったよ。」

「無意識にナイフを抜く!?」


 びっくりして目を剥くキュレウに、灰犬は溜息を吐いた。


「流石に何年もこんな夢を見るのは勘弁だからね。だから、自分でも調べようと思ったんだけど、情報が少なくて……」


 困った様子で獣耳の裏を掻く灰犬に、キュレウも腕を組んで考え込んだ。


「その、白い何かと、黒い何かが分かればいいのだけど……

 白い何かは腹を切り裂かれてて、黒い何かはドワーフの男に斬り殺されるのよね?つまり、白い何かの腹を斬り裂いたのはドワーフの男……?

 黒い何かは、そのドワーフの男に対して怒り狂ったのかしら。」


 そう呟きながら、灰犬をちらっと見て、キュレウは、灰犬の瞳がまた桃色に光っているのを見た。

 最近分かってきたのだが、灰犬の瞳は、心が昂ったり、イライラしたり、怒ったり、お腹が空いてきたりすると、瞳がどんどん赤くなっていく、という事が分かってきた。

 最近では、灰犬が墓参りに行く道中に、すれ違った男がキュレウを見て差別する発言と共に罵倒した時、それを聞いて振り返った灰犬の瞳が、真っ赤にギラギラと光っていた事があった。

 灰犬から発せられる激怒の気迫に、男は悲鳴を上げて逃げていったが、キュレウが止めなければ、灰犬は男を追いかけて殺してしまうかもしれないくらいには怒っていたのだ。

 キュレウが何とか宥めたが、その後しばらくは灰犬の瞳は桃色に光っていた。

 昼食を食べた時に、その瞳の色が黒に近くなっていたので、何かお腹に食べ物を入れれば和らぐという事も分かっているが、獣人族にも人族にも、そんな瞳を持つという話は聞いた事がない。瞳の色が変わるなど、魔物くらいのものだ……

 と、そこまで考えて、キュレウの脳裏に光が走った。


「……いる。」

「うん?」

「いるわ。感情によって、瞳の色が真っ赤になる魔物が!」


 急に立ち上がってそう叫ぶキュレウに、灰犬は困惑顔で首を傾げた。


「お、おう。急にどうした?」

「そうよ、そうだわ!きっとこれよ!」

「あの、俺にも分かるように言って貰えると嬉しいんですが……?」


 乾いた笑みを浮かべる灰犬の肩を、キュレウががっしりと掴んだ。


「あなたの夢の原因と、そして、その瞳の色と獣耳と尻尾の謎よ!」

「えっ、本当?」


 パチパチと目を瞬く灰犬に、キュレウは灰犬の肩を離し、座りながら得意げに言った。


「ねぇ、狂牙狼、っていう魔物、知ってる?」

「狂牙狼?いや、知らないな。」


 キュレウは、指を立てた。


「狂牙狼っていう魔物はね、雄が真っ黒な毛で、雌が真っ白な毛を持つ、凶暴な狼型の魔物なの。

 目に付いた生き物は全て食い殺してしまう凶暴な魔物で、強い個体は竜ですらその牙に掛けるらしいわ。しかも、同じ狂牙狼ですら、捕食対象になるくらい凶暴らしいのよ。

 そんな狂牙狼なのだけど、番いができて、子供が生まれると、その凶暴さが一変するの。

 まるで別の生き物みたいに、夫婦で仲睦まじく愛し合い、生まれた子供を慈しむのよ。外敵には一切の容赦はないのだけれど、危害を加えたり、不意に近付きすぎたりしない限りは、とてもおとなしい魔物になるの。」


 キュレウは、そして、と言って、灰犬を指した。


「狂牙狼の子供はね。成獣になるまで、雄も雌も、毛が灰色なのよ。」


 キュレウの言葉に、灰犬は目を見開いて、自分の獣耳に触れた。灰犬の体毛は、あの灰色の狼の子供の死骸を食べてから、灰色になったのだ。

 つまり。


「……俺が食べたのは、狂牙狼の子の死骸だったのか。」

「きっとそうよ。狂牙狼は、お腹が空いたり、怒ったりすると、瞳の色が真っ赤になるらしいもの。」

「そして、その子供の親は……」


 灰犬がそう言って、黙り込んだ。


 つまり、灰犬の夢は、狂牙狼の子供が、どんな目にあって死んだかを示していたのだ。

 まだ生まれる前、母親の胎内に宿っていた頃、ドワーフの男に母親を殺され、その胎内から引きずり出された。

 それを見た父親が、怒り狂ってドワーフの男に襲い掛かったが、返り討ちに遭い、斬り殺されてしまったのだ。

 狂牙狼の子供の両親が、死んだ後どうなったかは不明だが、狂狼の子供は死骸のまま、あの洞窟に残された。

 そして、それを食べたのが、灰犬だったのだ。



 灰犬が自分の食べた狼の子の真実を知った後、毎日見ていたあの夢を見る事は無くなった。

 ただ、最後に、とても寂し気な瞳をした灰色の狼の子が夢の中に出てきて、「お母さんとお父さんは、何処……?」と泣いていた。

 目覚めた後に、涙を腕で拭いながら灰犬は決意した。


 必ず、あの狼の親を探し出すと。

 例え、どんな形に変わっていても。もう、死骸すら残っていないのだとしても。

 それが、あの子を食べた、自分の背負うものだと決意して。

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