第12話
キュレウの首に奴隷の証である首輪が無くても、スデープは何も言わなかった。
部屋で二人っきりになった時、キュレウがその事を疑問に思った。
「なんで、何も言わないのかしら……?絶対に何か言われると思ったのに。」
「こっそりと監視を付けてたから、知ってたんだろうね。それに、今の貴族って、昔ほど馬鹿な事をやらかさなくなった、って言うし。」
灰犬が監視の事を言っていた時に、ムッとしたような顔で聞いていたキュレウだが、貴族に関する話になると、首を傾げた。
「馬鹿な事をやらかさなくなった、って……どうしてなのかしら……?」
「狂呪具だよ。」
灰犬のその言葉に、キュレウはちらっと灰犬の頭に付いている『蠢く眼差し』を見た。
その視線に気付いた灰犬が、『蠢く眼差し』に触れながら頷いた。
「狂呪具の多くは、貴族の傲慢が原因で生まれた、って言われている。例えば、『幻痛枷』っていう狂呪具があるんだけど。
『幻痛枷』は、拷問好きのとある貴族の、奴隷の少女に着けていた枷が狂呪具になったものでね。その貴族は、ありとあらゆる拷問を少女に行い、死ぬ間際になったら魔術で回復し、また拷問を行うという事を繰り返していたんだって。」
灰犬のその言葉に、キュレウが嫌悪を滲ませて、はっきりと顔を顰めた。
「……最低ね。」
「本当にね。で、そんな風に、貴族のせいで生まれた狂呪具は、総じて貴族を標的にする事が多いんだよ。
狂呪具によって違いがあるから、絶対とは言えないんだけど、狂呪具の中には自ら人を殺しにいくものがあるらしいんだ。有名なものでは、さっき言った『幻痛枷』や、『呼びかける人形』、『真っ赤な縄』、『自爆するぬいぐるみ』がそうだね。
今は、噂がぱったりと途絶えているけど、少し前までは『幻痛枷』が貴族を殺して回ってたんだ。それも、平気で人を虐げるような貴族ばかりをね。
だから、貴族達は自分が殺されては堪らないと、傲慢に振る舞ったり、平民を虐げたりしなくなったって訳。」
複雑そうな顔でその話を聞いていたキュレウだが、ふと、疑問を抱いて、灰犬を見た。
「随分と、狂呪具に関して詳しいのね?」
キュレウのその言葉に、灰犬は、困ったような、言い辛い事のような、そんな顔で言った。
「ああ、うん。一時期、ちょっとね。色々と調べたんだ。」
言うか、言うまいか、悩んでいる様子の灰犬に、キュレウが眉を下げて言った。
「言い辛い事なの?」
「……いや。う、ん……」
しばらく腕を組んで唸っていた灰犬だが、一つ頷くと、キュレウを見た。
「そうだね。これは、あまり言いたくない事ではあるんだけど……お前になら、いいかな。」
フッと微笑んでそう言う灰犬に、キュレウはちょっとだけ頬を赤らめて、灰犬を見つめた。
灰犬は、そんなキュレウを見てから苦笑すると、真剣な顔で言った。
「俺には、魔力が無いんだ。」
「……えっ?魔力が、無い?」
怪訝そうな声でそう聞き返すキュレウに、灰犬は頷いた。
「そう。普通はありえない事なんだってね。どんな人でも、どんな生き物でも、それこそ植物にでさえ、魔力は宿っている。物にだって、一部を除けば魔力がある。なのに、俺には魔力が無いんだ。
そしてね、ここからが本題なんだけど。」
自然と顔を寄せ合って話す二人。灰犬は、少し声を落として言った。
「狂呪具には、魔力が無いんだって。あれだけの力を持っているのにも関わらず、だ。」
灰犬の潜めた声に、キュレウは目を見開いて声を上げた。
「ええっ!?そんな、まさか……」
「それが、本当らしいんだ。魔力もだけど、魔術も弾いてしまうらしい。
そして、俺には、回復魔術や、洗脳や制約といった魔術が効かない。」
灰犬のその言葉に、ハッとして、キュレウが目を見開いた。
「似てる……?」
「そう。それだけじゃなくて、俺には魔術ではない、超能力みたいな力があるんだ。
例えば、こんなのとか。」
そう言って、灰犬が指を鳴らすと、途端に、キュレウは、灰犬が何処に居るかが分からなくなってしまった。
慌てて周りを見渡すキュレウの耳に、指を鳴らす音が聞こえる。前を見ると、灰犬がさっきの体勢のままでそこに居た。
驚いて、呆然としているキュレウに、灰犬はニヤッと笑った。
「俺には、誰かの意識を認識したり、意識を操作したりする力がある。
さっきのは、お前が俺を意識できなくなったから、まるで消えたように見えた訳だ。
他には、俺の認識できる範囲の意思を感じ取ることができたり、自分に意思を向けてきた相手が何処にいるかを探ったり、そいつの意識を操ったり、といった所かな。」
興味津々といった様子で聞いていたキュレウが、顎に指を当てながら聞いた。
「その力を使うには、指を鳴らす必要があるの?」
「いや?指を鳴らさなくても発動できるよ。俺が対象を認識できれば、どんな意識でも操れるからね。それこそ、防御や結界の魔術を使っていても。
指を鳴らすのは、こちらに意識を向けるように誘導する為だよ。意識を向けられれば、どんな所にいても俺には分かるから。」
灰犬のその言葉を聞いて、そのでたらめな力に、キュレウは不満そうに眉根を寄せた。
「何よその力。それって、つまりはあなたの事を考えたりするだけでも、あなたにはそれが分かる上に、何処にいるかまで分かるんでしょう?理不尽じゃない。まるで、狂呪具のよう……」
そこまで言って、キュレウは、「あっ」と声を上げて、灰犬を見つめた。
「……だから、狂呪具を調べたの?」
「そう。その頃の俺は、この力に振り回されていたから、余計に。」
灰犬は、獣耳の裏を掻きながら、苦い笑みを浮かべた。
「他人の意思を感じ取れるのはいいんだけど、その力の強弱は付けられないし、力は発動しっぱなしだし。周りで交わされる意思や、自分に向けられる害意や敵意なんかをはっきりと受け取ってしまうから、その当時は他人の意思が分かるせいでろくに眠れなかったんだ。食事も喉を通らなかったし。
俺がこの力に慣れ始めたのは、獣耳と尻尾が生えた辺りからだよ。」
その頃を思い出してか、重い溜息を吐く灰犬に、キュレウはそっと目を伏せた。
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