第5話
緊急事態だというのに、コントのようなやり取りをしていた男と灰犬だが、そんな、場にそぐわない事をやっていたせいで目立っていたのか、気付くと、会場にいる人の全員から仮面越しに見つめられていた。
太った男が、呆然とした様子で呟いた。
「狂呪具を、扱える、だと……まさか、適正者か……?」
太った男の言葉に、灰犬の主人の男が眉根を寄せた。
「適正、者?なんだそりゃ?」
顔を顰めながら首を傾げる男に、灰犬は呆れたように首を振りながら溜息を吐いた。
「狂呪具を、使用者の負担が殆ど無しで扱える者の事だよ。大抵の狂呪具は、使ったら死んだり、体を乗っ取られたりするんだけど、その狂呪具と相性がいい人が稀にいて、そういう人は狂呪具の呪いを受けずに使えるんだって。」
「なんだ、犬、お前適正者って奴なのか?」
結局よく分かっていなさそうな男の言葉に、灰犬は呆れたような目で見た後、抱えていた子供の生首に聞いてみた。
「俺って、適正者なの?」
子供の生首は、んー、と目線を上に上げると、にっこりと笑って言った。
「わかんなーい!」
灰犬の腕にある子供の生首がそう言うと、人々の影の中や、物と物の隙間から、笑い声と共に声が響いてきた。
「でもね、でもね、お兄ちゃんの事は好きだな!」
「お兄ちゃんは
「私達の事、ちゃんと見てくれるから!」
「あと、雰囲気?かな!」
「だから、僕達の見てるもの、見せてあげるの!」
「お兄ちゃんもいつか、
この声は灰犬以外にも聞こえたらしく、無邪気な声であるにも関わらず、悍ましさを醸し出すその声に、会場全員の人が震えだした。
灰犬は、生首達の言う事から推測して、どうも、この子供の生首に好かれると、『蠢く眼差し』を扱えるようになるらしい、と考えた。
ふと、思った事があって、灰犬は手に持っている子供の生首に聞いてみた。
「例えばさ、俺じゃ無い誰か……そこの、ヘタレなご主人がこの仮面を被ったら、どうするの?」
「お、おい!誰がヘタレだ!慎重なだけだ、俺は!」
そう怒鳴った男を、子供の生首達が一斉にギョロリと見つめる。男が「ひぃぃ」と情けない声を上げた。
すると、子供の生首達は、いっせいにおかしそうにくすくすと笑うと、声を揃えて言った。
「「「「「首チョンパ!」」」」」
くすくす、あはは、と、無邪気な笑い声が響く中、仮面の中で顔面蒼白になった男が腰を抜かして座り込んだ。
「大人はしんせー?じゃないから、贄にしちゃ駄目なんだよ!」
「だから殺すの!殺して、綺麗な世界を作るんだって!」
「666人目に、神様が生まれるんだって!」
「その神様が、綺麗な世界を創ってくれるんだって!悪い人を皆殺しにして!」
「今までねー、665人の贄が捧げられたの!だから、あと一人!」
「「「あと一人で、神様が生まれる!」」」
子供の生首達の話の、その流石の内容に、灰犬の額に冷や汗が流れてきた。
間違いなく、666人目の贄が捧げられたら、とんでもない事が起きるのを、子供の生首達の言葉で灰犬は確信した。
だが、子供の生首達は、笑いながら、残念そうに言った。
「でもねー、お兄ちゃんは贄にはなれないんだ。」
「お兄ちゃん、汚くないけど、綺麗じゃないもん!」
「でも好きだな!だから、666人目の贄が捧げられて、神様が生まれたら、真っ先に
「「「「「だから待っててね!」」」」」
にっこりと笑いながら言われたその言葉に、灰犬は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「ああ、うん。ありがとう?」
冷や汗をだらだらと流しながらそう言った灰犬の言葉に、子供の生首達はくすくすと笑い声を返した。
灰犬は、内心で、何でこんな事になったんだと嘆き、頭を抱えたくなった。
ふと、気付いた。
(ん?そういえば、元々『蠢く眼差し』は出品されたものだよな?
だったら、ここに持ち込んだ馬鹿野郎がいる筈だ。)
そう思った途端、灰犬の中で、怒りが込み上げてきた。元々、そいつがこんな裏オークションなんかに出品しなければ、灰犬がこんな目には合わなかったのだから、灰犬の怒りがそいつに向くのは当然の事だった。
灰犬は、冷や汗を掻いていた焦りの表情から一変して、犬歯を剥き出しにするような笑みを仮面の中で浮かべた。
「なぁ、『蠢く眼差し』をここに出品した奴がいる筈なんだけど。何処に居るか分かる?」
灰犬がそう言った途端、会場の隅っこで震えていたガリガリに痩せた男に、視線が集中した。仮面で見る視界も、痩せた男が一斉に映る。
ゆっくりと顔を巡らせ、男に顔を向けながら、灰犬が低い声で呟いた。
「お前か。」
「ひっ、ひぃぃぃ!」
痩せた男が、悲鳴を上げて逃げ出すが、何処からともなく現れた、黒いスーツと黒いサングラスを掛けた、がたいの良い男達にすぐさま捕らえられ、何処かに連れ去られてしまった。
しばらく後から、痩せた男の断末魔が響いた。その断末魔の声で、痩せた男が殺されたのが分かった。
「お、おい……なんで、あいつ殺されたんだよ……?」
いまだ腰を抜かしたままそう言う男に、灰犬は鼻を鳴らし、冷たい声で言った。
「狂呪具を意図的に使わせようとしたり、大勢の人がいる所に放置したりするのは、国家反逆罪よりも重い罪になるんだよ。それこそ、その場で殺されるのも仕方ないくらいにね。」
狂呪具を大勢の人の前にさらすなど、大規模テロが起きるのと同じくらいの被害が出る可能性があるのだ。だから、狂呪具を発見した場合、速やかに人のいない所に持っていき、封印する事、と、法に定められている。
ただし、これが守られた事は殆ど無い。なぜなら、そもそも発見した時点で手遅れな事が多いからだ。
だから、どんな国でも、その狂呪具の適正者が見つかると、大切に保護する。適正者を傷つける事もまた、国家反逆罪と同等の罪になるのだ。
狂呪具の適正者が現れれば、適正者が生きている限り、その狂呪具の被害は殆ど無くなる。つまり、制御ができなくても、最低限、暴走しなくなるので、被害が広がる事がなくなるのだ。
灰犬が、『蠢く眼差し』を通して処刑された死体を見ていた時、恐怖のこもった視線を感じて、灰犬は男に意識を向けた。
視線の主である男が、灰犬を得体の知れない恐ろしいものを見るような目で見ているのが、灰犬には分かった。例え仮面越しでも、はっきりと、灰犬には分かってしまった。
(……これは、もう終わりかな。)
別に、この男が気に入っていた訳では無い。それなりに長い付き合いだが、別れを惜しむ程の親しみは、男とは無かった。
太った男がこちらに近付いてくるのを仮面に映る視界で確認しながら、灰犬は、男に向かって頭を下げた。
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