第4話
扉を通った先は、コロシアムのような、中央の円状の台を囲んで、段々と上に上がっていく席が配置されていた。
男は、その内の一つにどっかりと座り込むと、執事から渡されていた番号札を確認していた。
ここは、闇オークションの一つのようだ。灰犬は、仮面に映る視界から、これから出品されるであろう商品が映る視界を見つけると、その視界を注視した。
どうやら、あれが見たいと、見たいものを意識すると、視界がそちらの方に動いていくようだ。多分、この視界は、あの子供の生首が見ているものなのだろう。
明らかに高価そうな壺や、美人の奴隷なんかを流し見ていると、その中に、何も置いていない台座があった。
意識して近寄ってもらうと、その台座のネームプレートには『蠢く眼差し』と書かれている。
「まるでこの仮面に触れて感じるようになった視線みたいだな。」
誰にも聞こえないくらいの小声で、ぼそりと呟く。
まさかこの仮面か、と、一瞬思ったが、いやまさかそれはないだろうと灰犬は首を振った。それでは、仮面が勝手に動いた事になってしまう。
ホラー映画じゃあるまいし、と、苦笑する灰犬だが、そもそも自分しか見えないとはいえ、子供の生首が転がっている時点で十分ホラーである。人を殺し過ぎてどこかおかしくなってしまったのかもしれない。
オークションが始まった。中央の舞台に商品が運びこまれてくると、席に座っている人達が、番号札を掲げながら値段を言っていく。
男は、最初から奴隷狙いだったらしく、他の商品には目もくれなかった。
が、結果から言ってしまうと、奴隷は買えなかった。でっぷりと太った貴族っぽい男が、男の指定した値段の二倍近い値段を告げてあっさりと終わったのだ。
男がイライラして帰ろうとしているのは分かったが、ここで帰ったら笑い物だと説き伏せて、灰犬は男にオークション会場に居てもらった。
どうしても、灰犬にはあの『蠢く眼差し』が気になるのだ。
順調にオークションが進み、遂に『蠢く眼差し』の番になった。
だが、やはり『蠢く眼差し』は無かったらしく、会場が慌ただしくなっている。
席に付いている客がざわつき始めたとき、あの奴隷を買った太った男が、席を立って大声を上げた。
「なんだとっ!?『蠢く眼差し』だと!?誰だ、そんなものを出品した大馬鹿者はっ!!あれは、『蠢く眼差し』は、狂呪具だぞ!?」
太った男のその声に、会場がシーンと静まる。そして、次の瞬間、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「な、なんだ。きょうじゅぐ?なんだそれは?」
客の皆がパニックになりながら出口へ殺到する中、灰犬の主人の男が呑気にそう言った。灰犬は、呆れ返った様子も隠さずに溜息を吐いた。
「何でも、制御不能な上に破壊不能の呪われた道具らしいよ。狂呪具一つで国を滅ぼした事もあるとか。
しかも、制御不能だから対策のしようがないし、普通の人が使えば十中八九その人は死ぬ上、周りの人を巻き込んで大量の命を奪っていくんだってさ。」
「なんだとぉっ!?そんな恐ろしいものがここに出品されていたのか!?」
仮面の中で目を剥き、腰を浮かした男に、灰犬は一つ頷いた。
「そう。しかも、その狂呪具が無くなっていたみたい。だから、こんなに大騒ぎになっているんだと思う。」
「そんな恐ろしいものが……ん?待て、何でお前はそれを知っている?」
首を傾げる男に、灰犬は仮面を指しながら言った。
「この仮面、被ると色んな所が見れるようになるみたいなんだよ。それで確認できたって訳。」
「なんだ、その便利なものは。俺によこせ!」
手を伸ばしてくる男に、灰犬は、笑いながら言った。
「その代わり、色んな所から視線を感じるようになる上に、子供の生首があちこちに見えるようになるけど。」
「呪われてるだろそれ!?そんなもんいらん!」
さっと手を引っ込め、しっしと手を振って顔を遠ざける男に、灰犬は苦笑して肩を竦めた。
その時、あの太った男がまた声を上げた。
「『蠢く眼差し』は、確か仮面の狂呪具だった筈だ!仮面に気を付けろ!」
その言葉に、男が思わずと言った様子で灰犬の仮面を見つめた。
「……おい、犬。その仮面が狂呪具なんじゃないのか?」
男の訝し気なその言葉に、灰犬は鼻で笑った。
「いやいや、そんな筈がないでしょ。考えてもみなよ。狂呪具って、ほぼ確実に使用者が死ぬって話だよ?
俺はこうやってピンピンしてるし、それに、こうやって着けてるのに誰も死人が出ていないじゃん。
だから、きっとただの呪われた仮面だよ。」
どこかズレた事を、自信満々にそう言う灰犬に、男は暫し顎に指を当てて考えてから、頷いて言った。
「それもそうだな!」
そうそう、と笑い合いながら男と灰犬が話し合っていると、先程まで出品された商品の説明をしていた司会者が、大声を上げた。
「『蠢く眼差し』は、見た目は血に濡れたのっぺりとした仮面です!よく見ると、仮面の表面に魔方陣のようなものが見えます!そのようなものを見つけた方は、私どもに知らせて下さるようお願いいたします!」
その言葉に、男が灰犬の仮面を見つめた。
「……おい、犬。その仮面、よく見ると擦れた魔方陣っぽいものが見えないか……?」
男のその言葉に、灰犬は、仮面を外し、表面を見てみた。所々、血に濡れた仮面の表面には、擦れてはいるが、魔方陣っぽいものが見える。
灰犬は、そのまま仮面を着けて肩を竦めると、おどけるように言った。
「気のせいだよ。」
「そうか、気のせいか……って、んなわけあるかぁ!!」
後ずさって離れる男をよそに、灰犬は、足元にじゃれつく子供の生首を持ち上げ、顔の前まで持ち上げた。
「ねぇ、この仮面って、『蠢く眼差し』っていうの?」
子供の生首は、くすくすと笑うと、「そうだよ!」と元気に言った。
灰犬は、笑いながら片手を上げ、男に言った。
「ごめんご主人、これが『蠢く眼差し』みたい。」
「ほら見ろぉ!やっぱりそうじゃねーか!!」
随分と離れた位置から灰犬を指しながら、男はそう怒鳴った。
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