第17話 : 借りた物の重さ

 魔法世界に存在している国際機関。魔法力開発機関。その機関の事実上のトップ、魔法師の地位に就く者に連絡があったのは、つい30分程前のことだった。連絡してきた主は、出来ることなら会いたくない人物。

 滝本静という人物に不覚も借りを作ってしまった事を、ソフィア・マークスは後悔した。


 「なんで、どうしてあの人が・・・」


 来る、と言われた以上自身が職務を行うこの研究室からは出ることは不可能。本音を言うなら今すぐに逃げ出したい。

 しかし、ソフィアは改めて考える。今問題を起こしてるのは向こうであって、自分達ではない。むしろ、初めて優位に立ってさえいる。


 「あれ、ひょっとして、借りをチャラに出来たりする?」


 苦手意識のある人物に優位に出れる。それだけで、胸踊る。

 しかし、そんな彼女の考えは一瞬にして砕かれる事になる。


 「今ならあのババァも私の敵ではないのだっ!!」


 ビシッ!と、指をつき出す。


 「――ほぅ」

 「・・・」


 目は閉じたまま。恐ろしくて、目を開ける事が出来ない。そして、つき出した指を降ろすことも出来ていない。

 氷よりも冷たい空気が支配する研究室。室内には、案内人だろうか、もう一人居るのが気配で分かった。


 「あ、案内どうも。もう下がって良いぞ」

 「し、失礼します」


 足早に、しかし静かに研究室を出ていった声。今この場には、ソフィアと声の主、滝本静しかいない。


 「で、いつまでそうしてるつもりだ?」

 「ぎゃああああーー!!」


 つき出したままの指を反る様に曲げられ、思わず膝から崩れ落ちる。しかし、指はまだ支配されたまま。


 「誰が敵ではないだと?」


 冷酷な目線が上がら降り注ぐ。ソフィアは痛さでそれどころではない。


 「この私に借りがある立場でよく言えた物だな、ソフィア」

 「いぃ、痛い痛い痛い!」


 とどめと言わんばかりにソフィアの指を捻る。それが終わりようやく解放されたソフィアの指。ソフィアは両膝をついたまま、静に握られていた指を押さえる。そんな彼女を、フンッと鼻息をならして見下ろす静は絶対的な強者であった。

 指の痛みが引き、改めて魔法師としての挨拶を行う。でないと、目の前の人物が次何してくるか分からない。


 「それで教官、今回はどのようなご用件でしょうか?」

 「よせ。もう私はお前の教官ではない」 

 「それは仕方ありませんよ。私の中での貴方は、えげつない鬼教官としてのイメージしかないのですから」


 ソフィアが今の職に就く前、短い間ではあるが、静の下に居たことがあった。その時の関係は魔法以外の戦闘技術を教える教官と生徒の関係だった。その時はソフィアも広域時空警察の一員だった。


 「たった三ヶ月の関係だろうが。それ以前の時間の方が濃い気もするんだが?」

 「ぁぁ、そうですね~」


 掘り返されたくないものを的確に掘り出す静。今回の交渉材料はまさにそれだ。

 空気がゆっくり落ち着いてきたところで静が本題を切り出す。


 「今日来た理由はわかってるんだろう?」

 「それは、まぁ。あちこちで大騒ぎですから」


 表情に出さないように必死に笑みをこらえる。もし、ここで笑おうものなら冗談抜きに消し炭にされかねない。


 「その一件に魔法世界の犯罪組織が噛んでる」

 「この世界のが?」


 褒められたことではないが、世界を跨ぐ犯罪組織の数は決して少なくない。それは、どの世界でも同じ。それでも、自分たちの世界からそういった、静たちの手を煩わせるようなことだけは何としても避けたいと考えてる。

 広域時空警察の介入が始まると、それまで自分たちで進めていた捜査情報全てを渡さなくてはならない。それは、自分たちの手柄を横取りされるのと大して変わらない。ゆえに、反発も強まる。

 現場の感情と、政治的思惑。その両方に板挟みされるのが、今の魔法師の役目でもある。


 「そうだ。ソフィアがまだ18の時か」

 「聞きたいって言ってた8年前の?」

 「そう。その時雨の日の太陽事件。世間ではそう呼ばれてるな」


 『雨の日の太陽事件』

 今から8年前、魔法世界で起こったテロ組織による、ビルジャック及び爆発事件の総称。

 事件が起こったのは魔法世界にある『リフォルマ』と呼ばれる都市国家。その街の中心にあった大型複合施設。そこがテロ組織によって占拠された。

 当初、この事件は魔法世界内での問題だった。当然、一世界内での問題にわざわざでしゃばる程広域時空警察も暇ではない。

 だが事件は単純ではなかった。事を起こした組織は一つではなかった。複数の組織によって起こされたものだった。この事がこの事件を大きくした。

 事件当時、いくつかの都市では、力を持つ者と、そうでない者。この二つの対立が目立つようになっていた。それは、過去一世紀で急激に進んだとされている。その中心にいたのは、力を有していない世界の住人達。彼らが、他の世界の者たちを導いた。


 「世界が繋がる以前から各世界で認識はあったものの、脅威にはなり得なかった故、放置されてきた」

 「でも、実際は違ったわけですからね」


 その中で起きた雨の日の太陽事件――。

 何故魔法世界が狙われたのか?理由は簡単だった。

 魔法世界の力は、その家柄によって大きく左右される。そのため、個人の力ではどうにもできない点が多い。それは、自然と魔法世界内での格差となって表れた。


 「力だけを求めたところで、何も変わらん。実際、今のうちを見ればわかることだ」

 「そうですねぇ~。教官の恐ろしさを知れば誰も歯向かおうなんて思いませんしね」


 嫌味たらたらなソフィア。その理由は、彼女が件の内容に関わってるからである。


 「あの時お前が放った言葉は鮮明に覚えてるぞ」

 「うぐ・・・」


 言葉を詰まらせるソフィア。それもそのはずだ。彼女自身も、その事件の中心にいたのだから。

 

 「忘れてください。若気の至りってことで」

 「その割には何とも呆気なかったなぁ」


 静の絶対的な強者感はどこまで行っても消えることを知らない。

 かつて、テロに加担した側のソフィア。そんな彼女が今こうして、魔法師の地位に座れてる事が大きな借りとなっている。


 「けど、あの事件関係者は全員捕らえたって言ってましたよね?」

 「当事者は、だ。だが、奴らを支持する者は、我々の想像を超えた」

 「では、“水平線”の後継者が現れたと」

 「面倒なことにな。事件当時の水平線関係者は全員監視対象だ」

 「それって・・・」

 「いうまでもなく、お前もだ。現状、次に奴らが接触をするとすれば、お前の可能性が高い」


 かつて中心にいた一人がソフィアだった。その後、色々あり、静の下についた。その後は、広域時空警察のいい様にされるために、魔法師の地位に就かされた。

 魔法師になる程の力を持つソフィアが何故、水平線に属したのか。それはまた別のお話。


 「でも、今の私は完全に教官サイドですよ?」

 「そんなことは関係ない。奴らに必要なのは、お前がかつてそうだったという事実だけだ」


 なんとも迷惑な。そう言いたいが、これもまた自分が背負うべき罪というものだと飲み込む。

 

 「でも、私、この世界での水平線の関係組織なんて耳にしてないですよ」


 身に覚えが無いことを両手で表すソフィア。


 「組織の拠点がここなだけであって、構成員は様々だ」


 無論、静もその点を理解してる。


 「それじゃあ、あの時の水平線とは、ほぼ無関係いじゃん」

 「今は、だ」

 「それってどういうことですか?」

 「水平線だけではない。過去、事件を起こした組織全てが今回の捜査対象に含まれてる。勿論、水平線と関りがあったとされる暗闇の目、とやらも」


 それは、静が柚に伝えたことそのまま。身内の内部も洗いなおす。


 「それって、私も容疑者の一人ってことですか?」


 不機嫌そうに、そしてどこか狂気じみた声で答える。まるで、過去の自分を呼び戻したみたいに。そのソフィアを見ても一切動じないどころかむしろやる気を見せる静。


 「ほう。何か心当たりがありそうだな」

 「あったら、どうします?」

 「お前を連行する。抵抗するなら一切の容赦はせん。お前をテロの未遂容疑と、私に対する特殊攻撃の現行犯でだ」


 冷や汗を欠きながらのソフィアと、強者のオーラを纏う静。


 「言っておくが、私とまともにやりあおうというなら、五体満足は諦めるんだな」

 「ハッタリ、じゃなさそうですね」


 凍るような空気。あたり一帯を冷徹が支配する。冗談じゃない事は馬鹿でも理解できる。五体満足どころか、首から下が無事では済まないかもしれない。そんな恐怖が襲ってくる。


 「この私が姑息な真似をするとでも?」

 「っなぁ!?」


 瞬きをするよりも短い時間。その刹那の間に静は、ソフィアの背中を支配する。


 「今動いてみろ、両腕が吹き飛ぶぞ?」

 

 ソフィアの腕には、ナイフの刃が当てられている。切り落とすではない。吹き飛ばす。そう、静は表現した。その理由は、そのままだ。

 空気の冷たさと、刃の冷感。その二つがソフィアを徐々に支配する。完全に戦闘の意思が消えたのを確認すると、静はゆっくりと、刃を下す。


 「その年でよく動けますね」

 「そうでなければ、現場のトップなど張れん」

 「本気でしたよね?」

 「言ったろ?身内でさえも疑うと」


 疑わしきは罰する。それが今の静の方針でもある。そこに、かつての関係といった私情は挟まない。


 「私はもう、あそことは無縁です。教官の下に付いたときに、そう誓わされてます。勿論、今何してるかも本当に知りません」

 「本当に何も知らないのか?」

 「ええ」

 「魔法師の地位に就いた後もか?」

 「だからそうだとぉー・・・」


 問いに答えてると、徐々に顔をしかめていく静。


 「おい、今回のような事件を起こす奴らを、調べもせず、のうのうと野放しにしてたのか?」

 「はい?」

 「これは魔法世界の怠慢と言って良いんじゃあないのか?」


 これが広域時空警察のやり口。相手の小さなミス、不手際を見つけ出し、責任を負わせ、自分たちが介入する口実を探る。時には静のように責任転嫁までも。これだけの事をして、嫌われないほうがおかしい。

 そして今、まさに静の餌食となったソフィア。


 「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。それはいくら何でも」

 「我々はしっかり情報を入手し事前の内偵まで行ったんだぞ?それなのに、この世界の人間は何もしてなかったということか。自分たちの世界にアジトを置き、非人道的活動を行うような連中が潜んでるというのに」


 その無理やりな論理を、上から目線で語る静。普通なら絶対に言い返す場面。だが、目の前にいるのが絶対的な強者であった場合、どうやって反論しろというのか。

 しかし、今のソフィアには、魔法師としての立場がある。魔法世界側に非があるといわれて、はいそうですか、とは言えない。なんでもかんでも、広域時空警察の言いなりになる操り人形では、それこそ立場が危うい。

 

 「では言いますが、教官たちはその間の8年間。今日まで何もつかめてなかったのですよね?8年前に全て終えたと思い込んだ結果が今なのでは?」

 「ほお。言うようになったな小娘」

 「今の私は、この世界の頂点に立つ一人です。それ相応の責務を負いますし、負わされることも承知の上です。しかし、他人のミスの尻拭いをするほどのお人よしではないですし、この世界の人たちにそれをさせるのであれば、私は拒否します」


 静かに言わせればまだまだ小娘のソフィア。だが、静に向かって放った一言はひどく重たいものだった。今のソフィアの下には魔法世界の人々が多く生活している。


 「ならば、我々広域時空警察から、魔法力開発機関に命ずる」


 声のトーンを低くし、そしてソフィアの目をまっすぐ見る静。その視線にドキッとなるソフィア。心臓が飛び出そうなほど鼓動が大きくなる。


 「特別条項第11条に基づき、関係者の動員を命ずる」

 「それはつまり、一時的とは言え、従属しろと?」

 「そうだ。それ以外に、お前の疑いを晴らす術はないぞ?」


 特別条項。広域時空警察の請け負う任において、複数の世界を同時多発的に股にかける必要性に駆られたとき、現地の人員を広域時空警察の傘下に収める条項。その中でも、最もレベルの高い物が第11条。これは、各世界の主要人物のみに焦点を当てたもの。そして、それは有しているあらゆる情報を開示すさせる条項。


 「それで、私たちに何を」

 「簡単だ。今持ってる情報と魔法力開発機関の人間全てを差し出せ」

 「それは横暴です」

 「事態は四の五の言ってられん」

 「状況解決の次は、うち《魔法世界》と戦争ですか?」

 「我々と事を構えるということは、他の二世界を敵に回すと言うことだぞ。広域時空警察案発起人の魔法世界がそんな愚行を働くと?」


  その言葉に押し黙るソフィア。そう、広域時空警察を最初に提案したのは、他でもない、魔法世界側。その魔法世界が、広域時空警察と敵対するということは、あってはならない事項の一つ。


 「では、私達は具体的に何をしろと?」

 「簡単だ。私の指揮下に入ってもらう。それだけだ」

 「教官の部下になれ。そういうことですね?」


 滝本静の行動を、上層部がどう判断するか。ふつうなら、ここを引き合いに出せよう。しかし、静そのものが、上層部に属す人間。しかも、上から数えたほうが早いほどに。静の持つ権限の大きさはソフィアも知っている。何を言っても、静は動じない。それだけの覚悟もある。

 事件解決のためならば手段を選ばない。静が出てくる状況というのは、それが許されるところまで深刻化してるということにもなる。


 「問題ない。すでにうちのボスがそっちの法務部に頭を下げてる」

 「私、そんな話聞いてないんですけど?」


 魔法世界でトップに立っているのに、不遇だと感じるソフィアだった。

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