第16話:針が進むとき
通話を終えた静は、そっと端末をポケットきしまった。
ふと、静は大事なことに気付き、思わず時計を確認した。それは、繋がることが難しい世界の時を指していた。
「確か、時差は丁度半日だったな」
事態の大きさに気をとられ、向こう側を気遣うことを失念してしまった。それだけ、自分が焦っているのだと実感させられる。
長い間歴史の奥に封印していたものが、予想外の形で放たれようとしている。それも、当事者の一人によって。いつかは日の元に晒される事が定められていかもしれない。だが、それは今ではない。封印された真実を解き放つと言うことは、一人の
関わらないのであればそれでよかった。なにも知らず、平凡な毎日を送ることが許されたのだから。
「もっと、時間をかけたかったものだがな」
大切なモノを巻き込ませてしまうことに罪悪感を覚えながら。だが、静にも、今の自分の立場と責任がある。
「この針だけは止まったままでいてほしかった」
呼吸を整え、静は柚の居る第一の室長室へと戻る。
「戻ったぞ」
「あ、お帰りなさい」
室長室へと戻ると、パソコンの画面を複数並べてる柚が居た。今後の行動方針が示された以上、柚も覚悟を決めなくてはならない。例え、それが自分に最も身近な何かであったとしても。
柚の元の画面には、各世界の支部から寄せられた資料が無数に表示されていた。
「これは?」
「過去に起きた重大犯罪の資料よ。今回のような事件は過去にも起きてるわ」
「じゃなきゃ、こんな部署は存在しないしな」
口ではこう言うが、しっかり資料に目を通す静。過去の事件から、何かヒントが得られるのではないか。若しくは、こちらでも針が進んだのか。
「ここに載ってる犯罪組織を全て調べろ」
「こ、これ全部を?」
「そうだ。現在収監中の犯罪者、それから、訳ありでうちに入った職員もだ」
「部長それいくらなんでも!」
身内を疑うのかと、反論しようとする柚。しかし、その反論を静が許さない。
「これだけのことをしでかしておいて、まんまと逃げおおせたんだ。疑ってかかるのは当然だ」
「それってつまり・・・」
「気にするな。責任は全て上に立つ我々にある。お前の気にすることじゃない」
口にするのが恐ろしいとかではなかった。信じるものが、根底から崩れていく音がする。
柚の手から溢れ落ちるのは、予想以上に多かった。
「でも、シロってこともあるのよね?」
「悪いがその可能性は捨ててもらうぞ」
・・・。
押し黙る柚に、静は続ける。
「奴等を取り逃がした時のタイミングが、あまりにもおかしすぎる」
「偶然じゃないの?」
「私は、あの施設の指揮系統が複数あったと見ている。はっきり言えば、あの所長は恐らく飾りだ」
予想の範囲を越えないため、柚にしか明かさなかった、静の考え。もしも、彼女の考えた通りになってしまったとしたら、広域時空警察の信用は地の底へと叩き落とされる。
確証も、証拠も在るわけではない。だが、最初の事態が発生してからの手際が妙なところでよかったのだ。
地上施設に何も知らせなかったのも、所長の行動と地下施設の動きが妙にズレていたのも、この予想である程度説明がつく。
「でも、そんな急に全部は調べられないわよ?」
「別に今全部を行う必要はない。少なくとも今は泳がせておいて良い」
「どうして?」
「手際が良かったとは言え、あちらとて不足の事態だった筈だ。それほど大それた動きは出来ん。となれば、だ」
しっぽが見つからなければ、出させるまで。鼠狩りはそれからでも遅くない。
静の頭の中で一通りのプランが組み立てられる。
「室長」
「はい」
「第一全員を、2時間後に会議室に集めろ。現場に出てる者達も含めてだ。残りの現場は、第二、及び第一捜査課に任せる」
部長である滝本静から、第一級犯罪対策室、室長の滝本柚に明確な指示が下された。
静が所用で部屋を出たあと、柚は急いで会議の準備を始める。第一級犯罪対策室所属の全員の端末にメッセージを送信し、2時間後に集まるよう周知する。同時に、静によってもたらされた各世界からの情報も共有する。
「もしもし、二人も一度戻って。やることが決まったわ」
時空管理部にいる、タツヤとレイにも、自分の元へ戻るように伝える。現状、今の二人がティアの捜索に出来ることは何もない。
「捜索は後回しですか?」
「引き続き、管理部にて行ってもらいます。我々は、我々の成すことをするまでてす」
タツヤにも含むところがあるのだろう。返事に僅かな時間を要した。
2時間が経過し、研究所の捜査に出ていた捜査員も続々と集まって来る。滝本柚率いる、第一級犯罪対策室に所属しているのは全部で50人ほど。それらが、更に役割ごとに複数の班分けがされている。最前線に立つ班で言えば、タツヤ率いる作戦実行部隊がそれにあたる。
会議室では、既に柚と静が打ち合わせを行っていた。
時間になり、柚が声を掛ける。
「第一、全員居るわね?」
「はい!」
集まった捜査員全員が返事をする。
「では、部長」
「忙しい中、呼び出してすまない。今後の方針が決まった」
柚よりも、更に上の人間が直接指揮を執る。それだけで、肩に力が入る。
「今後は、状況解決を最優先事項とし、以後、各世界への自由移動を全て解除する」
「それはつまり」
タツヤが挙手をしながら、静の真意を問う。
「これ以上後手に回ることは許されない。いいか、何としても今回の件は決着をつけろ」
その後、静によって示された指示は次の通りとなった。
1.今回の事件の被害者を無事に救出する事
2.事件に関わった者達の拘束。
3.事が事なだけに、衝突が避けられない事を留意する事
4.細かい事でも逐一情報を上げる事
「いいか、この状況を招いてる時点で面子は潰れてる。今更気にするな。まずは、解決を急げ!」
静の掛け声を聞き、全員が立ち上がる。
「それと、レイ・クライス」
「は、はい」
「君はここに残り室長の補佐に命ずる」
意外な人選。ではなかった。今の状況を鑑みれば妥当だった。
「んじゃ、部長は何をするんで?」
「ん?」
レイに柚の補佐をさせるのなら、静は何を使用としているのか気になるタツヤ。
そんな静は不適に笑みを浮かべながら、
「なに、後輩がせっせと頭下げてるみたいだから、労いを兼ねて茶でも淹れてやろうかと思ってな」
「それだけ、ですか?」
「当たり前だろ。私の仕事場はここだ。あれにパンクされては状況の解決に支障しか出ない」
当然、それだけのためにわざわざ総監督の元へ行くほど、静は優しくない。もっと、別の理由がある。その事を分かっているのは、柚子だけだ。
静は、一足先に会議室を出ると、再び総監督室へと向かった。
「じゃあ、室長。俺達も行動開始します」
「えぇ。宜しく頼むわね。今回の件、速く何とかしないと・・・」
一刻も早い解決が望まれる。彼女を巻き込んでしまうのは恐らく避けられない。しかし、問題はそれだけではない。この一件が、今後起こりうる全ての元凶になってしまうような。静は頭の中で、今日までに起こったあらゆることを思い出していく。
それこそ、自分がこの場所で働くようになった理由から、この世界での生活すべてに至るまで。果てには、遠い場所にいる家族の事さえも。
「――申し訳ない」
総監督室の扉を開けようとしたとき、中から漏れ出るラッセルの声。普段の時とは完全に正反対の声だ。立場上、広域時空警察は、あらゆることが出来る。それこそ、彼の声一つで他を黙らせることが出来る程に。それだけ大きな力を持つ組織の失態。足元狙う側からすれば格好の餌だ。
静は、小さくため息を吐くと扉を開ける。
「うぉう、なんだ!?」
静はラッセルから受話器を奪い取ると、
「すまないが、この男はしばらく忙しくなる。では、失礼」
そう言い、ガチャッと電話を切った。そのことに、ラッセルも目を丸くする。
「え、あ、え・・・?」
「何を狼狽えている」
何も問題ないだろう。そう言いたげな静。そのまま彼女は、総監督の机の前に置かれた応接用の椅子に腰かける。
「全く、天下の総監もこんな状態だと大分下手に出るんだな」
「そりゃ、そうだろ。なんせ、うちのミスだ。こんな事あってはならないというのに」
「起きた事をうじうじ言ってもどうすることもできまい。その寂しい頭を下げるくらいなら、とっとと情報でも取り寄せてほしいもんだ」
どんな立場の相手でも、どんな状況でも常に強気でいられる静が羨ましくなる。
無論、彼とてこの数時間ただただ、謝罪をしていたわけではない。そこは、流石の総監督というべきだろう。直ぐに、静かに端末を見せる。
「これは?」
「魔法世界で手配中の犯罪組織だ」
「テロリストか」
端末に表示されてる資料を読み進めていく。
「今回の件とどう絡んでるんだ?」
「こいつらは、魔法世界では長く歴史の裏側に潜んでは、色々起こしてる組織のようでな」
「それで?」
「ここ何十年かは活動範囲を広げてる」
「具体的には?」
「・・・。8年前の、雨の日の太陽事件、覚えてるだろ」
『雨の日の太陽』。そのなんとも矛盾した二つの単語。しかし、この単語を聞いた静は細く笑みを浮かべる。その表情を見たラッセルはおっかない物を見たような表情を浮かべる。
その事件は、自分らにとっても大きな転機となった事件でもあったからだ。その時、主犯の一部を取り逃がすという失態が起きていた。
「ああ、我々がケツを拭かされたあれか」
「その一部、というのがこ奴らで間違いない」
「根拠は?」
ラッセルが端末の画面を操作し、一つの画像を移す。そこには、小さな筒の様な物が写し出されていた。それが、ラッセルの言う根拠だ。
「これだよ」
「ペンダント、か?」
そのペンダントには、白い目の様な模様が彫られている。
「暗闇の目。そう呼ばれる組織の人間が持つ、組織の証らしい」
「なるほど。歴史の裏にいながら全てを見ていると」
くだらない。そう嘲る静。
これまでずっと裏側に居たのなら、そのままで居て欲しい。が、面倒を起こす連中にそんな期待は通用しない。ここ何十年で活動の域を広げたと言うのなら、それは間違いなく世界が繋がったが故。
要らぬ欲をかいてくれた。それ以外、静の脳には浮かばなかった。
「この情報を第一と第二に渡しておいてくれ。私は用事ができた」
「ど、どこへ行くのだね?」
立ち上がり、総監督室の扉のノブにてをかける静。ラッセルに背を向けたまま、
「なに、貸した物を返して貰いに行くだけさ。なにかあれば柚に回してくれ。情報の一次集約を頼んである」
パタンと扉を閉め総監督室を出ると、足早に次の目的地へと向かう静。ズボンのポケットから端末を取り出すと、ある人物へ連絡を入れる。
「私だ。滝本だ。8年前の事件で今から話を聞きに行く。言っとくが、お前に拒否権はないはずだぞ?」
電話口の向こうでは、いきなりの事であっけにとらわれる女性の声。
静はそれだけは言い終える早々に電話を切った。
多くの人間を振り回せるのも、彼女が彼女たる所以であった。
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